今回のRévia Luxも参加された皆さまのおかげで、
無事良い流れで終わることができました。
才能ある、よき人たちが集ってきていて有り難いことです。

三夜連続のセッションのため、遠隔ヒーリングの余韻が、なお身体に息づいている方も多いかもしれません。

この文章を読んでいるあなたも、すでにその流れの一部であることを、身体のどこかで感じ始めているかもしれません。

肌が白く、キメが細やかになっている、脚が細くなり、疲労した重だるさがなくなり、軽やかさを感じる中で日々の選択や行動そのものが変わっていく──そしてその変化によって人間関係が突然変わり出したり、仕事の結果が出やすくなって、金銭的な悩みがなくなっていく、というような現実に写像される分かりやすい変化は、Révia Luxでは普通に起こっていくものです。(それはRévia Luxだけに限らず、The saloneのリアル空間も含めたKhronosという“場”全体にいえるものです)



それらは──
表層に現れる分かりやすい変化に過ぎません。

大切なのは、その奥にある分かりやすさに隠れているものだったりします。

呼吸の深さが変わった。

視野が少しだけ広がった。

言葉に宿る感覚が柔らかくなった。

「何かが変わった」と言葉にしようとすると難しいのだけれど、確かに“以前とは違う”感覚が、静かに自分の世界を塗り替えている。


それは、
一見すると大きな変化ではないかもしれません。

けれど、その微細な変化こそが、身体が未来と接続された最初の予告のようなものだったりします。

僕たちは抽象度という言葉を使うとき、情報を高次元に操作することや、情報の階層構造を思い浮かべがちです。

それらも必要だけど、
それだけでは現実は変容していきません。

自分の世界を変える、他者との関係性における世界を変えるには、身体がどこまで未来に向けて開いているか、それを可能にする構造そのものが大切だったりします。(ここに知識や理論の深さが繋がっていくことを目指したい)

たとえば──
今までできなかった動きが、
自然にできるようになった。
無意識のうちに選ぶ言葉が変わった。
同じ風景が、なぜか違って見えるようになった。


それらは、「情報が変わった」のではなく、世界との接触点である身体の解像度が変わり、物理に写像された表現形の個別的な現れです。



多くの人が抱える悩み、よくあるのは、いくら抽象度の高い概念を掲げても、現実はびくとも動かない、動いている気がしない、ということ。

頭では分かっている。
未来のイメージもある。
ゴールも定めた──

けれど、なぜか現実が動かない。

それは、
情報空間としての抽象度と、
身体の接続が断たれているからかもしれません。

接続されていない抽象度は、
ただの幻想となり夢にもならない。


それはただの“記号”に過ぎず、現実には何一つ作用しません。
そしてこのとき、
僕たちの身体は“知らないふり”をしています。

でも本当は、身体はそれを知っている。

自分がどこまでが可能なのか。

いま何に怯えているか。

どんな未来へ向かいたいのか──

それらを、
身体は受け取っていた”ということが、あるのです。


情報空間のフィードバックは必ず身体にきます。
 
だから足がガクガクするとか、お腹がいたい、とか手が震える、などのストレスを感じたときの情報が身体に反応が出ます。
 
それ以前のささやかな声も。
 
ゴールが迫ってくる圧、チャンスの声、選択を迫られたときの道、などなど。
 
本当はみんな受け取っています。
 
けど、脳にいっていない。
 
遮断している。
 
いまの世界はそれを麻痺させればさせるほど、優秀だと思われがち。
 
ココロを押さえ込んだり、感覚をコロシてる方が生きやすい世界になっています。
 
これも世界はあべこべでした。
 
感覚を繊細にすればするほど情報を受け取れるようになっていきます。
 
能力は開花していく。
 
情報空間に伝達された情報は身体に来ます。



ここで遠隔気功のカラクリの話を挟みます。

僕たちは対面の気功でも実際には「触れている」わけではありません。

たとえ手が相手に触れたとしても、触れているのは角質、すなわちすでに死んだ細胞です。

それは服の上から触れるのと同じこと──
つまり実質的には常に遠隔気功をしているのです。

僕たちがリアルだと感じているものですら情報なのかもしれません。(言葉でどれだけ尽くしても体験しない限り分からない世界はあります。ワープのように世界を移動しないと意味が分からない世界です。)

気功がなぜ効くのか。
難しい理論がなぜ腑に落ちるのか。
行動がなぜ変わるのか。



それらのスイッチは、
身体にあるともいえるかもしれません。

情報をいくら変えても、思考をどれだけ学び直しても、“身体という装置”が開かれていなければ、抽象度はその姿を現してこないことになる。

自分の未来を激変させ、その未来に向かって変容していくための抽象度はどこで生まれるのでしょうか。


それは、
頭の中ではなく身体が未来を語り出したときに初めて生まれます。

呼吸が深まった瞬間、
視界の明るさが変わった瞬間、
肌の奥で何かが動き出したとき──


それは、身体が「もう未来を予告していた」ことの情報を受け取れたことの一つの現れです。
機会の通り路や、チャンスや、現状の外に移動するきっかけなどは、呼吸の微細な変化、骨の位置、手のひらのあたたかさ、視線の高さ、ホルモンの反応、そういった無意識に隠れがちな身体の繊細な情報の中にあります。

未来は「遠くのもの」ではなく、今この身体の中で静かに芽生えています。

そして、あなたが感じたその微細なズレこそが、
未来が身体を通じて語り始めた物語なのです。




ではでは、今回はこの辺で。


また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro

追伸:
感想・ご質問、大歓迎です! 
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になります。
どんな小さな気づきでも、それが新しい変容の始まりになります。そして、“場”をさらに深める力になります。