SNS上では言葉を尽くすこともできないので書かなければいいのに本当にどう解釈すればいいのかわからずに中途半端に言葉足らずに書いてしまうところもある。
政治の世界だったり、今まで経験してきた地獄絵図みたいなもの、それなりに苦しんだところもあったけれど、それがどうしてだか今度こそ本当にわかった気がする。今にして思えば、危険パターンを勉強したような気がする。
それがわからなければ、この、SNSの時代に、この際どい世界の大切なものを守っていくことができないのだという勉強。
日本、
日本語、
言霊、
縄文、
古代、
古事記、
神社、
今まで、このキーワード関連のYOUTUBEを、そんなにガッツリと観てきた訳では無いけれど、それなりに観て、感心してきましたけれど、今回、よくわかったことがある。
このキーワードで語る一連の人たちが、百色ある夕日の色に染まっていること。
こういう言葉に別の意味を与えていることには本当に残念…。
この一人には実際に偶然お会いしたことがあったけれど、周囲に暗いものが漂っていて、びっくりしまして、私は能力は無いのでそんな人は滅多に見ないので、よっぽどだったのではと。実際よっぽどだった訳だ…。ただ、それは私自身の中にある、記憶とか、私の感性の問題かもしれないので…。
ですが、動画ではわからなかった…。嗚呼…。
そうは思いつつも、以前は、やっぱり考えすぎかなぁ、私の感性の何かが間違っているかもしれないし、などとも思っていたけれど、もうわかった…。
できればお会いして信頼できる人のものも見るべき。時間が勿体ない。SNSはいい餌場になっているから。いろんな色で入り込んでいるから、何らかの結界も必要かもしれない。
考えすぎだと思いたいんだけれども、もうさすがに物騒感が否めない。
ただ、
本当に大事なことは、表には出ないことになっていることが痛いほどわかったとも言える…気がする。
中秋の名月の今。