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朝鮮問題深掘りすると?

初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

23,24日の両日に行われた朝米第3次高位級会談が終わりました。何が討議され,どのように終わったかについて公式の発表がないまま朝米が別れました。日本の報道によると、朝鮮のウラン濃縮問題とアメリカの対朝鮮食料支援問題について討議が行われ意見の接近を見たようだといいます。


事際のところどうだったのでしょうか。その糸口は会談を行った当事者であるアメリカ国務省のデービス対北特別代表の記者会見での発言内容とこれまでの会談の内容からから類推するしかありません。


デービス特別代表は記者会見でウラン濃縮(UEP)問題を含む重要なイッシューについて次のように発言しました。

「UEPを含めた非核化問題、非拡散問題、人道主義問題、人権などについてすべて論議したし、日本と我々全てが憂慮する拉致者問題も話した。」「北朝鮮が周辺国との関係を改善し特に朝鮮半島でよりよい南北関係をもたらすために努力すべきだという話もした」と言っています。つまりあらゆる問題について協議したと言う事です。


本質的な問題に入る前にデービスが「北朝鮮が周辺国との関係を改善し」と言っていることについて一言付言します。今朝鮮が周辺国と関係改善が出来ていないのは唯一日本だけです。したがってデービスの発言は正確ではありません。韓国は自ら関係を断ち切ったのですから朝鮮に求めるのは筋違いです。


本題に入ろうと思います。まずこれまでの協議について俯瞰してみましょう。アメリカはこれまで6者会談の前提として北南対話の実現、「非核化の前提措置」として朝鮮のUEP中断、IAEA査察の受け入れ、核とミサイル事件の中断などを要求してきました。


これに対して朝鮮側はアメリカの朝鮮敵視政策の放棄、その具体的な問題点として、侵略的米韓軍事演習の中止、朝鮮休戦協定の平和協定への変更、駐韓米軍の撤退、などを要求してきました。食料支援問題についてはアメリカが脈絡のないまま食料支援問題について投げかけてきたので,北側はすでに合意を見た支援規模と内容を遵守することを要求してきました。(2月22日号のブログ記事で明らかにしています)


それがいつの間にかUEP中断問題と食用支援の交換というように問題がすげ替えられ、あたかもそれが北側の要求のように喧伝されてきました。従ってUEPと食料のトレードでもあるかのような日本のマスメディアの論調は最初から間違っているのです。この間違った視点から今回の会談を見るので結局、ものごとの本質を見ることができないまま記事が量産されたわけです。


では今回の会議をどのように見ることができるのでしょうか。管理人はデービスが「寧辺UEPを含ひ非核化問題、非拡散…について議論した」と発言している点に注目したいと思っています。


特に突如現れた「非拡散問題」が議論されたという点は管理人も想像できなかったことです。アメリカ政府内ではこれまでも重点を「核活動の停止か,非拡散問題」かを巡って意見が分かれてきたことはご承知の通りです。ところが今回の会談で「非拡散」がテーマの一つになったと言う事です。順序で言えば「非拡散問題」は核武装が終了したときから浮上する問題であり、アメリカがそれを朝米高位級会談で論議のテーマに上げたと言うことは,何を意味するのでしょうか。


答えは簡単明瞭です。朝鮮が核兵器保有国である事を認めるかどうかを迫られていると言う事です。ところがこれまでアメリカは朝鮮を核武装国とは認めていません。つまり現実から目を背けてきたわけです。そしてやっと現実を認めたと言う事になりそうです(アメリカ政府の公式見解が出るまでは「仮に」ということになりますが)。それは衝撃的な変化です。朝鮮を核武装国として認めたという事は米朝協議の器,土俵が替わることを意味します。例えばIAEAの査察などは雲散霧消するでしょう。


