知られたくない
誰もいなくなった部屋で
私は功輔に電話するかどうか考えていた。
でも…電話してもきっと功輔を責めてしまう。
なんであの時助けてくれなかったの…って
迷っている時に電話が鳴った。
功輔かもしれない。
そう思うと少し間を置いて私は電話に出た。
「もしもし…」
「亜希子…どうしたの?なんかあったの?」
聞こえてきたのは親友のかずえの声だった。
「あ…かずえ。どうしたの?って…」
「功輔さんから電話がきて様子がおかしいから
亜希子に電話してくれって頼まれてたのよ。」
功輔はかずえに多くのことを語らなかったようだ。
やはり功輔にもちゃんと電話をしなければいけない
きっと、私のことを心配してくれているはずだ。
私はかずえに「大丈夫」とだけ返答すると
それ以上何も言えずに電話を切った。
かずえをこんなことに巻き込むわけにはいかない
そして…
それ以上に知られたくないという気持ちがあった。
代償
コンビニに着くと聡は弁当を手にとり
「藤田さんもなんか食べない?」
と尋ねてきた。
私はいらないと首を横に振ると床に視線を落とした。
(はやく、いなくなって…)
ずっと、そのことを繰り返し頭の中で呟いていた。
聡はその中のひとつを選ぶとレジへ向かう。
やがて会計も終わり、
聡は私のほうへ近づいてくると笑顔でこう言った。
「じゃあ、俺、帰るわ…」
私は無言で頷くとコンビニから聡を見送った。
やっと肩の荷が下りた…
聡の姿が見えなくなるのを確認して
私は足早にコンビニを後にし家へと向かった。
マンションに着くとさっきのサッシ屋がフロアに立っていた。
「あ、こっちです。」
「窓ガラス壊したのあなたの部屋だったんですか?」
「え、ええ…」
そんなやりとりの中、私は部屋に案内した。
サッシ屋は手際よく作業を進めている。
私はそれを呆然と部屋の中で見ていた。
作業中ながらもまたサッシ屋が私に尋ねてくる。
「さっきの男の人…恋人ですか?」
「え?」
「いや…こんなこと言うの失礼かもしれませんが
あの男はやめたほうがいいですよ…」
やはり他人から見ても聡は異常なのだろうか。
私は恋人ではないとだけ答えると
それ以上は何も言わなかった。
やがて作業も終了し、支払い請求書が手渡された。
サッシ一枚とはいえ、とても高い金額だった。
(聡が私の言うことを素直に聞いて帰ったのは
お金を払いたくなかったからかもしれない。)
私はなんとなくそんな気がした。
だが(仕方がない)と自分に言い聞かせお金を払った。
子供のように…
「もう寒いから中に入ろう…」
聡が優しく私の腕を掴んでこう言った。
私はその手を振り払うことも出来ずに
そのまま部屋へ戻った。
(なんで功輔は帰ってしまったんだろう…)
そんな考えがずっと私の頭の中を回っていた。
午後9時…
聡はそんな私の傍らでTVを見て笑っている。
そして急に思い出したように私に話しかけてきた。
「なんかお腹すかない?」
私は黙って首を横に振った。
「そう…でも、コンビニに付き合ってよ。」
「いやです…」
私が断っても聡はしつこく何度も同じことを繰り返す。
まるで子供のように…。
「じゃあ、今日は仕事行けないね。」
私がこれから仕事だということを聡は知っていた。
以前も同じやり方に負けて聡のいいなりになったことがある。
それだけは避けたいと思っていた。
少し考えると私は言った。
こんな条件、聡が飲むわけがないと思いながら…
「このまま帰ってくれるなら行きます…」
だが聡の返事は意外にあっけらかんとしたものだった。
「いいよ、わかった。」
「……本当?」
「本当だって!相変わらず藤田さんは疑い深いなァ…」
そして聡は子供のように喜ぶと私の手をひいて玄関へ向かった。
外に出ると小雪が舞い散っていた。
「寒いね!」
少しはしゃいだ様子で聡が私の手を握ってくる。
