「天安艦」事件の真相 アメリカは何を考えたのかー2 | 朝鮮問題深掘りすると?

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初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

「天安艦」事件が同盟体制の強化に役立つのであるならば、同盟を強調するオバマ政権にとって「天安艦」事件は有益であったでしょう。


5月22日、クリントン国務長官は岡田外相との会談後、記者会見で「韓国に対する脅威は日本にとっても脅威」であり「日本国民も北朝鮮による攻撃の脅威に露出されている」とし、普天吉問題で日本にプレッシャーをかけました。そしてその直後の23日、鳩山総理は「東アジアの安保環境には不確実性が多く残っている」とし、「このような渦中に海兵隊など駐日米軍の抑止力の低下をもたらすことは出来ない」と、普天間基地の県内移転の方針を明かしました。アメリカに全面的降伏を宣言したわけです。


鳩山装置は結局この決定のために総理を辞任することになりましたが、アメリカは普天間問題も好都合に解決し、「東アジア共同体」を云々しながら、アメリカとの関係をこじらせた鳩山政権を挫折させ、いっそう深いアメリカのコミットを受容する日本を得たわけです。日本での民主党政権の登場によって米・韓・日同盟体制が動揺する中で、「天安艦」事件がこれを収拾するための格好の口実となったことは否定できないでしょう。民主党政権の豹変にもそれは現れています。


もちろん「天安艦」事件は、韓米の「包括的戦略的同盟」への転換を加速化するためにも寄与することでしょう。オバマ政権は今年の4ヵ年国防政策検討報告(QDR)のなかで、戦略的柔軟性概念に基づく米軍の再配備作業の重要な一環として駐韓米軍の家族同伴勤務制度の導入と米軍の自由な差出を実現することによって、全世界の非常事態(アメリカにとっての)に自由に駐韓米軍を投入することの出来る体制を作り上げる上での格好の口実を得る事ができました。


つまり「韓米同盟の強化のみならず、地域及び世界範囲での防衛協力のための長期的能力を強化するために朝鮮半島の米軍と(韓米)連合軍体制の適用能力をいっそう高め、伸縮性を保ちながら発展させていく」という狙いを強力に推し進めるための要求を、韓国に対しいっそう強く迫る事ができることになりました。要するに「天安艦」事件の真相隠しと李明博政権支持の反対給付として、これらの実現を要求する事ができるというわけです。
それは2009年6月のオバマ・李明博による「韓米同盟のための共同ビジョン」での公約である「両者、地域及び汎世界的範疇での包括的な戦略的同盟」の軍事的側面での積極的な推進を意味していますが、「天安艦」事件はこれを進める上で格好の事件であったということです。


ではそれがどういう形で推進されるかと言うと、まず政権の命脈を左右しうるこの事件で李明博政権を積極的に支援することで、李明博政権内で平時作戦指揮権の韓国への移譲に反対し、その時期(2012年予定)の延長を主張する声を断ち切ることで、駐韓米軍のトランスフォーマーを実現し、他方では米軍の「差出」にともなう兵器の売買などから始めることになるでしょう。それをスムーズに実現するチャンスを得たわけです。


李明博政権が誰がなんと言おうと、積もる一方の疑惑がほとんど確信となって韓国民の心を占領しようと、わき目を振らずひたすら「天安艦」事件にオール・インしている間、アメリカは冷静に得るものは得ているというわけです。


しかし、李明博政権の突出した強硬姿勢はアメリカの思惑を超え、東北アジア諸国を巻き込んだ一大戦争勃発の危険性を人々に強く認識させる結果となりました。こうした戦争の危機は中国やロシアの警戒心を刺激し、逆にアメリカの負担となって舞い戻っています。


オバマ政権は「天安艦」事件を利用して昨年緊密度を急速に増した朝中間に楔を打ち込み、両国を離間させようと様々な手を使いましたが(冷遇を受けたクリントンの訪中は、実はそのクライマックスのはずでした)、それが思わぬ方向を向いてしまったのです。


中国では、アメリカが金融危機のなかでも一息入れ、最大の外貨保有国である中国の協力の必要性が後退しているこの時期こそが、中国の対北朝鮮政策の変更を含む東アジア秩序再編の好機だと判断しているようだとの主張が出始めており、アメリカへの警戒心が極度に高まっています。