他方で北側の要求はそれだけではありません。朝米平和協定の締結問題がそれです。それは朝米関係正常化と、朝鮮半島の平和と安定実現の大前提です。


朝鮮の核問題はまさにこの問題と深くリンクしており、直接繋がる問題です。ところが現在この問題でアメリカが二枚舌を使っています。朝米高位級会談が行われている中でも朝鮮をターゲットにした米韓合同軍事演習が繰り広げられています。デービス代表は「人道主義問題、人権などについてすべて論議」したと明かしていますが,そもそも人道や人権と戦争が両立し得ないことは赤子にも分かる話です。実際アメリカのイラク、アフガン戦争が人道主義や人権を踏みにじるものであったことはすでに明らかになっています。ましてやアメリカは会談中も朝鮮半島で戦争演習を繰り広げているのですから、二枚舌も良いことです。


ところで朝鮮国防委員会は25日に代弁人声明を発表し、「我が軍と人民は米帝の反共和国戦争策動が強まれば強まるほど反米決戦態勢を整え軍事的挑発と武力増強、戦争演習策動を踏みつぶし、朝鮮半島の平和と安全の基本的障害物であるアメリカ侵略軍をこの地から追い出すための強度の高いたたかいに総進入するだろう」としながら「いつでもアメリカ侵略軍の本拠地と反共和国軍事巣窟をわが打撃圏内に収め、ぴくりともすれば一撃に踏みつぶすだろう」「核兵器はアメリカの独占物ではない。アメリカの核兵器よりもより強力な戦争手段と誰にもない最先端打撃装備がある」「大洋の遠いところにアメリカ本土があるので安全だと思うのであれば,それ以上の誤算は無い」「侵略者を踏みつぶすわが軍と人民の打撃の強度と打撃の境界線には限界がない」「本当の銃尻、戦争の味がどういうものなのかを見せて上げるというのがわが軍と人民の不変立場だ」と圧迫しています。


日付を見るとの25日です。当然朝米高位級会談の朝鮮側代表団もこの内容を事前に正確に認識していたと考えられます。そして同じような強烈な軍事的圧迫をデービス特別代表に伝えたはずです。


デービスが「突破口が開かれたか」という記者の質問に「そこまでは行っていない」と曖昧な答えしか出来なかったのかが理解できる箇所です。彼の判断の領域を遙かに超える強烈な問題が浮上していたと思える箇所です。


一言で言って今回の第3次朝米高位級会談で朝鮮側は「最後通牒」と言っても良い強烈な軍事的圧迫を加え、アメリカに問題の根本的解決に臨む気があるのかどうか決断を迫ったと言う事です。ここに今回の会談の醍醐味があるのではないかと管理人は判断しています。

20日、名古屋市の河村たかし市長は南京から訪れた訪日代表団と面会した際に、「南京大虐殺は存在しない」…と発言し、唖然とさせました。またその後、世論や中国側からの批判に対し、河村市長は「中国は30万人の南京市民が虐殺されたと言っているが、歴史認識を正すのがわたしの使命」と弁護、さらに「議論が起きたのはいいこと。中国側は冷静に受け止めてほしい」とまで述べたそうです。


この発言をめぐって今中国、とくに南京市民らの間でごうごうたる非難が生まれ、友好都市の関係を撤回せよと言った、激しい主張がネットなどに溢れていると言います。日本の地方行政長官のこのような発言を一体どう見るべきなのでしょうか?中国側の非難を「中国網日本語版(チャイナネット)」 2012年2月22日付けに見ることが出来ます。


この記事は河村市長の発言を次のいくつかの方面から分析してみるとして次のように指摘しています。。
(1)河村氏が生まれた家庭環境が影響。彼の父・河村鈊男(かねお)氏は第二次世界大戦時には大日本帝国陸軍第101師団歩兵第101旅団 指令部伍長として中国侵略行動に参加、両手を中国人民の血で染めた軍人だった。1945年に日本が降伏すると南京の栖霞寺に隠れ、1946年に帰国。1948年に河村紙業合資会社を設立し、初代社長となった。戦争の罪を認めない父親は河村氏に大日本帝国陸軍の栄光を注入、河村氏がそうした歴史観を持ったのも不思議ではない。


注目したいのは、野田佳彦首相も軍人の家庭に育ち、父親は中国大陸へ向かう予定だったが、福岡に到着した時に戦争が終結した。そのため野田氏の歴史観と河村氏の歴史観は似ている。こうした中央政府のトップと地方自治体のトップの似た「歴史観」は偶然ではないはずだ。


