前回書いた抽象度が高いレベルで統合される、ということについて、抽象度の高さは世界観の強度である、みたいことを書こうかと思いましたが、、


その前に抽象度について基本的なことをおさらいしてしまいましょう。

抽象度とはなにか。
(かなり重要なことなので保存版としてブッマーク保存、リーディングリストに追加するのをオススメします。)
 

 

まずは土台の確認ですね。

 

抽象化、すなわち「抽象度を上げる」ということについて、わかりやすく説明しておきましょう。
「抽象」の反意語は、「具象」あるいは「具体」です。したがって、「抽象度を上げる」とは、「具体度(具体性)を下げる」ということを意味します。上下に座標軸をとったとすれば、上に行くほど抽象度が上がり、下に行くほど具体度が上がることになります。抽象度が高いほど、情報量は少なくなります。具体性が増せば増すほど、それを限定するための条件がふえていくからです。
このことから、「抽象」というのは、具体性がなくて、なんだかわけのわからないものだと誤解している人がいます。これはおそらく「抽象画」などから、そのような印象を受けたためでしょう。ですが、そうではありません。抽象というのは、ある物事や存在などの本質を、より少ない情報で表しているということです。

努力はいらない!夢実現脳の作り方(苫米地英人)

 

僕たちが生きる世界は、

単なる物質の集合体ではありません。


その背後には、情報の層が折り重なり、「認識の座標」を変えるごとに、同じ現実が異なる姿を現します。


「抽象度(Levels of Abstraction)」は、この座標系を移動するための羅針盤となります。


認知科学から宗教哲学、そして社会や経済に至るまで、抽象度はすべてを貫く“普遍的な構造”として機能しています。


抽象度とは──

概念や存在を「どの階層で捉えるか」を示す指標です。


抽象度が上がると、

ランダム性は下がり、整合性は高まる。


抽象度が下がれば、

物理的・個別的なディテールに近づきます。


例えば──

「犬」と「猫」をまとめると「動物」になる。


「動物」という言葉は情報量を減らしているように見えますが、むしろより多くを包含する。


抽象度の上昇は「削ること」ではなく、

秩序を広い視野で捉える操作なのです。


理論上の上限は「空」──

すべてを包み、矛盾さえ超えて整合する究極の概念。


下限は「矛盾」──

自己破壊的で説明力を持たない境界。


抽象度はこの間で揺らぎながら、

僕たちの認識を形成します。


例えば、
こういう構造で捉えることができます。

 

みたいな感じで図で考えてみましょう。

 
抽象度が一番高いAを「公理」と呼びます。
B〜Oはすべて、Aから生まれてきている(Aを具体化したもの)と考えるわけです。
AはB〜Oを包摂している、ともいえます。
 
よく分からなかったら、Aを「ほ乳類」として、
Bを「犬」、Cを「猫」みたいな感じでいれてみましょう。
Dを「柴犬」、Hを「タロウ」みたいに。


ここで個別具体的な世界に一匹のタロウという犬の飼い主に対して「犬種はなんですか?」と聞いたときに「柴犬」と答えれば抽象度はひとつ上がります。
 
抽象度が上がるいうことは、情報量が少なくなり、より大きな視点で物事をみれるようになるということ。

 

図をアート的にみたい方はぜひ!1分40秒あたりからがオススメ。もっといいのがあったらぜひ教えてください!

 
より俯瞰して考える、視座を高くする、長期視点を持つ、みたいな言葉に変換して考えるときにも、この図は応用していくことができます。
 
つまり抽象度を上げるとは、
 
より本質に迫っていく
 
ということでもあります。
 
Aよりも更に抽象度の高いA’が見つかったときに抽象度が上がったといいます。
物事のある性質を引き抜き把握することで、具体的なことまでを包摂し定義することが可能になります。

       

こんな感じで、より抽象度の高い「公理」を見つけたとき、抽象度が上がったことになります。

もう少しいうとAとHのLUB (least upper bound)をとったと考えることもできます。
弁証法でいうアウフヘーベン(止揚)したと考えても良きです。

 

 

 思考は計算なので軽い方がいいのです。
 
軽ければ計算は早く終わる。
素早く答えが出る、ということ。
 
それは1を知って10を知るということにも繋がっていきます。

 

