本当に苦労した人はその事実を他者に語ることができないのである。 (佐藤優さんの一節)
一理あります、自分なりの経験では。
先の戦争で、父は満州で中国軍と戦い、下士官で帰国しました。父から戦争の話を聞いたのはこれだけです。どのような戦いであったか、戦地での暮らしとか一切語ることはありませんでした。戦友の話も全くありません。敗戦後は大蔵省にノンキャリアで永年勤続し課長になって天下りしました。いろいろあったはずの出来事を日記にもメモにも残していません。
団塊の世代は毎日が同世代との競争でしたから、父母の話を聞く余裕はなかったと思います。勉強していい大学を卒業していい会社に入りたいと思えば、勉強第一の生活です、そしてスーパーセールスパーソンになりました。人並み以上の身体的知的能力をもっていて競争を嫌った人たちは、職人やアーティストになりました。
70年弱の出来事をふりかえって、その事実を子どもたちに語ることができる人は少ないかもしれません。話をする家族が存在し、穏やかに歓談できる身体的経済的心理的環境に恵まれていないければ難しいからです。おまけに本当に苦労してきたら語ることも叶いません。
では、あなたにはできるかと問われると、子たちに語るほどの苦労もなさそうです。