閑話休題 犬を飼うのを迷っていました | 婦人科備忘録

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ある婦人科医の独り言です

さて今日は

ネタがどうしても思いつかなくて 爆

過去にとある同人誌に寄せた原稿を

引っ張り出しています。

 

当時、わんこを飼おうかどうしようか迷っていました。

 

この時期、心機一転、お家を建てたもので

それまでマンションだからと諦めていたオットが

わんこと一緒に散歩する!という夢を叶えようと

私を説得しておりました。

 

わんこ、ねえ

飼うつもりなかったの!だって可愛いじゃん?

いつか悲しいお別れが来るじゃないのー

この私が耐えられると思う??

・・・とか思っていました。

結局、あまりにも可愛すぎて可愛いが勝った結果、

とうとう飼い始めちゃうんですが 笑

 

オットがあまりにも熱心に説得するんで

この文章を読ませて、なんとか思いとどまってもらおうとしていたんです。

3ヶ月ほど黙りましたかね〜

 

私は読み返しては泣いちゃうんですが、

みなさんいかがですか?

 

それではめっちゃうるさいオットを

静かにさせる効力が3ヶ月ほどあった記事をどうぞ。

 

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「月に吠える」

 

犬を飼おうか、迷っている。

犬を飼わない理由はごまんとあるが、

飼う理由は、実はあまりない。

 

 

幼少のみぎり、犬はわたしの家族であった。

母方の祖父が犬好きで、エスという犬を飼っていた。

エスは、エリザベスを短くしてエスと言う、と祖父は大真面目に言っていたが、

ほんとうのところはわからない。

エスは多分、その名前から雌であると推察される、

静かな柴犬であった。

記憶の限り、彼女が大きな声を立てて騒いだ試しはなかった。

当時のことで犬小屋は庭にあったが、

そのあるじは大抵、祖父の膝の上を当然のように定位置としていた。

 

祖父はまるで我が子のように彼女を可愛がり、

その祖父にまたことさら可愛がられて育ったわたしはエスと姉妹のようであった。

彼女と散歩に行くと、どちらが綱を引いているのかわからなくなるほどだ。

わたしは彼女の主人になりたがったが、

彼女が自分のあるじと仰ぐ唯一の人は祖父で、

それが小さなわたしを少しだけ不機嫌にした。

ただ、小さな女の子と犬だ。どちらがえらいということもなかった。

訳あって、幼少期の全ての時間を、

この母方の祖父母の家に預けられていたから、

わたしはエスと一緒にご飯を食べ、

エスと遊び、エスと寝た。

 

しかし、たいていの楽園がそうであるように、

ある日突然、小さなわたしの世界は壊れた。

 

祖父が倒れたのだ。

 

頑健な体質であったらしいが、

高齢であることにも加え、

彼には誰にも言っていなかった秘密があった。

かつてヒロシマで原爆に遭っていたのだ。

その強い光線は長く彼の体をじわじわとむしばみ、

我慢強かったことも災いして、

説き伏せられて受診した病院で、

医師はとても難しい顔をして首を横にふった。

 

小さなわたしにはそんなことはわからなかったし、

きっとエスもそうだったろう。

 

大きな座敷の中央に敷かれた祖父の布団の周りで、

日がな1日エスと遊んで過ごした。

わたしは祖父がビョウインというところから帰ってきてずっとお家にいてくれて、

とても嬉しかったけれど、

優しい祖母が陰で時々涙ぐんでいることも知っていた。

今ならわかる。

祖父は最後の時間を自宅で過ごすことにしたのだ。

祖父はギリギリまでそのまま自宅で闘病し、

そのまま看取ってほしいと言っていたようだが、

意識が朦朧となったそのとき、

慌てた親戚の計らいで、希望に反して病院に運ばれ、

そこでそのまま帰らぬ人となった。

 

大人はそういう緊急事態の時、

たいてい、犬と幼子を忘れる。

 

わたしとエスも祖父がいきなり救急車で搬送された際、

慌てん坊の祖母にすっかり忘れさられ、

誰もいない広い座敷に取り残された。

ある程度のお留守番はできるようになっていたし、

とっさに手渡された黒棒という甘い菓子を

エスと分けて大人しく待っていた。

ところが、夜になっても大人たちは戻ってこず、

わたしは待ちくたびれて

縁側でいつの間にか眠っていた。

 

 ・・・と、ものすごい、けものの声で目が覚めた。

 

後日、近所の人が、あんな悲しい声は最初で最後だと噂したその声の主は、エスだった。

 

エスが、月に向かって、

長い長い咆哮を繰り返していたのだ。

澄んだ夜空にそれはそれは大きな満月がかかっていた。

 

まるで野生の狼のように朗々と、

そして悲痛な遠吠えは、明け方まで続いた。

 

途中、ご近所からうるさいと言われたらどうしようと心配になったわたしは

エスにうるさいよ、エス、やめなよと言ったが、エスは遠吠えをやめない。

人間であるわたしにはわからなかったが、

犬であるエスにはわかったのだ。

大事なあるじがこの世から永遠に、

彼女を置いて去ってしまったこと、

もうこの家には戻らないことを。

 

遠吠えをやめたエスは、意を決したように、

食べ物も水も一切受け付けなくなった。

 

エスを心配した祖母が、

エスの大好きな赤いウインナーを買ってきて、

その鼻面の前に置いたが、少し眉を動かしただけで目もくれない。水も飲まないので衰弱が早かった。

祖父の葬式や弔問の忙しい合間を縫って、

祖母はエスを病院に連れて行ったが、

祖父の時と同様、若い獣医師は静かに首を振り、

犬は悲しみで死ねるんですよ

もうエスがそう決めたのだから、

私たちにできることは何もありません、と言った。

 

祖父がエスのもとを去ってから

ちょうど1週間後に、エスも静かに亡くなった。

 

祖母は泣きながら、

おじいちゃんがエスまで連れて行っちゃったよと嘆いた。

悲しみで死ねなかったわたしは生き続け

永遠にエスに追いつけない自分を思う。

 

人間は、たぶん高潔さで犬に劣る。

 

犬を飼おうか迷っている。

犬を飼わない理由はごまんとあるが、

飼う理由は、実はあまりない。

 

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こんなビタースイートな気持ちを読まされて

それでも3ヶ月程度で忘れてしまえる

オットの鈍感さよ・・・なんなのよもう ぷんすか 

ま、彼の鈍感力があるからこそ

新しい世界もまた誕生するってことで。


うちの小次郎がちょーーーーーかわいいので許す。