背徳者の精神 -2ページ目

駆け引き

その後、私はどうすることも出来ずにいた。

無情にも時間だけが過ぎ

私達は居酒屋を出た。

かずえはもうすっかり酔い潰れてしまって

旦那が介抱しながらタクシーに乗り込む。

遠くなっていくタクシーのテールランプ…

それを私は呆然と見つめていた。

「これからどうする?」

聡はすっきりした顔で私に尋ねてきた。

「どうするって…」

私が怪訝そうな顔で返答すると

聡は飲み足りない様子で

もう一軒付き合わないかと誘ってきた。

「明日、早いし…もう帰ります。」

私はそう答えると手を上げてタクシーを呼んだ。

「藤田さんちょっと待ってよ!」

聡がそう言うか言わないかのうちに

タクシーは私の目の前で止まりドアが開いた。

だが私がタクシーに乗り込もうとすると

聡は無理矢理、私の手を引っ張って止めた。

「付き合い悪いなぁ~お願いっ!もう一軒だけ!」

聡の大きな声に夜の街を歩く人々も振り返る。

「行かないっていってるでしょ!」

私は周りの視線を気にしながら小声で返した。

「じゃあさ、そこに行ったらすぐに帰すからさ。

それならいいでしょ?絶対約束するからさ!」

「でも……」

私達がそんなやりとりをしているうちに

タクシーの運転手が苛ついた様子で言った。

「お客さん!乗るの?乗らないの?」

すかさず聡が答える。

「すみません、乗らないので行ってください。」

「……ちょ、ちょっと!」

私の言葉も虚しくタクシーはドアを閉め

Uターンしどこかへ向かってしまった。


冷たい微笑み

「あのね…実は………」

私が真実を話そうと思っていた矢先

「ねぇ、ふたりで何話してんの?」

トイレから戻ってきた聡が会話を裂くように

ふたりの肩の間から顔を出し話しかけてきた。

「ちょ、ちょっとね…」

(早くいなくなって!)

私は誤魔化しながらもこう心の中で叫んでいた。

「内緒話はよくないなぁ…」

私に向けられた聡の目はとても怖かった。

だが口調はあくまでも優しく私達に向かってこう言った。

「早く、戻ろうよ。」

「…う~ん、そうだね!」

かずえも聡の言葉に同意して席を立ってしまった。

「…………」

それでもカウンターに座り続ける私に向かって

聡は小声で怒ったように話しかけた。

「みんな待ってるから行くよ。」

私は聡に腕を掴まれたまま黙って席を立った。

次のチャンスを待つしかない。

しかし、その後から聡はお酒を飲まなかった。

水分を摂らないということは

きっとトイレに行かないつもりなのだろう。

聡がそういうつもりなら…私は考えていた。

そうだ!