(2)日本の政治家は数字を弄して歴史の定説をごっちゃにする。常に30万人か3万人かの「真実」を追究し、南京大虐殺という「事実」を回避しようとする。実際30万人でも、3万人でも大虐殺は大虐殺だ。この歴史の「事実」は誰にも抹消することはできない。


(3)日本の政界の保守化を示している。これまで日本政府の閣僚が何人も歴史問題における「失言」で首相から更迭された。いまや日本の地方行政長官が歴史を否定する発言を連発し、一部の地方議員は中国と争う釣魚島(日本名・尖閣諸島)問題に直接介入しようとしている。彼らはこうした地方の行動を通じて中央に影響を与えることで、自らの影響力を高め、次の選挙に向け準備をする一方、国政や外交に直接圧力をかけている。


(4)日本の政治家の資質が低下。日本は礼儀を重んじる国で、これまで日本の政治家は礼儀をもって客を迎え、過去の歴史問題に否定的であっても中国の客人の前でそれをはっきり口にすることはなかった。これも政治家の基本的な資質の一つといえる。しかし河村氏の言動はどんな礼儀も顧慮せず、中華民族の感情をおおっぴらに傷つけた。これは彼のモラルが低いことを示している。(日本新華僑報 蒋豊編集長)


この指摘は真に問題の所在を明らかにした指摘だと言えます。一般に旧日本軍兵士らの多くは自分が朝鮮や中国でしでかした罪を懺悔し,二度とこうしたことがあってはならないと自戒の念を込めて教訓にしていますが、下級将校や軍幹部らの多くは過去の行いがを間違っていたとは思っていなかったようです。過去の行いに対する自戒は自己否定に繋がるという狭い、ねじ曲がった自己防御の裏返しがそう思わせているようです。そして何よりもそうした自己肯定を身内に説こうとするが常道です。つねに両親を是としたいと思う子供としては両親の言葉を信じ、過去をそのように理解することになります。仮に学校で学んだこととそれが違ったとしても、子供は両親の言葉を信じるでしょう。日本に生き残っている旧侵略軍の末裔はこうして現在も息づいているのではないでしょうか。


河村氏の家系もそうしたことを物語る例の一つです。しかし、他方で旧日本侵略軍の虐殺から運良く生き延びた人々,奪われた人々の末裔の歴史意思の中でももそれはまた現在も息づいているのを忘れるわけには行きません。中国新聞網がそうした人々の声を紹介しています。

河村たかし名古屋市長が20日、南京市代表団と会談した際に「南京(大虐殺)事件はなかったのではないか」と発言したことを受け、南京大虐殺の生存者が21日に取材に答え、「私達が証人だ」と怒りを込めて語った。「南京防衛戦に参加した経験を持つ兵士のうち、今も存命している人はわずか3人だ。その中の1人、李高山氏(88)は南京防衛戦に参加した兵士であり、南京大虐殺の生存者でもある。

李高山氏は高齢で耳は遠いものの、名古屋市長の言葉を聞くと「名古屋市長は事実を歪曲している。私は死体の山の中から這って出てきたんだ。これこそが証拠であり、私達は証人だ」と怒りを込めて語った。


『今日ニュースを見て、とても憤慨している』。南京大虐殺の生存者、シャ子清氏(79)は記者にこう語った。「名古屋市長の言葉は完全なるでたらめだ。南京大虐殺は世界的にも認められている。生存者の李秀英氏は亡くなる前に『恨みではなく、歴史を記憶しよう』と語った。我々は彼女の言葉を胸に刻まなければならない」。


1937年の南京大虐殺から74年が経ち、生存者も皆高齢者となった。侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館の統計によると、南京大虐殺で生き残った人のうち、今も存命している人は237人であり、歴史の『生き証人』は今後10年以内にいなくなってしまう可能性がある。現在各方面では生存者の情報を募集している。

