仲代達矢といえば、椿三十郎は勿論だけど、切腹、も凄かったな。黒澤映画で一番好きなのは椿三十郎だったりするけど、切腹、は凄すぎて二回観ようとは思えない程凄かった記憶がある。リアルタイムではありませんが笑。


大俳優、大女優が居なくなってしまう…







久しぶり都心でスマホで道を調べていて話しかけられたと思ったらかなりの美人さんがマイクを持って有名なニュース番組の名前を名乗り、カメラマンが二段構えでニコニコしている。断りましたけど、本当に道で声を拾うんだなと。質問の内容くらい聞いてみれば良かったかな😆







11/3

買い物に出かけて道を歩いていた。私としては、真っ直ぐ行って、最後の角で曲がる気満々だったのだが、ふと、身体が一番奥の角ではなく、その一本手前の道の角で曲がった。そして道を歩いていると、両膝に手をついて、今にも道路に座らんとしているご老人あり。急いで大丈夫ですかと声をかけた。ご老人は、少し呆然としばし私の顔を見ると、あの道の角まで連れて行ってほしい、そうすればタクシーが捕まえられるから、とおっしゃった。

 

ので、ご老人の腕を抱えて私に寄りかかってもらい、道を歩いて元に戻った。

 

ゆっくり歩いて大通りに面した道の角に戻ったが、最後の方はご老人も限界に達したらしく、道の真ん中で動けなくなってしまったが、運よくタクシーが向こうから来たので、手を降ってタクシーと叫んだ。タクシーの方が二本車線の向こうで止まって降りてきて、渡れますか?と聞くので、もう限界です、と伝えると、じゃあ道を回ってそちらに向かいます、と行って回ってきてくれた。

 

その間、道路を曲がろうとする車の方に、すみません、動けないんです、と伝えたり、何か心配そうに様子を見ながら歩いて行かれる方などもいらしたけれど、タクシーがようやく後ろまできてくれた。

 

タクシーに同乗して家までお送りなくて大丈夫かと聞いたけれど、家は近くで乗れば大丈夫だとおっしゃった。タクシーの運転手は若い男性で、その方に、私は道で見かけてお手伝いして来た者です。ご自宅は近いそうですから、送り届けていただけますか、と頼むと、男性は、そうだったんですか、では後は僕がご自宅までお送りしますと力強く答えて下さって安心した。

 

無事にタクシーに乗って頂き、お気をつけて!と声をかけると、ご老人が両手を合わせて私を拝むので恐縮した。

 

以前も、突然のスコールのような大雨に降られながら、自転車で稽古に向かう途中、駐車場の真ん中で呆然と立ち尽くしている老人を見かけ、声をかけたことがある。

 

ご老人は両足が不自由で両手に杖をついていた。車まで行きたいというので、車までお連れした。あまり人を寄せ付けない感じの方で、車に着くと、もう大丈夫です、とおっしゃるので、そのままに離れたが、ふと、気になり、車が出るまで見届けようと、物陰に隠れてじっとしていたが、車が出てこない。再び車のところに行くと、ドアの外に立ったまま土砂降りの雨に降られている。

 

どうされましたかと聞くと、車の鍵を忘れたとおっしゃる。大事な用がおありですかと聞くと、もう用事はいい、家に帰りたいとおっしゃる。私は土砂降りの雨で顔面蒼白になっているご老人を見て、一瞬救急車を呼んだ方がいいかとも思ったけれど、家に帰れば後は大丈夫だという。助けを呼べそうな方は近くにいるか聞くといないというので、ではご自宅までお連れしましょうと、歩き始めたが、この雨の中、あゆみは遅々として進まない。私も自転車仕様で傘も無い。

 

ふと、おぶってはどうかと思った。ダメならその時考えよう。そこでちょっとおんぶさせて下さいと言うと、もうご老人は疲労でものも言えないで素直に頷かれた。おぶってみるととても軽かった。ご老人は、力持ちですね、と掠れた声でおっしゃったが、実際軽かったのだが、そうとは言わず、ええ!力持ちなんですよ、とお答えした。

 

しかし誤算は階段があったことだった。ふと考えが浮かび、ご老人に、一つ一つ数えながら、一段ずつ登って行きますね、声をかけた。ひとーつ、ひとーつ、と言いながら、滑らないように、滑っても大丈夫なように、慎重に登り、無事に2階のご自宅までお届けした。

 

なんでも、普段は特殊な器具を使うので、一人で階段を降りたり登ったりも大丈夫とのことだったけれど…。

 

遅刻して稽古に行き理由を聞かれたので言うと、まあ人様々色々な感想がありましたけれど、ある人に言われた。

 

「私たち、何の為に踊りなんか稽古しているかと言ったら、いざという時に身体を使って人を助けられる為にしているのよ!よくやったわ!」

 

印象深い感想であった。

 

後で回想していて思ったけれど、私たちのような色々と敏感で生きづらいようなな者は、境界線が薄く空間認識が特殊な面があり、何かをキャッチするのだと思う。

 

言葉を変えれば、人には誰にも守護してくれる見えない存在がいるとすると、「もし!、そこの(気づいてくれそうな)あなた!。私が守護している者が困っているので助けてくれませんか!」と声をかけられるのである。そして何なら、こうしたらいい、ああしたらいい、と指示をくれるのである。斜め上の空間から。

 

私がお助けしたというより、全体が助けているのである。

 

 

 

 

 

 

私は身体をお貸ししたまでである。

 

な〜んだ。

おどりと一緒じゃん。