そしてそのまま私の手を自分のポケットにしまった。
「………」
私は何も言えず、聡のポケットに手を入れたまま
(こんなことする人でもやっぱり手は暖かいんだ…)
漠然とそう思っていた。
そんな光景ははたから見れば「恋人同士」だろう。
だが本当は違う…聡はストーカーなのだから…。
策略家の条件
やがてサッシ屋は窓ガラスの寸法を計り終えると帰っていった。
「一旦、会社に戻って…すぐまたくるってさ。」
聡がゆっくり居間へ戻ってきて私に報告する。
私は窓ガラスにむかってうなだれていた。
そんな私の姿を見て不思議そうに聡が尋ねてきた。
「そんなにあの男に会いたいの?」
私は黙って頷いた。
「…会わせてあげてもいいけど条件がある。」
私は思いがけない聡の言葉に驚いた。
見上げた聡の顔は相変わらず薄笑いを浮かべている。
「条件って…?!」
先を急ぐように私が聡に尋ねた。
「俺も一緒に行く…それが条件。」
簡単な条件だ…私が功輔に会ってしまえば
聡が嘘をついていることも全部功輔に伝えられる。
「わかったわ…だから功輔に会わせて!」
私はすぐに洋服に着替えると聡と一緒に部屋を出た。
これでやっと助かる…そう思いながら。
しかし、私達がマンションのフロアまでくると
またしても聡が私の行く手を阻み、こう言った。
「俺が一回見てくるから…藤田さんはここで待ってて。」
「約束が違うじゃない!」
「本当に見てくるだけだから!」
聡はそう言うと強引に私をフロアに残し走って出て行った。
2~3分の間だったがとても長く感じた。
(もう待てない…)
私は聡が戻ってくるのを待たずに外にとび出した。
フロアを出ると聡がこちらに向かってくる姿が見える。
私は何も言わず聡とすれ違った。
その時だ…聡は私に向かって冷たくこう言った。
「あの男なら…もういなかったよ。」
「嘘!」
「だったら自分で確認したら?」
走り去る私の後ろで聡がそう叫んだ。
(嘘よ…嘘…絶対、嘘にきまってる…)
だが、聡の言うとおり…
マンション横の道路に功輔の車はなかった。
呆然と立ち尽くす私に聡は足早に近づいてくると
吐き捨てるように呟いた。
「一時間も待てないんだね…情けない男。」
これで唯一の望みの綱も断ち切れた…。
私は一体これからどうなってしまうんだろう?
逃げられない…
功輔にはちゃんと約束していた。
聡に功輔の口から自分が私の恋人であると告げて欲しいと
だが功輔は何も言わなかった。
でも…今はそんなことを考えている余裕はない。
「どうしてそんな嘘ついたのよ!」
私は矛先を聡に向けると食って掛った。
「今の…本当に彼氏?」
「そ、そうだけど…」
「でも、あの人何も言わなかったよね。
俺が恋人だって言ったら帰っていったし…」
「………」
「藤田さんだって俺に嘘ついてる…よね?」
「嘘じゃない…」
私は小声で返した。
だが、聡はそんな私を見ながらきっぱりと言った。
「でも、俺が藤田さんの彼氏だったら絶対あんな風にしない。」
私はそんな聡から目をそらすと唇を噛んだ。
やがて二度目のインターホンが鳴った。
功輔が考え直してまた来てくれたのだろうか?
今度こそ私は大声で叫ぶつもりだった。
聡は嘘をついている…だから早く助けて欲しいと。
すかさず聡がインターホンに出る。
(お願い…功輔さん…助けて…)
私はまた心の中で強く願った。
しかし、私の予想に反して聞こえてきたのは別の男の声だった。
「あの…窓ガラス修理しに来ました。」
「あ、どうぞ!」
功輔ではなかった…聡が電話していたサッシ屋が
聡が壊した窓ガラスを修理しに来たのだった。
聡はすぐにサッシ屋を迎え入れると
私にそのまま待っているよう手で合図した。
玄関先でサッシ屋と聡が話す声が聞こえる。
「なるべく早目に修理お願いします。」
聡が何事もなかったかのように和やかに話しかける。
「これ…どうしたんですか?