かずえがトイレに立った時に一緒に行けばいい

そしてその時にこそちゃんと話さなければ…。

ほどなくしてかずえが席を立った。

「あ、私も…」

私がそう言うと聡も一緒に立ち上がった。

私達の後を聡がついてくる。

でも、女性のトイレまでついてくる訳がない。

これで邪魔が入らずやっと話が出来る。

そう思って振り向いた時、私は愕然とした。

聡は男性トイレに入ることもなく

女性トイレの入り口の壁にもたれかかったまま

私達が出てくるのを待っている。

これではかずえに何を話をしても

その内容は全部聡に聞こえてしまう…。

どうしようかと私が考えているうちに

かずえが個室から出てきてしまった。

「あれ?亜希子トイレは?」

かずえはかなり酔っているようだ。

そして鏡越しに続けてこう言った。

「なんか今日の亜希子、変だよね…」

「そ、そうかな?」

私はそう言葉を返すので精一杯だった。

トイレから出るとやはり聡が立っていた。

聞き耳を立てて私達が出てくるのを待っていた。

「あれ~紙谷さんどうしたの?」

かずえが少しよろめきながら聡に話しかける。

「かずえさんちょっと酔っ払ってるみたいだから

心配で待ってました。」

聡がにこやかにこう答えた。

「本当に大丈夫ですか?」

「平気平気♪」

聡はかずえの肩を支えながら歩き始めた。

私はその光景を他人事のように見ていた。

「………」

呆然と立ち尽くす私。

聡がゆっくり振り返り私を睨みつける。

冷たい薄笑みを浮かべながら…。

激白

かずえと待ち合わせた店に向かう。

いつもは功輔とかずえの旦那の4人で行っていた店だ。

だが、今日は聡が一緒…一抹の不安を隠せない。

ただ…かずえに伝えるべきことは伝えようと思っていた。

店に着くとかずえが先に待っていた。

傍らにはかずえの旦那も座っている。

「はじめまして。」

かずえと聡がにこやかに挨拶を交わす中で

私はぎこちなく席についた。

「ねぇねぇ…急に電話してきたと思ったら

私達に彼氏を紹介したいってこと?」

かずえがいつもの調子で話しかける。

「いや…」

「そうなんです!僕も亜希子の友達には

恋人だってちゃんと紹介してもらいたいし

亡くなった親友のゆきさんとは電話で話をしただけで

結局、お会いすることが出来ませんでしたから…」

私の話を遮るように聡が話し始める。

その後も私には何も言わせないつもりなのか

聡は色々な話題を持ち出しては

自分が中心になって話を進めていた。

それもお酒が入ると益々エスカレートして…。

かずえの旦那はあまりいい顔をしていない。

功輔を私に紹介した手前というのではない

聡の話題の幼稚さにはついていけないという感じだった。

「ちょっと、失礼。」

聡がトイレに行くために席をはずした。

(今しかチャンスはない!)

私は聡の姿が見えなくなるのを確認すると

小上がりから急いで立ち上がり

少し離れたカウンターへかずえを呼んだ。

「かずえ…ちょっと…」

かずえは不思議そうな顔をしながらも

自分のグラスを片手に私の隣へ腰を降ろした。

「どうしたの?」

「今の人…かずえはどう思う?」

いきなり聡がストーカーだと話しても

こんな状況では信じてはもらえないだろう。

私は話の前ふりを考えながら切り出した。

「それって親友として品定めして欲しいってこと?」

かずえがニヤニヤしながら私に言った。

「そういうわけじゃないけど…」

私がそう言うとかずえはしばらく考え込みこう答えた。

「う~ん、どうって…確かに格好はいいと思うけど

私は好きじゃない、なんか人間として中身がない感じ…」

私は少し安堵した。

かずえも聡のことを快く思っていない今なら

彼がストーカーだということを話してもいいだろう。






約束の時間

その後も私達はあてもなくデパートの中を歩き回った。

聡は依然として帰る様子がない…。

(そろそろかずえと会う約束の時間だ)

私は時計を見ると聡に話しかけた。

「今日はこれから友達と会う約束があるの…」

「それって男の人?」

聡の目の色が変わる。

「女の友達…あなたの知らない人。」

「ふぅん…」

聡は少し考え込むと唐突にこう言った。

「ねぇ、俺にも紹介してよ…その友達。」

「えっ?!」

驚く私に更に聡は付け加えた。

「だめだって言われてもついていくから!」

聡は言い出したらきかない人間だ。

ここで押し問答しても結局は時間の無駄。

聡に妨害されてかずえに会えないか

それとも聡を一緒に連れてかずえに会うか

私にはそれしか選択肢がないような気がした。

とにかく、かずえに会わなければ、

そして、会ってこのことを話さなければ…。

そう考えると私は躊躇うことなく後者を選択した。

「わかった…でも私だけじゃ決められないから

友達に電話させて」

私がそう言って公衆電話に向かおうとすると

聡はジーンズのポケットから自分の携帯電話を

取り出し私の目の前に突きつけた。

「はい、これ使っていいよ。」

「………」

携帯電話を手渡され私は仕方なくかずえに電話した。

「もしもし…亜希子だけど。実は…

私がそう話し始めた時

いきなり聡が携帯電話を奪い取った。

「もしもし、はじめまして。

僕、亜希子さんの恋人で紙谷って言います。

今日、亜希子と会う約束してるんですよね?