たとえば米韓は「天安艦」事件を「北の仕業」と結論付けるやいなや、西海での米韓合同対潜水艦訓練を実施するとぶち上げましたが、中国がこれを強く非難したことも、そうした中国の警戒心を示したものだといえるでしょう。6月9日付け環球時報は「中国の門前での軍事行動を自制せよ」と題した社説で「アメリカの軍事力の象徴である航空母艦が西海での軍事訓練に参加することは、中国を威嚇する行為であり、多くの中国人の怒りを買うであろう」と指摘しています。


新聞は96%のネチズンがアメリカの西海への航空母艦配備が、中国に大きな脅威になると考えているとのインターネット世論調査の結果を引用しながら、「いったい誰が、自宅の真前で凶器をもって虎視眈々と侵入を図っていることに神経を使わないでいられるか」と詰問しています。それはまさに北朝鮮が60余年もの間言い続けてきた言葉です。偶然だとは思えません。同時にそれは「天安艦」事件を理由に強化の動きを見せている、アメリカ主導の東アジア同盟体制(対中包囲網)に対する警告だと受取れないこともありません。


中国は安保理での協力を要請するために中国を訪れたチョン・ヨンウ次官との会談でも、事実上、協力を断ったようです。秦剛中国外交部スポークスマンが10日の定例ブリーフィングで次のように伝えています。
「中国はチョン次官に対して天安艦事態に対する中国の原則的立場を伝えた」としながら、「中国は関係当事国が朝鮮半島の平和と安全を守るという対極的見地から出発し、冷静と節制を維持しながら安保理の介入問題を慎重にかつ適切に処理することを希望する」


チョン次官は韓国に帰国した後「われわれが期待していること、目標としていることについて十分に理解できるように説明したし、彼らも分かったようだ」と話していましたが、これもまた一つのパフォーマンスに過ぎなかったようです。


1964年のトンキン湾事件は、アメリカの北爆開始―ベトナム戦争拡大を正当化するための謀略でした。2003年にイラク侵略を正当化するために必要な「証拠」をでっち上げたのと同じでした。当時アメリカが世界に「証拠」として出した魚雷は実際に当時北ベトナム軍が使っていたものだと言います。問題は北ベトナムの潜水艦を含む大量の兵器をCIAが既に保有していたという点です。


しかしこのことはそれから31年もたった1995年に当時の国防長官マクナマラが始めて告白したことによって明らかになったのです。アメリカは31年間も世界を騙していたわけです。そして当時韓国や日本がアメリカのベトナム侵略戦争を積極的に支援したことは言うまでもありません。日本の60年代のいわゆる高度成長はこのときのベトナム特需に支えられていたのです。


アメリカはイラク戦争でも同じことをしました。「天安艦」事件では韓国の李明博政権がアメリカに代わってこうした謀略を行いました。もちろんアメリカは諸手を挙げてこれを支援しています。


しかし李明博政権の行き過ぎた動きは返ってアメリカを難しい立場に追いやっているようです。米韓は6月7から11日まで対北武力示威として韓米連合演習を課計画していましたが、アメリカの要請で延期になったと言います。ロバート・ゲイツ国防長官がシンガポールでのキム・テヨン韓国国防長官との会談で「国連で何を出来るかをまず見届けた上で、次の段階を考える方が望ましい」と延期の理由について語っています。


さらに米国防部スポークスマンは核推進空母であるジョージワシントン号を「朝鮮半島海域に派遣する計画は無い」と説明したとも言います。アメリカの態度が急速にトーンダウンしているのが分かります。


安保理での対応についても「韓国は朝鮮半島での緊張の高潮を憂慮し、全面的な対北決議を推進しないようだ」と言っています。それは実は韓国のことではなくアメリカの態度だと考えた方が良いでしょう。


アメリカのこうした変化は中国、ロシアの態度からして、北朝鮮に対する国際的な制裁が思うよりも簡単ではないという現実、「天安艦」事件に6者会談が拘束されてはならないというアメリカの外交政策の必要性、「安保理上程のときには超強硬な対応を取る」との北朝鮮の強硬な姿勢と、韓国民衆のなかで急速な拡大を見せている李明博政権糾弾の動きなどが、複合的に作用した結果もたらされていると見てもよさそうです。