泥棒にでも入られたんですか?」
サッシ屋が怪訝そうに尋ねる。
しかし聡は悪びれた様子もなく答えた。
「いえ、ちょっと大事な用があって僕が壊したんです。」
「…無茶しますね~怪我はしませんでしたか?」
サッシ屋が苦笑いしている声が聞こえてくる。
私は居間の窓から外の様子を見ていた。
マンション前の道路に功輔の車が停まっている。
車の中には時計をチラチラ眺める功輔の姿も見えた。
(ここから逃げ出したい…)
だが、ここはマンションの二階。
一番下は地下駐車場になっているので3階分の高さがある。
飛び降りるのは絶対に無理…。
私は功輔に気がついてもらえるよう大きく手を振った。
だが功輔が私の部屋の窓を見ることはなかった。
嘲笑
その後、何度か功輔からの電話が鳴った。
でも、私は聡に電話に出ることを許されず
電話はそのまま留守録へと切り替わった。
「もしもし…亜希子さん…何かあったの?」
聡は功輔からの電話にうんざりしたような顔をして
またコンセントと電話線を引き抜いた。
「誰?友達?」
慌てた様子もなく聡が聞いてくる。
「………」
私は何も答えない。
少し間を置いて聡が私の顔を覗き込んで言った。
「これで俺のこと追い出せると思ってる?」
そして、ふざけた声で高笑いした。
30分ほど経ち
家のチャイムが鳴った。
私がインターホンに駆け寄ろうとすると
聡は先回りして私を制止した。
そして迷った様子もなく聡はインターホンに出た。
「はい…」
「あの、沖田(功輔の苗字)ですが…」
(功輔がきてくれた!)
私がインターホンに近づくと
突然、聡は怖い顔になって私を突き飛ばし
功輔に向かって馴れ馴れしい口調でこう言った。
「すみません…
亜希子は今、お風呂に入ってるんで
インターホンに出られないんです。」
「あなたは誰ですか?」
功輔が毅然とした態度で切り返す。
聡はたじろいだ様子もなく答えた。
「亜希子の恋人ですけど…
そんなにボクの事、信じられないんだったら
亜希子がお風呂から上がるまで中で待ちます?」
私は心の中で功輔に(そうしてほしい)と願った。
だが、功輔の返答は期待とは大きく違っていた。
「いえ、いいです。
車で待ってると亜希子さんに伝えてください。」
功輔はそう言い残し
愕然とする私の前でインターホンは切れた。
助けて!
聡は黙ってソファーに腰掛けた。
沈黙が流れる…
私はどう切り出せばいいのかわからなかった。
とにかく聡を家から追い出さなくてはいけない。
だが自分ひとりではどうにもならない…そんな気がした。
その時、頭に思い浮かんだのは功輔の顔だった
今はもう出張も終わりこっちに戻ってきている。
警察は無理でも功輔なら…私の声を聞けば
私の身に何かが起こっていることを察してくれるだろう。
私は急いで電話のコンセントと電話線を繋ぐと
功輔の電話番号を押した。
「どこに電話してるの?また警察?」
聡がからかうように聞いてくる。
しかし、私は何も返答しなかった。
呼び出し音の後、功輔が電話に出た。
「もしもし…」
「助けて!」
聡が慌てて電話を切る。
だが私はそれよりも前に大声で叫んだ。
これで功輔には伝わったろう…。
警察を呼んでくれるか…それとも功輔がきてくれるか
どっちにしろ、私は「助かった」と思った。
最悪の展開
思えばあの時…
パジャマ姿でもいいから逃げ出していればよかった。
だが私の頭の中は「警察に電話すること」で占められていた。
聡は電話が終わると私に受話器を手渡した。
とても挑戦的な目をしながら…
私はその手から奪うように受話器を取ると
すぐに警察の番号を押した。
呼び出し音が長く感じる…。
「もしもし…」
警察が電話に出た。
「もしもし!もしもし!」
プツッという電話の切れる音…
受話器からは「ツーツー」という音しか聞こえない。
(???)
振り返ると…電話の傍に聡が立っていた。
そして、その手は「通話終了ボタン」を押していた。
「どこに電話してるの?」
聡が笑いながら話しかけてくる。
「あなたには関係ないでしょ!」
私は慌ててまた警察の電話番号を押す。
「もしもし!」
そして繋がると同時にまた聡が電話を切る。
「警察に電話してるの?
何回、電話しても無駄だよ…すぐに切っちゃうから。」
(!!!)