突然なんですけど僕もお邪魔していいですか?」

聡は私に背を向けるとかずえと話し始めた。

「ちょ、ちょっと!」

私がふたりの会話を止めようとしても聡は応じない。

それどころか和やかに話はすすんでいるようだった。

「すみません。じゃ、そういうことで…」

聡は私に電話を代わることなく切ってしまった。

そうしてゆっくり私のほうに向き直り笑顔で言った。

「俺も行ってもいいってさ。」







唐突

「もう、買い物に付き合ってくれなくってもいいです。

あなたは自分の買い物をして帰ってください。」

私は早歩きしながら聡を見ることもなくそう言った。

それでも聡は懲りた様子もなく私の横に並んで歩く。

そして私の言葉を無視してこう言い出した。

「ねぇ、おなか空かない?

ハンバーガーでも食べようよ…俺、おごるからさ。」

強引に私の手をひいて聡がファーストフード店に入る。

そして慣れた様子で注文をすると私を席に案内した。

「さっきはごめんね。

でも本当に携帯電話買ってあげようと思ってたんだ。

…実はそれが俺の買い物…だったりして」

席につくなり聡は私に笑いながら謝った。

そんな私達を見て

学校帰りの女子高生が何か話している。

(ねぇ…あの人、カッコよくない?)

(結構タイプかも…)

その視線の先には聡の姿があった。

確かに聡は人目を引くほど容姿はいい。

着ている服装も今流行りでお洒落な感じ…。

でも…中身は違う。みんな知らないだけ…。

「ねぇ、みんな俺達のこと見てるよ!」

聡がにやけた顔で私に話しかける。

「なんで?…なんで私なんですか?」

唐突に私は聡に向かってこう言った。

「何のこと?」

聡が不思議そうに私に尋ねてくる。

「あなたなら他にいくらでもいるでしょう?

私じゃなくっても…他に女の人は…」

聡はしばらく考え込むと笑いながらこう答えた。

「なんでだろうね?俺もわかんない…」

携帯電話

聡は私の手を強く握ったまま歩いていく。

「痛い!離してよ…どこに連れて行くのよ」

私が聡の手を離そうとしても

それ以上の強さで聡は握り返してくる。

やがて聡の歩みが止まった。

「携帯電話、買ってやるよ」

聡はそう言うと私を携帯電話の売り場に連れて行った。

「機種変更ですか?」

売り場の女性が聡に話しかける。

「いえ、新規でお願いします。」

「ちょ、ちょっと待ってよ。私、携帯なんていらない」

「今時、小学生でも携帯ぐらい持ってるよ!」

聡は半ば強引に私に携帯電話を勧めた。

「でも、必要ないから…」

「俺が買ってやるって言ってんだろ!」

聡の口調に売り場の女性も少し困った顔で笑っている。

(ここで契約し、携帯電話を買ってもらったら

それこそもう聡から逃げられないだろう…)

私はそう確信し頑なに断り続けた。

そんな私の姿に聡は呆れたような顔をすると

「すみません。」

と売り場の女性に一礼し私達はその場を後にした。



戦慄

「どうしたの?」

かずえが呑気に話しかける。

「驚かないで、今、私………」

一呼吸置いて私がそう言いかけた時

「誰に電話してるの?」

真後ろから男の声が聞こえる。

「!!!」

振り向くとそこには聡が立っていた。

「…もしもし?亜希子?」

受話器を持つ私の手は小刻みに震えていた。

「あ、かずえ…突然なんだけど

今日の夜…会えないかな?」

恐怖に怯えながら私の声は上ずっていた。

「…う~ん、いいけど!」

「じゃ…いつものお店で7時に…」

私はかずえに一言だけそう告げると

急いで電話を切り聡のほうに向き直った。

「急に姿が見えなくなったから心配したよ」

聡はそう言うと私の手を強く握ってきた。

(嘘…心配なんてしてない。

誰かに連絡をとられるのが嫌だった。)

