使って楽しいモノにはなかなか巡り合うことができません | 団塊世代の"愚考にため息"

団塊世代の"愚考にため息"

ふと思い出す過去の出来事と後悔。次々と、浮かんでは消えていく愚考を書きとめていけば、いつかはネタ切れになるはず。きっとその後は、良き日々の思い出だけが浮かんでくるにちがいない。

転職の際、通勤時間と収入のバランスを見て、最適な場所に引っ越しをしてきました。

昨今ようやく落ち着いてきたようで、もうこれ以上の引っ越しはなさそうです。

この次の引っ越し先はご先祖さまのいるところかと思っています。

 

とにかく、引っ越しのたびに荷物を整理し、2年以上使わなかったモノを廃棄しながら新居に移動してきました。思えば今まで一番可処分所得が多く、反比例して可処分時間が少なかった頃に手に入れた高級ブランド高額商品はほとんど断捨離の対象となりました。

 

高額ブランド筆記具は、デスクにいつまでもありました。

100円程度のボールペンの方が使いやすいことがわかると、替え芯やインクカートリッジを買わないようになります。重くて高額なデュポンのライターより100円ライターのほうが実利的であるのと同じです。結局断捨離です。

 

しかしながら、納得できるモノ、使いやすいモノ、使って楽しいモノにはなかなか巡り合うことができません。価格に見合うモノはあります。でも価格ではなく、お気にいりのモノというと、それほどありません。

 

ふと思うに、今使っているモノ、たとえばキーボードやマウスは、使いやすいので毎回使っています。毎回使っているモノが相性のいい、お気にいりということなのかもしれません。