平均年齢80歳を超える生存者たちは、世界各地を訪れて各種の平和集会に参加し、自らの経験を語り、歴史を証言している。


李高山氏は1980年代、大阪で証言報告をしたことがあるほか、昨年12月には香港で南京大虐殺の歴史を語ったという。シャ子清氏は8年前から侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館でボランティアとして働いている。『毎週金曜日に記念館で当番に当たり、見学に来た学生たちに歴史と自分の体験を語っています。2004年から働き始めて、もう8年目になります。記念館側も私の体調を考慮してくれ、これまでは週6日でしたが、現在は週1日の当番となりました』。


こうした生き証人も10年後にはいなくなってしいまう可能性があります。しかし、その血筋が絶えることはないでしょう。


河村市長の発言はまさに相手がいることさえも考えられないほど思考停止のまま数十年も生きてきたことを意味します。数十年前に歴史的思考停止に陥った人物ガ地方の首長でいる日本の政治の堕落がよく見えます。


南京市政府は21日夜、市訪日代表団が名古屋市の河村たかし市長との面会の経緯を明らかにする厳正な声明を発表したことを通告しました。声明は「日本メディアは河村市長の発言のみ選択的に報じ、南京市訪日代表団の即刻の対応を全面的、客観的に報じないばかりか、機会に乗じて大げさな報道を行った。われわれはこれに強い憤りを覚え、誤った報道を正すべく、直ちに厳正な声明を出すものである」としています。中国新聞網が伝えました。


声明は次のように指摘しています。

「南京市訪日代表団は20日午前に名古屋市役所を表敬訪問。河村たかし市長は代表団との面会時、『南京大虐殺』事件の存在を否定する発言を行った。南京市代表団の団長は即刻対応をした。
面会終了後、名古屋市国際交流課の幹部は「誠に申し訳ありません。河村市長のあのような発言は個人としてのものであり、市を代表するものではありません」と繰り返し釈明した。以前、名古屋市の他の幹部も『河村市長はしょっちゅう突飛な発言をしますが、個人的見解に過ぎません』と述べたことがある。


ここにも日本の政治家のずる賢さがよく表れています。「個人的見解に過ぎません」で終わろうとしています。もし市当局が河村氏とは別の見解を持っているのであれば、氏の見解とは違うことを公式の席上で堂々と語り、有効関係にある都市の怒りを買う発言をしたのですから,当然に友好都市に対して対して正式に謝罪し、市当局ばかりか市議会で河村氏を糾弾して当然です。しかし支当局はそれを『個人的見解』だとして収めようとしているのです。


まさに日本の政治の劣化です。いや、日本の政治家らの劣化であり、そこに注目しない日本のマスコミの劣化がよく見えます。


『従軍慰安婦』問題や『朝鮮人強制連行・労働』問題を含め結局日本は、過去の侵略を何一つ正しく清算しないまま現在まで来てしまったと言うことです。このことが今後の東アジア国際政治の中でどのようにマイナス作用するか計り知れません。

朝鮮の「ウンハス(銀河)」管弦楽団とフランスの「ラジオ・フランス・フィルハーモニックが来たる3月にフランスのパリで合同演奏会を開くと言います。南北のオーケストラの合同コンサートを計画していた世界的なマエストロであるチョン・ミョンフン氏(ソウル市響総監督)が、その計画が残念にも霧散した替わりに、氏が音楽監督を勤めるラジオ・フランス・フィルハーモニックとの合同演奏会を計画し,それが実現することになったのです。


残念ながら多くの日本人は朝鮮に交響楽団があるとは思っていないようです。あってもせいぜいが日本の地方オーケストラ程度のレベルだと思っているようです。しかし、すばらしいオーケストラがある事は管理人もブログで書いたことがあります。私事で申し訳ありませんが管理人も若い頃にクラシック音楽の虜となり、マエストロになる夢を持ったこともあります。高校時代に学業をおろそかにしながらレッスンに明け暮れていました。その管理人が一度平壌国立交響楽団の演奏を聴いたことがあります。


