Tipo2月号の太田哲也さんの「KEEP ON RACING」を読んだらホンダF1完全撤退に関する記事が出ていた、自分と同じように太田さんも思っているようだ、結局あれだけの予算を使って勝てないので撤退した、しかしその開発リソースを大量につぎ込んだのはメーカではないかと、予算の増大を招いた根源は自動車メーカーではないかと。
それを理由に撤退するのはおかしいと、フェラーリはメーカーとして低迷した時期もレースで低迷したときも撤退しなかった・・と太田さんは書いている。
自分もそう思う、
結局レースのホンダではなくなり、
つまらない(自分が思っているだけですよ)ミニバンメーカーに成り下がった?
自動車は産業車両としての荷役や移動手段としてのみ存在するのだろうか?
違うと思う、それならいくつものメーカーがデザインに開発予算をかける必要もないしその目的に合うだけの画一化されたデザイン(機能美?)でいいのではないか?
夢を売らないのならそれでもいいと思う。
しかし、我々購買者がなぜ古いクルマに興味や愛着を持つのか?
スペックや燃費だけなら最新のテクノロジーで設計・製造された新車が良いに決まっている。
オーディオの世界でも最新の回路設計技術による周波数特性がフラットな回路や半導体を使ってデジタル化されたアンプなどのほうが良いに決まっている。
それならなぜ真空管アンプやアナログレコード(はては78回転の蓄音器)がなぜもてはやされるのか?
デジカメも便利だが、半世紀も前に設計製造された銀塩カメラのライカズミクロンなどのレンズや日本光学(Nikon)のニッコールレンズ(他にも旭光学、オリンパス、トプコン、キャノンetc)ががなぜもてはやされるのか?
それは味わいというもの、
また昔は買えなかった高価なものが中古とはいえ何とかなる値段になってきていることもあるだろう、
昔の憧れ(我々があこがれたメーカーなど)ではあるが、道具とはその機能やスペックだけではなくそのような物だと思う。
そのメーカーとしてホンダは代表的なものだったと思うがどうだろうか?
昔は軽トラックにDOHC、CV4連キャブなど無茶なクルマを作っていたし、あのトヨタでさえも2000GTやS800など利益優先では考えられない製品を世に出していた、トラックメーカーになってしまったイスズもべレットGT(-R)などもあったしその他のメーカーも(なぜだか)希望に燃えて個性豊かな製品を出していた時代があった。
(JCAAクラッシックカーフェステバルのHPより借用)
レースのホンダ、走る実験室etc・・・色々キャッチフレーズもあったのに・・・
結局、大メーカーとなってから株主訴訟が怖くてやめるだけではないのか?
それともあれだけの予算をつぎ込んでも勝てないから企業イメージ低下防止の為に
この不景気を口実にして撤退理由としたのか?
そんなことを考えながら昨日(日曜)のBSフジで放映している「所さんの世田谷ベース」 を見ていたら
所ジョージさんが、いわくつきのスカイライン(日産ではなくプリンスのS54AかBのようだが)について(いつものように熱く)語っていた、それはこの個体の換装エンジンがトヨタでミッションはスバル・・・等々であると、もし日産で纏めるなら「俺が作る必要が無い、日産がやればいい」と、他にもどうして昔の味のあるクルマを復活しないのかとも・・
結局彼もクルマは機能だけではなく夢を持っていなくては駄目だと言っていた。
たまたま、太田哲也さんのエッセイと所ジョージさんの番組で言い回しは違うが同様のことを言っていたように思う、結局ホンダはレースを捨てたのだ、しかもただの自動車メーカーに成り下がったと思うとつまらなくもあり悲しくもある。
まさか・・・・撤退するつもりは無いでしょうね? 新しく社長になるトヨタの豊田さん。
お願いしますよ。
とおじさんは思っているのだよ。