また最近AP通信が「天安艦事件当時、韓米タイ潜水艦訓練が行われていた」という発言を報道したことも無関係ではないでしょう。
5日付けAPによると天安艦沈没当時、米駆逐艦2席とほか軍艦で韓国海軍の潜水艦をターゲットにした機動演習を行っていたと言います。駐韓米軍スポークスマンのジェイン・クライトンはこの訓練が3月25日午後10時に始まり、翌日の午後9時に終了したが、それは天安艦内(aboard)での爆発のためだったと伝えています。もちろんこれまでこの事実は隠されてきたのであり、AP通信によって始めて確認されたわけです。

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匿名を要求したほかの米国防省当局者は天安艦事件は「意図された攻撃と言うよりも(北朝鮮軍部内)の強硬派司令官の行動であるか、事故あるいは訓練場の失敗が原因で起きた事故でもありえる」といったと言います。
いずれにしても事故当時に近海で米韓合同対潜水艦演習が行われており、その演習に「天安艦」も参加していたことが確認されたわけです。ですから米軍が「天安艦」事件の始終を把握してい無いわけがないのです。にもかかわらず、演習そのものを含めて一切をひたすら隠し続けてきたアメリカにとって、AP電は小さくない負担となっているはずです。


もっともアメリカは事件発生当初から直接の当事者になるのを嫌っていたようでもあります。特に北朝鮮に対する対応と関連しては、終始「韓国の政策を支持する」「韓国の努力を支持する」、「韓国がそれをするならば積極的に支持する」といった間接話法を使っています。つまりいつでもスタンスを変えられるよう、責任の全てを韓国に押し付けるやり方です。


ところで李明博大統領はといえば9日、青瓦台での外交安保諮問断との懇談会で「言葉よりも北韓が恐れるような実質的な措置を取らねばならない」、「やはり行動がともなわなければ相手も恐れない」などと、相変わらず強硬策を取る構えを見せています。6.2地方選挙での惨敗に目もくれず、しゃにむに猪突猛進する李明博政権の危うささえ感じさせるものですが、アメリカとしてはいつでも危険から逃れるスタンスを取っているのです。謀略を心もとない手下にやらせては安心できず、自分はいつでも逃げられるようにしているというわけです。


もちろんアメリカに北朝鮮に戦争を仕掛ける気がまったくないと言うことでもないでしょう。既にオバマ政権はネオコンの残党らによって羽交い絞めにされており、イスラエルのガザへの国際救助船団に対する無差別攻撃に対するアメリカの態度などにも、ネオコン勢力が主張してきた「2つの戦線論」(中東と朝鮮半島で同時に戦端を開く)が、再び稼動し始めていると思わせる動きも見られます。


アメリカが戸惑っているのは「天安艦」事件を、戦争を「正当化」する口実にするには心もとないと判断しているからではないでしょうか。いっきに安保理に上程し、国際的制裁を決議し、それを口実にした軍事的措置というストーリーをたてようが無いという現実認識があるようです。もちろん北朝鮮の強力な軍事力がアメリカに相当な犠牲を強いることになるという配慮もあるでしょう。


もはや道は一つしかありません。李明博政権の無謀な謀略を暴くことは韓国の民衆に任せ、アメリカはあくまでも知らなかったというずるがしこい対応で一貫することで、事件を迷宮入りにさせることです。少なくともメインフラワー号爆発事件やトンキン湾事件のように、事件を記憶している人々がほとんどいなくなるまでは、現状のまま知らぬぞんぜぬの態度を取り続ける以外に無いでしょう。もしかしたら李明博政権のレームダック化を考慮し、次期韓国大統領候補者を物色し始めたかもしれません。(了)


実は数回の連載を通してより深く分析しようと思っていたのですが、風雲急を告げるで、朝鮮半島の軍事的緊張が急速に高まっていることから様々な問題が起きています。そこで緊急な問題を先に取り扱うことにし、一応連載は今回で無理矢理終了することにしました。そのため内容が雑多になり、読みにくい面や理解しがたい面もあったかと思いますが、お許しください。