そして聡はそのまま私を公衆電話から引き離すと

下着売り場を通り抜け無言で歩き続けた。

公衆電話

私は少し安心し

聡の様子を確認するため振り向いた。

「!!!」

…聡と目が合った。

聡は私を見失わないよう

離れた場所からずっと私の姿を見つめていたのだ。

(怖い…)

私の背中に一瞬、凍りつくような戦慄が走った。

(この売り場の奥には化粧室がある。

 …確かそこには公衆電話もあったはずだ。)

私は足早にそこへ向かった。

誰かにこの状況を知らせなくてはと思った。

(あ、あった…)

公衆電話の前に辿りつくと

私は急いで受話器を持ち上げ

テレフォンカードを押し込んだ。

焦る気持ちを抑えながら私は功輔の携帯番号を押した。

(功輔…お願い…電話に出て!)

呼び出し音が本当に長く感じる。

しかし電話に出たのは留守番電話の無情な声だった。

「…ただいま電話に出ることができません。」

私は何も言わずにそのまま電話を切った。

悠長に伝言を残している訳にはいかない。

続けて今度は親友のかずえの電話番号を押し

私は祈るような気持ちで受話器を握り締めた。

(もう、すべて話してもいい。

私がストーカーに付きまとわれている事も…

「もしもし…」

やっと、かずえが電話に出た。

「もしもし!亜希子だけど…」



無視

「ねぇ、何買うの?」

聡が私の後をついてくる。

「何だっていいでしょ!」

私はそう言うと振り返らずそのまま歩き続けた。

とにかく聡を無視して振り切るしかない。

私は逃げ込むように洋服屋に入り

適当に服を選び始めた。

「藤田さん!これ似合うんじゃない?」

聡が淡いピンク色のカットソーを手にとると

突然、私に声をかけてきた。

すかさず店員が近づいてくる。

「とてもお似合いだと思いますよ。」

「………いえ、結構です。」

私はまた逃げるように洋服屋を後にした。

「待ってよ!絶対、似合うってあの服。」

聡も相変わらず私の後をついてくる。

そんな時、私にはある考えが頭に浮かんだ。

(男の人が行くのを嫌がる場所)

そこに行けばきっと聡も私から離れてくれる。

私はエスカレーターに乗りすぐにその場所へ向かった。

「今度は何処に行くの?」

聡が2・3歩遅れてエスカレーターから降りる。

目の前に広がるのは女性用の下着売り場。

さすがの聡もその歩みを止めるとこう叫んだ。

「俺、ここで待ってるから!」

(やった!)

私は内心、ホッとしながら一人で歩き始めた。

派手なランジェリーが並ぶ奥へと向かって…。



執拗

「理由は?」

聡が嬉しそうな顔で私に詰め寄る。

「…これから出かける用事があるの!」

私はわざと自信ありげにそう言い切った。

「ひとりで?」

「そ、そうだけど…」

「どこに?」

もしかしたら私の嘘を見抜いているのかもしれない。

聡は動じることもなく執拗に私を問い詰める。

「どこだっていいじゃない!」

「ふぅん…じゃ送っていくよ。」

「送ってもらわなくても結構です。」

「でも、お礼もしたいし…それで帰るならいいでしょ?」

「………」

言葉に詰まる。

とにかくもうふたりで家には居たくない。

私は仕方なく頷くと聡の車で少し離れた

デパートまで送ってもらうことにした。

馴染めない聡の車の助手席で私は無言だった。

やがて、車はデパートの近くまで到着した。

信号待ちの間、私は聡にこう言った。

「ここでいいです。」

だが、聡は私の言葉を無視して車を走らせ

そのままデパートの駐車場に車を入れた。

「………」

唖然とする私に聡は微笑みながらこう言った。

「俺も買い物あるし、藤田さんに付き合うよ」

また、聡の罠にハマったような気がした。

私は車を降りて足早に店内に向かう。

これからどうしようか…そんなことばかり考えて。