一緒に歩くこれだけでも、うつ病救われます | 賢太郎先生の今日も元気だ、ご飯がうまい!

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私の趣味である鉄道や歴史、日々の出来事、自分が経験してきて感じたこと、乗り越えてきた方法について様々なことを書いてます。

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かつて自分が抱えていた悩みを持つ方なら助けになればと思います。

中高年の方によく見られますが、精神的に辛い人へ「逃げるな」という人が多い気がします。

 


 

 

私がパニック障害あるいは、うつ病に似た症状が最初に出始めたのが10数年前、まだ中学生でした。

 


 

 

昨日まで普通に学校へ行けて何もなかったのに、その日からどんどん悪化してしまいました。

 


 

 

その時は精神的な病気が今ほど認知されておらず、また本人の甘えや逃げという誤解や偏見が強かったのです。

 


 

 

両親や学校の先生も私の甘え、逃げと思い私にとって厳しくつらい言葉を言いました。

 


 

 

本人の話も聞かず、理解しようともせず無理やりに何かをするのは居場所を奪うに等しい行為で中学時代は正直、毎日が地獄でした。

 


 

 

いま私は、このように思います。

 


 

 

逃げることの何がいけないのでしょうか?

 


 

 

もちろん敵を見ずあるいは見ただけで逃げる敵前逃亡に等しいのはよくないと思います。

 


 

 

しかし、精神的に辛い人の大半の人が既に戦っていて満身創痍、万策尽きた上での撤退なのです。

 


 

 

外から見たらわからないです。わかるわけありません。

 

だからこそ、辛い人をよく見て観察してもらいたいのです。

 


 

 

本人は必死で立ち向かっているのです。

 


 

 

元気な人から見れば努力や頑張りが足りないように見えるかもしれません。

 


 

 

しかし最大限頑張っているのです。

 


 

 

たとえて言えば10キロを余裕で走れる人と1キロを走るのが限界という人もいます。それと同じなのです。

 


 

 

私は、本人が最大限まで努力したのなら戦力の立て直しと困難を突破するための新たな策を考えるための撤退は問題ないと思います。

 


 

 

逆にそこで「戦え」「逃げるな」というのは太平洋戦争の旧日本軍のごとく玉砕するまで戦えと同じ事を言っているのだと思います。

 


 

 

精神的な症状は、すぐに回復するわけでもないので本人も周りも、歯がゆいと思います。

 


 

 

しかし、そこは本人も自分を追い詰めることなく、周りも、もどかしいとは思いますが「逃げるな」「甘えだ」「がんばれ」という前に本人に寄り添って観察してみてください。

 


 

 

そして「一緒に歩こう」など言葉をかけてあげてください。