2025.9.26更新(2024.01.07)
ふと、
トレーニングの終盤──
身体は疲労しているはずなのに、
自分の呼吸が音もなく整い、
世界が静かに遠のいていく一瞬。
あなたは気づいていたでしょうか?
(運動経験がある前提で書いてます──)
その“集中状態”こそが、
未来を動かす構造の起点であったということに。
筋トレと瞑想。
この一見、まったく異なる行為に見えるこの二つは、
情報空間の深層において「同じ構造」から立ち上がっています。
ここでは、トレーニングを「身体操作のOS」として再定義してみます。
筋肉を鍛える、代謝を上げる、ホルモンを調整する──
それだけではありません。
筋トレとは、呼吸・意識・重心・視線・気の流れを調律し、未来の情報場と接続する“瞑想”でもあるのです。(筋肥大の有無はゴール次第であり、“変容の構造”を体験することが本質です)
それは深いトランスであり、
まさに「最高の瞑想状態」へと入る入り口でもあります。
「欲しかったゴールが明確になった。ゴールを掴む感覚、情報空間を移動する感覚ってこういうことだったのですね!これからやるべきことが明確になりました。」
このような変化を生むトレーニングは、
確かに存在します。
人は、筋トレを通して──
“今この瞬間”にしか存在しえない一点に意識を集中させます。
フォーム、呼吸、筋肉、軌道。
すべてが同期し、「外界の意味」が消えていく。
このとき意識は変容し、
思考が止まり、感覚が立ち上がり、
世界は“身体の内側”から再構成されはじめる。
瞑想もまた、
雑念が消え──
時間感覚が希薄になり、
ただ“存在する”という感覚が全体に染み渡っていきます。
それは何かと一体化する感覚でもあるかもしれません。(裏T的ですね。)
その日から毎日、練習が終わった後にハンマーを磨くようになりました。投げるたびに何度も地面に落ちて泥がついたハンマーに水をかけてタワシで磨いてタオルでふく。次第に水だけで洗うよりも洗剤をつけてもっときれいに磨こうと思うようになりました。石鹸がいいのか、食器を洗う洗剤がいいのか、ボディーシャンプーがいいのか。そのときに真剣に思ったのは、「どれで洗うのがハンマーにとって、一番気持ちがいいんだろう」ということでした。
つまり、私はハンマーを磨くという行為によって、ハンマーと向き合い、ハンマーの気持ちになってみることができるようになったのです。(中略)
人間の脳には、データを分析したりロジカルに物を考えたりする大脳新皮質と、感情や感覚を言る大脳辺縁系という領域があります。たとえば、洗ったものがどれだけきれいになったかを人間が感じるのは、感覚的な辺縁系の働きによるところが大きいということがわかっています。(中略)
脳科学的にみれば、私自身で洗剤を選んだり、きれいになったハンマーを眺めたりしながら「きっとハンマーも気持ちいいに違いない」と思うことが、辺縁系の働きを促し、ハンマーを無心で磨くと同時に自分の感覚を磨いていたのだと思います。それによって私とハンマーが一心同体となってパフォーマンスの向上につながったのでしょう。
(ゾーンの入り方『室伏広治』)
──筋トレも瞑想も、
“気づかないうちに身体が情報を受け取る構造”の中にいるということ。
それは、“未来を語りはじめる身体”への通り道であり、「未来の情報場」へと接続するための同一プロトコルともいえます。
あなたがゾーン(フロー)に入るあの瞬間、
瞑想で意識が“沈む”のではなく、“拡がる”と感じるあの瞬間──それは、未来の記憶が身体に書き込まれる入口に立っています。
正さねばならない無秩序や防ぐべき自己への脅迫もないので、注意が自由に個人の目標達成のために投射されている状態である。
我々はこの状態をフロー体験と呼んできたが、それは調査面接した人々の多くが、自分の最高の状態の時にどのように感じたかについて説明する中で用いた語である。
「流れている[floating)ような感じだった」「私は流れ(flow)に運ばれたのです」。