西洋クラシックではワーグナーのタンホイザーとリストのハンガリアン狂詩曲第2番を偶然に聴くことが出来たのです。ハンガリアン狂詩曲第2番はオーケストら演奏用にに編曲したものですがミューラーの編曲とも違っていて誰の編曲かよく分かりませんでした。多分朝鮮の音楽家が編曲したものだと思いますが、ハンガリーの民族色豊かなものに出来上がっていました。実は案内してくれた方がクラシックにはとても疎い方で、演目を覚えていなかったので管理人も当日になってやっと分かった次第で,偶然と言ったのです。ところで演奏はすばらしく、私見ではNHK交響楽団と肩を並べるか若しくは少々上を行くといった感じでした。編曲の技術も文句なしです。


ところでマーラーやショスタコ-ビッチの全交響曲を演奏するなど、精力的な音楽活動を通じて日本のクラシック・フアンの間では知らない人がいないと言っても良いマエストロの井上道義さんが平壌交響楽団を指揮したと言います。つい最近のことです。昨年10月に訪朝し10月7日にコンサートをやりました。演目を見るとベートーベンのコリオラン序曲とメンデルスゾーンのバイオリンコンチェルト、そしてドボルザークの交響曲第9番「新世界から」、最後に「アリラン」でした。


井上氏はやはり著名な音楽評論家の丹羽正明氏から最初にこの話が伝えられたときには「朝鮮にも交響楽団があったのか」という感想を持ったと言います。
ところがコンサートホールとなったモランボン音楽堂の造形美もすばらしく音響設備などの設備は申し分なく、世界トップレベルだと絶賛しています。朝鮮の人々の暮らしも日本のテレビが伝えるように貧困だと思うような場面は一度も見たことがなく、人々の表情は希望に溢れており、日本のマスメディアが伝えているのとはまったく違うこの国の姿を見て、多くのことを考えるようになったと言います。


演奏については「演奏は誠実で統一されていた。技量面では良い部分もあったし欠陥もあった。日本の聴衆を満足させるだけの水準は十分にあった。とくに朝鮮の多くの楽団に融合している民族楽器の独特な旋律は私の心琴を響かせた。管弦楽アリランは短い曲を多様な変奏で奏でて広大な規模の楽曲に仕立てた編曲者の技術には感動した」とべた褒めしています。


これを聴いた管理人はさもありなんと思いました。同マエストロが朝日新聞12月7日付け「井上道義の未来だった今より」と言う連載コラムに平壌訪問について書いているので一読を進めたいと思います。マエストロ井上のHPに訪朝の記録や演奏会の模様が載っています。アドレスは(http://www.michiyoshi-inoue.com/ )です。


朝鮮の交響楽団のすばらしさは韓国のチョン・ミョンフン氏も絶賛しています。マエストロチョンはオケレン(オーケストラ練習)を行って「なんとしてもこの交響楽団を正式に指揮してみたい。南北のオーケストラが今年の12月にはベートーベンの交響曲第9番「合唱付き」を合同で演奏したい」との思いを強めたと言います。


平壌国立交響楽団の実力は数年前のニューヨーク・フィルの訪朝とローリン・マゼ-ルの指揮による演奏で立証済みです。そういえばローリン・マゼ-ル指揮するニューヨーク・フィルもドボルザークの交響曲第9番「新世界より」を演奏しました。管理人はそのときのDVDを持っていますので井上氏とのそれと聞き比べてみたりもしてみました。やはり趣が少しづつ違っていますが、どちらもすばらしい演奏だったと思っています。あえて言わせてもらえば管理人は個人的にはローリン・マぜールの方が気に入っていますが。


ところで閉塞状態の日本の対朝鮮政策ですが、こうした芸術の面から突破口を開くというしゃれた考えが日本の政治家からは生まれないのでしょうか。報道によれば日本の政治家60人あまりが平壌に招待されたと言います。もちろんブルーリボンをしつこく付けている政治家連中は体面上行くわけにはいかないだろうとは思いますが、せっかく与えられたチャンスです。


良いおりですのでアホな記者らを自分の宣伝のために連れて行くのではなく、マエストロ小澤征爾をお連れになってみたらいかがでしょう。私見ですが,小澤征爾であれば国賓級で迎えてくれると思います。朝鮮の音楽家や音楽愛好家の間でも小澤征爾はつとに有名ですので。朝鮮の人々の日本代表団を見る目が随分と和らぐのではないでしょうか。