気づいたら週末。

いよいよ本日は、

Mentoring Program 3rd

第2回の講座です。

今回のテーマは、
「卓越性を編む」という感じで進めようと思います。



「普通」のことをして成功する人は、

何を普通に観て、何を普通に行っているのか。

そんな自分と日常をどうデザインしていくのかについてなどを、
皆さんと一緒に観ていこうと思います。

たとえば、自分にとっては、

わざわざ人に話すほどでもないこと。

聞かれれば答えられるし、
頼まれれば、
普通にできてしまうこと。

それを誰かに渡したとき、
思いがけず驚かれたり、とても喜ばれ、感謝されたりすることがあります。

けど、本人は、何がそんなによかったのか、

よくわかっていなかったりするんですよね。

その一方で、自分にはまだ何かが足りないと、

誰かの得意なことを羨ましく眺めていたりします。

もっと学んで、もっと準備して、

自信が持てるようになったら何かを始められる、と。

そう思いながら、
すでに誰かにとって機能し、役に立てるものを、
使わないままにしていることもある。

向こう側へ行くきっかけは、
些細なことを知るだけだったりするのだと思います。

知ったことを言葉にすれば、

たしかに些細なことなのかもしれません。



けど、その場を共にする中で、階層性の階段を上がるという、それまでの自分のままでは不可能だった移動が起きています。

コンテンツを獲得するという視点では手に入らないことが、適切な関係の中には存在します。

それは実感を持って現実に写像されるものです。

 
高い抽象度の階まで一緒に見ると、話が変わる。心の側で意味が整理されて減ったぶんは、物理の側で散らかりが増えたぶんと、ちょうど釣り合っている。だから両方を正しいレートで足した合計は、散逸(手数料)の分しか増えない。
(『苫米地認知宇宙論〜仏法数理厳密証明 定理28–32 定理15(苫米地認知物理エントロピー交換・保存定理)』)

その構造とデザインに触れ、

場を共にしながら移動してきた半年後。

誰かと話しているとき、
以前なら飲み込んでいた言葉を、
自然に口にしている。

「それなら、できることがあるよ」

相手の話を聞いているうちに、
どこから一緒に観ていけばいいのか、
自分なりの道筋が浮かんでくる。

実際にやってみると、明らかな変化が起き、
分かりやすい結果を手にした相手の表情が変わる。

その反応を受け取って、

自分にも、次にやってみたいことが生まれる。

以前は遠くから眺めていたような人と、

いつの間にか、一つのことを一緒につくっている。


 
身につける能力こそが才能なのだ。そしてわれわれの知るかぎり、たいていの人は生まれつきこの才能を持っている。
(アンダース・エリクソン; ロバート・プール.『超一流になるのは才能か努力か? 』p. 15)

そんな日常を生き始めた自分が、今の自分を振り返ったら「あの頃は、まだ足りないと思っていたんだな」と、少し不思議に感じるかもしれません。



手元にあった経験も、

何度も考えてきたことも、
うまくいかずに悩んだ時間さえも。

こんなふうに使えて深め続けていけるとは、

まだ知らなかっただけなのかもしれない。

もし、あの誘いに、

「まだ自分には早い」「よくわからない」
そう答えたまま、あの場に足を運ばなかったとしたら。

あの場に、一度でも足を運んでいたら。

そこから始まった関係も、
一緒につくってきた仕事も、
自分の日常には存在していなかったかもしれません。

後から同じ機会に出会えることは──

もったいないと思うのは、
自分の力が誰かに届く場面を知らないまま、
「自分はこのくらい」と限界を決めてしまうことです。

しかも、その判断には慣れてしまう。
見送ることが普通になると、

その先で誰に出会い、自分が何を始められたのか。

そんな未来を、想像することさえ少なくなっていくのだと思います。

そこには失われた可能性もありますが、
そんな可能性があったこと自体を認識されなければ、
失ったという実感も生まれません。



当の本人には、これまでと変わらない日常が続いているように感じられる。

そして、何かを見送ったことさえ、
いつの間にか忘れていくのです。

Mentoring Programでご一緒したいのは、
自分の可能性について、これまでとは違う実感を持って暮らしている未来です。

やりたいことを見つけたときや、
好きなことを思い出したとき。

誰かの話を聞くときや、
仕事を引き受けるとき。


あるいは、
自分の言葉を、誰かに渡すとき。

そこで、
以前とは違う選択をしている。

そして、その選択が誰かに届いたこと、
思った以上に影響を与えていること、

自分が変化することで縁起も変わっていくこと。

そうしたことを、
自分の経験として実感していく。

「自分なら、ここから何かを始められる」

そう思える場面が、日常の中に増えていきます。



一緒に観て、試して、

自分では観えなかったことを、

誰かの眼差しから受け取っていく。

その時間を重ねる中で、

自分にとっての「普通」も、
どんどん変わっていくのだと思います。

本人が通り過ぎてしまうところに、

他の誰かが立ち止まるかもしれない。

その瞬間から、これまでとは違う未来が、

具体的な関係として始まるかもしれません。

いつか、今はまだ特別に思えることを、

普通に行っている日が来たときに。

「あの日、あの場に行ってよかった」
と振り返れる時間を、今日も一緒につくっていきましょう。

今回の記事も、
お付き合いありがとうございました。

また次回の記事でお会いしましょう!



Khronos / The salone|Hiro

追伸:
感想・ご質問、大歓迎です! 
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、観えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になり、
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