でも、今は警察にこの状況をわかってもらわなければ…。
私はまた警察の電話番号を押した。
そして、次に警察が電話に出た瞬間
私は急いで「助けてください」と叫び
続けて自分の名前を言った。
しかしすべてを言い終える前にまた聡に電話を切られた。
「残念だったね…」
聡はニヤニヤ笑っていた。
まるで、私の反応を楽しんでいるように…。
それでも私は何度も繰り返し電話をした。
何度目かの電話の時。
警察官が電話に出るなり怒った口調で私にこう言った。
「またあなたですか?
いい加減…いたずら電話は止めてください!」
「いえ!違います!………」
私がそう言った時、またしても聡が電話を切った。
受話器からは何の音も聞こえない…。
「もしもし?もしもし?」
聡が私の目の前に何かを突きつけた。
それは抜かれた電話のコンセントと電話線だった。
侵入者
それから一週間、
警官は毎晩巡視してくれたようだった。
毎回の巡視後、私の家のインターホンを鳴らしては
不審な男がいないことを面倒臭そうに報告してくれた。
だが、聡はあの夜から姿を現していない。
職場への電話も途切れた…。
(警察に電話したことは結果的によかったのだろう。
でも、本当にそうなのだろうか?
今は様子を伺っているだけかもしれない…)
そう思いながらも
私は深夜勤務のため、午後から静かな眠りについた。
今のうちに少しでも眠っておかなければいけない。
そんな時…やはり恐れていた「事件」は起きた。
夢うつつの中、
何度か…何かを叩く音が聞こえたかと思うと
いきなり窓ガラスが割れる音が響いた。
(!!!)
私はベットから飛び起き音のするほうへ向かった。
(なぜかとても嫌な予感がする…)
急いでマンション廊下側の部屋のドアを開ける。
そこには夕闇の中、割れたガラスを手で押しのけ
窓の鍵を外し、部屋の中に入ってくる聡の姿が見えていた。
(!!!)
私はその場に立ちすくんだまま声が出せなかった。
聡が手袋を脱ぎながら私に近づいてくる。
そして呆然と立ちつくす私に微笑みながら
何も言わず横をすり抜けていった。
(何が起こったの?信じられない…)
ガラスの破片が散らばる部屋で私の頭は混乱していた。
(とにかく警察に電話…)
私も聡の後を追うようにして居間に入ると
そこには受話器を持つ聡の姿があった。
「何してるんですか?!」
私が叫ぶと、聡は自分の唇に人差し指を当てて
私に静かにするよううながした。
聡はどこかに電話をしていた。
電話の内容は詳しく覚えてないが
たぶん、サッシ屋…
壊した窓ガラスの修理を依頼していた。
「………」
聡の電話が終わるのを私は傍らで待っていた。
警察への通報
その後すぐに家のインターホンが鳴った。
(聡か…警察官か…)
私は少しためらったがインターホンに出ることにした。
「はい…」
「○○交番のものですが…」
(やっと警察が来てくれた…)
私が安堵する間もなく警察官はすぐに話を続けた。
「詳しい事情を聞きたいので中に入れてもらえますか?」
私はフロアのドアを開けると
玄関のチャイムが鳴るまで落ち着かなかった。
もしかしたら今頃…
聡と警察官が玄関先で鉢合わせしているかもしれない。
…できればそうであって欲しい、私は願った。
だが、何事もなく、すぐに玄関のチャイムは鳴った。
「はい…今、開けます」
私はドア越しに返事をしドアを開けた。
そこには警察官がひとりだけ…立っていた。
「今、ひととおりマンションの周りを見てきたんですが
特に怪しい男の姿は見かけませんでしたよ…」
面倒臭そうに説明する警察官に私は
「そうですか…すみません。」
と小さな声で返した。
「それで…ほかには何かありますか?」
私は少し躊躇したが
合鍵を作られて勝手に部屋に入り込まれて鍵をかえたこと
盗聴器らしいものを仕掛けられていたこと
そしていかがわしい内容の張り紙をされたことを話した。
しかし、警察官は同情する様子もなく
「何故、合鍵を作られたのか?」を私に尋ねてきた。
私が事情を話すと警察官は嫌なため息をついて
私の非を少し怒った口調で責めはじめた。
その後も盗聴器や張り紙は捨ててしまったことを話すと
どうにうもならないといった表情で最後にこう言った。
「一週間位、この時間に巡視してみますが…
また、何かありましたら電話してください。」
「すみませんでした…」
私が深々とお辞儀をする。
警察官はブツブツ小声で文句を言いながら帰っていった。