おじさんのオーディオ懐かし話その5 | 酔眼(酔った眼でのあれやこれや)

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マルチチャンネルアンプSR機器でJAZZなど、CinelliとKonaの2×2輪生活、最近は運転していないAlfaRomeoMiTo結局は妻専用スーパー(買い物用)カーとなり果てる、チワワの『らぶ』とPentaxKPなどで撮るへぼ写真、酔った眼でのだらだら・ぐずぐずな年金生活の日々

おじさんのオーディオ懐かし話その4」の続きです。

それから数年たって世はLPなどのアナログレコードからCDの時代へと移ってくる。

子供たちも大きくなり海老名のマンション3LDKのリビングに設置していいたBLやその他のAudio機器もくたびれてくるのでそろそろ買い替えようと・・・

仕事も忙しくなりあまりAudioについて考えたりすることができない、それと奥さんが音楽聴くのもいちいち操作が面倒くさいと言い出してそっくり買い換える羽目になった。

結局操作の簡単なTecnicsのミニコンポ(型番は忘れた)に買い替えた。
構成は
リニアトラッキングアームの付いたレコードプレーヤー
ダブルのカセットデッキ
7セグメント(だったかな)イコライザーつきアンプ
CDプレーヤー
あまり大きくないブックシェル型3Wayスピーカー

それで旧システムの
レコードプレーヤー、カセットデッキ、
CA-X1やST-5300、
BLエンクロジャー、スパイラルホーンも捨てた。
(FLAT-8Ⅱ、FE103、PM-101は箱に入れて保管)

その後、土地が見つかったので群馬県は高崎に引越すが仕事の関係でおじさんだけは
単身赴任的東京近郊暮らしとなる。

そのせいではないが12~3年位は暗黒(おじさんにとって)のAudio時代が続く・・・

単身赴任的別居生活のなかでやはり音楽が忘れられなくて簡単なAudioセットが欲しくなり

BoseのAMS-1を買う。
なぜBoseを選んだかというと海老名に住んでいた頃義弟から電話が来て「今度、海老名文化会館でコンサートのPAをセットするが人員が足りないので手伝って欲しい」と。

    当時たまたま暇だったのと家から近かったので手伝った。
    当時、小規模のこんさーとではあったがセットする手間として
    一番大きく重いのはPA用のスピーカー

      


    JBL3560

    こいつを(たしか)片側3段積み、
    他にも返し用のスピーカーやらなにやらで結構腰に来た。
    あとはミキサー(何Chか忘れたけど)とアンプ
    (移動用ラックに4台か5台位組んでいたかな?)を
    全て(キャノンプラグみたいなコネクターの付いた
    ぶっといケーブル)結線し次々に音出しをして確認するまで手伝った。


    このときに義弟からこんなでっかく重い構成だけどもっと小さく軽い
    
  
   Bose901なら片側2発くらいで充分なんだけど
    バンドの連中は見た目の迫力から言っても
    こんなのを希望してくるので結構きついんだよねー」と・・・


そんなことが頭に残っていたのか・・・・

BoseのAMS-1

を買って来てこれで聞く(この頃はJAZZだけではなくサザンやら竹中やらスクエア・・・)何でも聞くようになった。

それと高崎の家も築20年位立って一階リビングダイニングとキッチンのリフォームをすることに。
一階西側にあった8畳間とリビングダイニング・キッチンを全部つなげて1ルームにすることに決める、リフォーム図面をみて見るとなんと全部合わせると20~30畳ほどの空間が生まれる。

Tecnicsのミニコンポもだいぶ古くなってきたので買い替えようと思っていろいろ考えて工事監督にも相談してホームシアターを設置することにした。
仕事の関係でおじさんは平日は高崎にいないが週末帰ったときに監督も好き物らしくいろいろカタログを持ってきて検討してくれと・・・

そこでプロジェクターは天井吊りにしてこれを


SANYO LP-Z3

5.1Chにして選んだシステムは

BoseのSystem18(だったかな?)

スクリーンは100inchのロールアップ型(発注は120inchだったが手違いで100inchとなった)
リアスピーカーはZ3と同じく天井吊りでセット。

高崎に帰った時はこの構成でDVD映画を観たり音楽を聴いたりしていた。

次回は最終回。