この図でいえば、抽象度の高いAの視点があれば具体的なD〜Jの視点まで一気に移動していくことが可能だからです。
 
さて、この抽象度をどんどん上げていった時に、一番上に来るものは何でしょうか。
 
仏教では、これを「空(くう)」と呼びます。



こんな感じで、あらゆるものを包摂した、もっとも抽象度の高いものを「空」といいます。
 

 

抽象度が上がれば上がるほど、情報はどんどん圧縮されていき(PCでファイルをZIPに圧縮にするイメージとか)、究極的に圧縮したら、「空」にいきつきます。

 

「空」というのは、「なんでもないものであり、かつすべてを包含するもの」です。
抽象度というのは、それを条件づける(その他のものと区別する)情報量によって決まりますが、その条件づけを限りなくへらしていき、これ以上は抽象度を上げることができない、という限界地点が「空」なのです。
わかりやすくたとえると、何でも入れることのできる魔法の箱のようなもの。一見、何も入っていないように見えますが、じつはすべてのものを梱包できる箱なのです。空っぽでありながら、いや、空っぽであるがゆえに、同時にあらゆるものでもあるという概念なのです。

 

この図でみて分かるように抽象度の高い視点から具体的な事象は地続きです。(これを包摂関係にある半順序集合というカタチで並べられるともいいます。)
空からタロウまでがそれぞれの概念の定義によってすべて地続きなんです。
 
抽象度の考えはいろいろなことに繋げていくことが可能になります。

たとえば、
 
抽象度の上から下はみえるけど、下から上はみえない(マジックミラー現象)、ゴールの移動について、本質に迫っていく、whatに答える、質量転換、アナロジー、螺旋的発展、階層性、卓越性、ブランディング、美しさというもの、モテについて、アイデア、発想力、幸福について、幸運、金運、マーケティング、引き寄せの法則(これだけではうまくいかない理由が明確になる)などなど、
 
そして──
もう少し入っていくと、
脳の働きは、抽象度の階層をなぞるように進みます。

  • 物理法則や素粒子レベル(低抽象度)
  • 分子・神経信号
  • 無意識的なイメージや非記号的パターン
  • 言語・記号
  • 「愛」「美」「倫理」といった高次概念(高抽象度)

自我やパーソナリティも、この階層の中の「特定の安定パターン」に過ぎません。

ある層での変化は、上下に波及します。
だからこそ、内部表現を書き換えることは、人生全体を動かす鍵になります。


コーチングの本質は「抽象度の上昇」です。

目先の環境や常識に縛られたゴールではなく、より高い抽象度から世界を再記述する。


ここまでみてきたように、

抽象度が高いゴールほど、

潜在的な戦略は無数に広がります。


それはまるで、情報空間に蓄えられたポテンシャルエネルギーを呼び出すように──高い抽象度からゴールを設計するとき、現実は自然にその方向へ整合していくのです。



仏教の核心である「空」は、

抽象度理論の上限概念と重なります。


それは「すべてを排する虚無」ではなく、

すべてを包含する完全な秩序です。


唯識論の視点から見れば、

宇宙の根源は物質ではなく情報。


物理空間は、その情報空間のルールから偶発的に立ち上がった相でしかありません。


瞑想や止観の実践は、

この抽象度の座標を上位へ移動させ、

「自我の枠を外すことで宇宙全体に触れる」技法といえるのです。


現代社会では、

価値の中心は物理空間よりも情報空間にあります。

ブランド、物語、デザイン──これらはすべて抽象度の高い層で生み出される価値です。


富をどう使うか、組織をどう導くか。


リーダーに求められるのは、短期的な局所最適ではなく、高い抽象度から未来を見通す視点です。


そこに初めて、利他性や持続可能性が宿ります。


抽象度とは──

単なる知的な枠組みではありません。


それは世界を秩序づけ、

未来を観測するための情報空間の座標系です。



抽象度を上げるとは、

未来がすでに始まっていることに自らを同調させること。


そしてその未来は、

あなたの身体を通じて、新しい物語を語りはじめます。


Khronos Hiro