会社は株主のものか?
私が大学を卒業して就職したのは1969年だった。有名大学卒で無かった私は、とある中小企業に就職した。それでも3ヶ月間の社員教育期間が有り、社会人としてのマナーや働く自覚みたいなものを叩き込まれた。 実践に出た頃には、『わが社』『うちの会社』と言った意識が芽生え、『会社の為に頑張る事が自分の為になる』と信じられた時代であった。 初任給の手取りは40,001円だったが、3回も転職したにも関わらず、10年後の給与は7倍以上に増えていた。そんな良き時代であった。当時の社会は、新入社員と社長の給料差が概ね10倍~15倍程度だったと記憶している。 国民の多くが中流を意識できる経済環境の中にいた。時を経て経済のグローバル化が浸透すると、徐々に経済格差が表面化し始め、以後30年で中間層が激減した。その分貧困層が増えた感じ。 株式投資の世界も『会社は株主のもの』と考える株主資本主義が顕著となり、高配当を維持する為の経営が当たり前になった。コストカットで利益を捻出し、配当に回す企業も増えた。株主には朗報だが、累進配当を発表する企業も多くなった。 配当重視の経営が横行する中、特に中小製造業の衰退は目に余る。国際競争力も下がり続け、社員のモチベーションも維持困難な企業が増加傾向だと聞く。汗水流して頑張っても、明るい未来が見通せない。恋愛しても家庭生活の維持が不安で、結婚を躊躇する若者が増えた。これでは少子化が進むのも道理。 ヘッジファンドやアクティビストの存在が、会社経営に悪影響を与えていると考える人は少なくない。会社運営側も社員も株主も、利益が応分に分配されてこそ会社は成長するし、社会還元も実践できる。 株主資本主義が究極の行きき詰まりを見せ始めたアメリカ社会が、そろそろ答えを見せてくれるかも知れない。 株式投資に生き甲斐を見出す私が、株主の利益のみを追求する株主資本主義に疑問を感じる事は矛盾しているのだろうか?。ヘッジファンドやアクティビストの究極の強欲は、社会システムの崩壊に繋がると思う。人間社会の宿命とは言え、少しばかり情けない感情だけが残る。