吉祥院 ~茨城県石岡市(旧八郷町)で約900年続く真言宗豊山派のお寺ブログ(お坊さんのことば)~

吉祥院 ~茨城県石岡市(旧八郷町)で約900年続く真言宗豊山派のお寺ブログ(お坊さんのことば)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺ブログです。

人間が感じる感覚は

快と不快とそのどちらでもない

この3つに分けられます。

 

このことは仏教の経典にも

説かれていることです。

 

何かの対象と、目や耳といった感覚器官が

触れあい、それを認識する心の働きによって

人は快楽を感じたり、不快な気持ちに

なったりします。

 

綺麗な花を見ることが好きな人は

満開の桜を見れば、快い気持ちになるでしょうし

虫が苦手な人が昆虫の姿を見れば

不快な思いを抱きます。

 

あるいは、現代では様々な技術などの発展で

便利な世の中である一方で

それに慣れてしまったが故に

 

それまでは普通だったことに不便さを感じて

不快を感じることがあります。

 

今やインターネットを日常的に使うようになり

接続が悪ければ不快さを感じます。

かく言う自分自身がそうです。

 

技術の進歩もあいまって

人々が不快を退け、快のみを求める方向

進むようになっているのではないでしょうか。

 

不快を感じながらも

それをどう受け入れていくかが

仏教の行としても大事なことです。

 

塩沼亮潤阿闍梨は

 

 科学技術は我々人間生活をより快適に

 より豊かにという、人間にとって快の部分だけ

 を開発しているので、人としての感覚や

 感性が退化してゆくのではないかと心配です。

 

と述べられています。

 

自分らしさは、快を感じている時に

発揮されるものではありますが

 

不快に感じる状況をも経験するからこそ

仏道修行の向上があり

人とのしての成長もあるのでしょう。

 

南無大師遍照金剛

 

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鎌倉の円覚寺にて

坐禅をしてまいりました。

 

茨城からは距離がありましたが

有意義な一日となりました。

 

円覚寺さんには

昔参詣したことがあったのですが

その時とは違った感じを受けました。

 

ご本尊や境内が変わっているわけではなく

自分自身の心が変化していることの

現れでしょう。

 

どことなく奈良長谷寺と

同じような雰囲気も感じました。

 

鎌倉には円覚寺をはじめ

たくさんの寺院があり

大仏で有名な高徳院や建長寺

長谷寺などがあります。

 

是非お参りください。

 

南無大師遍照金剛

 

 

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境内には沢山のボタンが植えられています。



例年は

ゴールデンウィーク前後に花開きますが、

今年は少し早いようで、

ちょうど今見頃を迎えています。




写真の通り山門の脇にも植えられており、

山門を通るとボタンの妖艶な香りが

参拝者を皆さまを出迎えてくれます。




ボタンの見頃はそもそも短いのですが、

今年は相次ぐ雨や風によって、

咲いてもすぐに花びらが寄れ

花も開き切ってしまいます。


今年の見頃はさらに短いようです。




今から咲く蕾もありますので

当山にお越しの際はボタンの花も

ご覧ください。

真言密教の僧侶は

護身法(ごしんぼう)」を

常日頃から結誦します。

 

仏教では、われわれの活動は

1身体活動

2言葉による活動

3心の活動

の3つに分けます。

 

これを三業(さんごう)といいますが

業とは、梵語のカルマンの訳で

「行い」とか「はたらき」という意味があります。

 

護身法では

印を結び、真言を唱え

観想の文を観ずることで

 

自身の三業を清らかなもの

清浄なものとすることを

祈るわけです。

 

観想の文の中には

罪障消滅」という語がみられます。

 

修行を始めたころは

印を結んで、真言を唱えるだけで

過去の罪などが消えるとはどういうことなのか

と疑問がありましたが

 

この頃になって、何となく

その意義がわかってきたような

気がしています。

 

大きな問題、些細な事柄に関係なく

過去に悪い行いをしてしまったとしても

それに気づき、悔い改め、

意識を変えていくことで

人格は変わっていくものです。

 

仏教が考える世界観の根底には

諸行無常、諸法無我というものがありますが

 

体が衰えていくことは自明であるように

人の意識や人格も一定であることはなく

時々刻々と変わっていくものです。

 

目に見える物や身体だけでなく

人の心、意識は目視できなくとも

移ろい変わっていきます

 

仏教修行は護身法だけではありませんが

現在の自分と過去の自分との違いを

護身法を行う中で気づくことが

最も大事なことなのだろうと思います。

 

また、普通に生きていても

なぜあんなことをしてしまったのかと

悔いる思いを持つことがあるかもしれませんが

そういった自分自身の変化への気づきが

大切なことだと思います。

 

南無大師遍照金剛

 

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先日、ご先祖の供養のための

お塔婆を建立するとともに

写経を奉納されたお檀家さん

いらっしゃいました。

 

ご一緒に、般若心経を一巻唱えて

仏さま、ご先祖様にお祈りを捧げました。

 

一心にお経を書き写すことは

素晴らしいことで、功徳を積む行い

となります。

 

もちろん、読経や瞑想すること

ご先祖や仏さまに供物を捧げたり

祈ったりすることも同じです。

 

その功徳を自身で独り占めしないで

ご先祖さまに分けてあげる

振り向けることによって

あの世での冥福を確かなものとするように

お祈りいたします。

 

これを廻向といいます。

 

功徳、徳というのは

目に見えない、よくわからないものですし

それを積んでどうなるのかと思う人も

いるかもしれません。

 

しかし、それを信じて生きていくのが

仏道に入って生きていくということ

になります。

 

