前回の記事でM社のピンチを脱する方法を見つけたが、この方法には問題点があった。

 

この方法では、確かに開店までに各店舗に商品を届けることは可能であるが、商品の入った段ボール1個当たりの送料が3万円以上かかってしまい、各店舗に送られる靴の量を考えると、儲けるどころか販売価格すら上回るのだ。

 

この仕事をしてしまえば、確実にこの分は大赤字だ。

 

ドライバーが価格のことを伝え、

 

「おそらく儲けどころか損しますが良いですか?」

 

と専務に問うと、

 

「銭やない、信用の方が大事や!」

 

と言い即断で了承した。

 

社員やパートにも特別に現金で手当てを渡し、無理な残業を頼み作業をしてもらった。送料だけでなく、人件費も含めて大赤字な仕事になることは社員やドライバーからみても明確だった。

 

しかし専務は

 

「銭やない、信用の方が大事や」

 

と何度も言いながら社員やパートの人たちに諦めさせなかった。

 

実際に何度も番頭格が問屋への謝罪を提言した。怒られるだろうが、謝ればなんとかなる関係性でもあり、そんなに大きな取引でもないため割に合わないというのが番頭格の判断であった。

 

しかしこの専務の決断はブレることなく、信用を守ることを選んだ。

 

この専務の大きな声の関西弁で

 

「銭やない、信用の方が大事や」

 

に最後は社内が一体となって製造に取り掛かっていた。

 

実際に後で聞いた話では、この件で余計にかかったコストは販売価格の倍以上であり、儲けどころか損していたのは確かであった。

 

そして作業は明け方4時くらいまでかかり、ようやく商品が完成して、ドライバーも家に帰らずM社に付き合い、5時に航空便に荷物を引き渡すまで立ち会った。

 

この時、専務はドライバーに

 

「君の会社とは長いこと取引しとるけど、ここまでしてくれたのは君が初めてやわ。このことは忘れんから感謝するわ」

 

と言って感謝していた。

 

社員たちにも特別な手当てを渡しながら一人一人に頭を下げて回っていた。

この会社の姿勢が社員にも浸透した日だったと言えるだろう。

 

信用を得るのは言葉ではなく、やはり行動なのだ。

 

誠意ある行動の積み重ねが信用に繋がるのであって、時にそれは損をしても守るべきものである。

 

時に経営者は損するかしないかだけで判断して行動することがあり、それが時には信用を失い、次に繋がることを自ら断ち切っていることにもなりかねない。

 

今現在このM社は自社ビルに変わり、今でも繁盛している。

 

他にない特異性・ブレない姿勢・儲けより信用を守る信念が、この会社が震災後の大きな産業構造の変化を生き抜き、成長しているポイントであろう。

 

ここまでは、神戸の主要産業だった靴製造業の成長企業を紹介してきたが、次回以降は違う業種を紹介していこうと思う。

 

「第16回<価格競争の激しい業界>」に続く・・・