それは心理的エントロピーの反対──事実それはネケントロピー (negentropy)と呼ばれることが多い──であり、その状態を達成している人々は、より多くの心理的エネルギーを彼ら自身が選んだ追求目標にうまく投射してきたので、より強い自信のある自己を発達させているのである。
(フロー体験 喜びの現象学『M・チクセントミハイ』)
ここまで読んだあなたは、もしかするともう──
自分の中の“静かな違和感”に気づいているかもしれません。
筋トレも、瞑想も、
あなたの中で“言葉になる前の物語”を語り始めていたということに。
それに出会うためには、もしかしたら──
長い期間を待たなければならないかもしれません。
ある人はこんなふうに言います。
運とは、準備と機会が出会った瞬間だ、と。
筋トレとは、
瞑想とは、
呼吸とは──
これらはすべて、未来を語りはじめる身体を通じて、情報空間を“触れる”ためのOSをアップデートする行為でもあります。
未来にすでに接続されている身体。
それは、意識でコントロールできるものではなく、
「未来からの照度」によって引き出される“潜在的な問い”です。
あなたの身体が、その問いに応じて
──すでに“答え始めて”いるのです。
それは、以前から書いているように、
身体性という根源的な部分が、より抽象度の高い世界へ移動するための、ある種のパスポートとして機能するかのように。
「選ぶ」とは、自ら掴みにいくことではなく、
すでに照らされている方向へ──
“身体が自然に動き出す”ということでもあります。
その視点でみえてくるのは、
選択は行為ではなく、新たな臨場感の現れということ。
未来は思考ではなく、
“臨場感”によって決まります。
これはT理論における大事な構造であり、
Khronosが実践しているすべての技術体系に通底しています。
(未来を語りはじめる身体が持つ構造でもあります)
あなたがジムでダンベルを握ったとき、
そのフォームに“未来の身体”の精度が宿るとしたら──
あなたが静かに目を閉じたとき、
その呼吸に“未来の言葉”が混じっているとしたら──
筋トレも、瞑想も、
そこにあるのは「今を整える」ための行為ではなく、
未来を、身体で語り直すためのプロセスと考えることができます
あなたの思考や感情は、
過去の記憶の集合ではありません。
それらは、
情報場に浮かぶ“未来の自己”が、今のあなたを“選んだ結果”として現れています。
今回の話でいえば──
筋トレによって「身体の構造」が変われば、
瞑想によって「臨場感の焦点」が変われば、
“今の記憶”も、“未来の意味”も書き換わっていきます。
あなたが呼吸を変え、
視点を変え、
重心を変えるだけで──
“現実”の構造が、静かに書き換わっていく。
筋トレも、瞑想も、気功も、
すべてはその「情報の再創造」を加速させるための手段です
未来のあなたが現在に届けるための“構造”としてみたとき、
限界のその先で震える筋肉──
静寂の底で浮かぶ身体──
観えない“気”が動き出すあの瞬間──
それらはすべて、
未来の構造が今の身体を通して語り始めた証です。
筋トレは、未来とつながる“構造の扉”となり、
瞑想は、その扉を静かに開ける“呼吸の鍵”となります。
身体が変わるということは、
構造が書き換わっているということ。
その変化はすでに、始まっています。
あなたの内側の“静かな違和感”が、
未来からのサインであるなら──
それに耳をすませるための時間を、
今日、ほんの数分だけでも持ってみてください。
それはきっと、
すでに“始まっている”あなたの物語と再会するきっかけになるはずです。
ではでは、今回はこの辺で。
また次回の記事でお会いしましょう!
Khronos / The salone|Hiro
追伸:
感想・ご質問、大歓迎です!
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になります。
どんな小さな気づきでも、それが新しい変容の始まりになります。そして、“場”をさらに深める力になります。