仏教では長い歴史の中で

そのような徳を積む行為を重ねていくことで

より幸福な人生となると説いてきました。

 

さらに最近では

写経や瞑想、坐禅などもそうですが

合理的な効果も証明されつつあり

集中力や自己認知力の向上

期待されているようです。

 

ですので、先祖供養のためはもちろんのこと

自分自身のための写経も

良いことだといえます。

 

お寺にご持参いただければ

檀家さんでなくとも、奉納することが可能です。

気になった方はお問い合わせください。

 

写経も瞑想も

やり始めはつらいものかもしれませんが

慣れてくるとそれを通り越して

楽しいものとなってきます

 

是非試してみることを

おすすめいたします。

 

南無大師遍照金剛

 

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電子書籍が70%オフで

買えたので、10冊以上も

買ってしまいました。

 

手始めにこれを

読んでおります。

 

 

塩沼さんは

荒行である大峯千日回峰行を満行した

大阿闍梨であり

 

横田さんは

臨済宗円覚寺派の管長をされている

禅宗の老師です。

 

お二人は、修行の内容に違いはあるものの

信念をもって、仏道に入り

様々な厳しい行にも耐え

真理を体得した存在といえます。

 

私はまだ読んでいる途中ですが

気になった方は是非手に取って

いただけたら多くの学びがあると思います。

 

南無大師遍照金剛

ある人の話ですが

転職するにあたって

元の会社のお偉い方から

つまらぬ嫌がらせを受けている

とのことでした。

 

確かに、会社側としては

社員に対して給与を払うだけでなく

場合によっては将来の為に

様々な研修をさせたりと

 

会社の資産を用いて

社員に投資したりするわけですから

その社員がほかの会社に行ってしまうと

なれば多少の苛立ちを憶えることも

納得できます。

 

しかし、それはそうなったものとして

受け入れることができなければ

恨みの念によって嫌がらせの行為へと

発展してしまうということなのでしょう。

 

仏教には

恨みに報ゆるに徳を以てす、など

嫌なことに対して恨みの行為で

報いるのではなく徳の行為で報いるべき

という教えを込めた言葉があります。

 

自然に摂理によって起こったこと

社会の法律や規範によって

自分ではどうにもならないことに対して

いつまでも執着せず、怨みの念を消し去り

 

その状況から、どのようなことをしたら

この先良い結果を導くことができるか

考えるべきだという教えともいえます。

 

仏教の説くところは、毎度

言うのは易し行うは難しですが

 

気づきの実践によって

自分が今どんな状態なのか

把握する習慣がまず大事なのだと思います。

 

南無大師遍照金剛

 

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 つまらぬ快楽を捨てることによって

 広大なる楽しみを見ることができる

 のであるなら、心ある人は広大なる楽しみを

 のぞんで、つまらぬ快楽を捨てよ。

 

 他人を苦しめることによって自分の快楽を

 求める人は、怨みの絆にまつわられて

 怨みから免れることができない。

 

というお釈迦さまの言葉があります。

 

もっと広い人や物との関係性に気づき

目先の利益よりももっと大きな楽しみを

享受せよ、といい

 

他者を苦しめて得られるものは

結果として自分を不幸に導くのだ

ということです。

 

別の言い方をすれば

小さな我を捨てて、大きな我を見出す

それに気づくということです。

 

目先の楽しみや利益を求めず

仏教の説く縁起や諸行無常を悟り

より大きな広大な楽しみを

求めていきたいものです。

 

南無大師遍照金剛

 

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今コロナウイルスが蔓延し

皆が清潔を保つことを気にしているため

冬には大規模なインフルエンザの流行が

ありませんでした。

 

それほど、人々がこれまで以上に

手洗いや消毒、マスク着用を

徹底的にしていることの

現れでしょう。

 

とはいえ

睡眠があまりとれなかったり

疲労が蓄積すると免疫力が落ちて

風邪などにかかってしまいます。

 

一旦、体調を崩すと

早く治して元気な状態に戻りたい

という欲が芽生えてきて

 

それと同時に健常な日々を

送っていられることの有難さが

感じられると思います。

 

普段、病気を気にせず

元気に過ごしていられることが

どんなに素晴らしいことか

 

失って気づくとは

このことなんだ

というように。

 

しかし、治ってしばらくすると

またその有難みの気持ちも

薄らいでいってしまいます。

 

常に、二六時中その有難みを

感じて生きる必要はないとは

思いますが

 

平常な時であっても

時々、瞑想や坐禅、深呼吸などで

ただ健康に生きていることへの

有難みを感じることが大切なのだろう

と思います。

 

大人になると、当たり前のことに

関心が向かなくなってしまいますが

あえて、当たり前のことに目を向けていく

習慣を持つのも良いのでしょう。

 

 

本日は、4月8日

お釈迦さまがお生まれになった日

されます。

 

仏教の真理、法、法身は

三世常住というものの

 

お釈迦さま、釈尊という方が

いらっしゃらなければ

われわれが仏教に出会うことが

なかったわけですから

 

尊い存在への祈りを捧げる

一日としたいものであります。

 

南無大師遍照金剛

 

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桜のライトアップは、

4/4をもって終了致しました。


やはり散りゆく桜を見ると

心さみしいですが、

来年を楽しみに、

しばらくは葉が茂る様子を

眺めたいと思います。



桜の木のふもとに目線を落とすと、

牡丹のつぼみがふっくりと膨れています。

まもなく花が開きそうです。




吉祥院の境内には

たくさんの牡丹が植えられています。

ぜひこちらもご覧ください。