微量の甘美と多量の苦渋で満ち溢れた地方国立大学生の留年生活を、ネオ・デカダンっぽくして綴った、駄作集。
ボーナス祓いと今年の総括。
今日、はじめて「ボーナス払い」というものでお買い物をした。来年の8月、引き落とされるそうだ。
変な形ではあるが、自分はそろそろ社会に出るのだと思い知らされる。気分は甚だ憂鬱である。由々しき事態である。一番の不安は、ボーナスがしっかりと支給されるのか?よりも、ボーナスを貰える時期まで働いているのか?ということである。
とは言え、今日で自分へのプレゼントは買い終えた。あとは引き籠るだけである。出来る事なら、収入を得るための活動さえも怠りたいくらいだ。カタツムリのように殻に閉じこもり、蝉の抜け殻のように部屋の隅に座り、妄想に耽りたい。出来る限り、外と関わりたくない。
2008年ももうすぐ終わる。この一年も、何の変哲のない年であったと思う。留年して、独り身になって、思考や視点なども変わるかと思っていたけれど、大した変化はないようだ。相変わらず、興味関心を示す素振りも見せず、飄々と何事も受け入れる無責任な寛大さが目立った。
今年も卒なく時間を無駄にした、自分らしい一年であった!!!
と、しておこう。目標は立てることに意義がある。その上で後悔が出来るということは、健全で幸せなことである。
明日が知らせる、今日の退屈。
きっともう少ししたら、野暮ったくタバコを吸い、寝心地の悪い布団に包るのだろう。
明日は一体どんな一日になるのだろうか。そうやって明日に何かを見出そうとすると、今日という日は酷く退屈であったと、とても物悲しくなる。
気がつけば、退屈が連なって時間が形成されるようになった。そこに喜びや驚きはない。後悔や失望といった物さえ、あったらあったで健康的なのかもしれない。
こんな退屈から抜け出す為に、明日は楽しいことをしよう。そうやって明日を想い描こうとすると、今日という日は酷く惨めだったと、とても滑稽に思えてくる。
ぽっかり空いた穴も、すでにカルデラくらいに深まっている。この深まりの果てに何か希望めいた物が埋まっているのであ れば、せめてもの救いである。
快楽の旗を猛々しく振りかざせ。
今日は、新しいバイト先に行ってきた。新しいと言っても、僕の家の近所にある、行きつけの定食屋。いまさら、緊張することも、ないっちゃあない。
とは言え、今やっているクソ印とは別の畑。やることなすこと、全てが新しい事柄だ。さらに、以前働いていたお寿司屋さんと勝手が違うわけで、いくら飲食業経験という肩書を持っていても、通用するか不安。
前は日本食で今度は中国料理。マスターであるおかあさんも、中国の人だ。一気に異文化、新世界である。あーあ、何か、少し嫌になってきた。来週いよいよ初出勤だ。
それにしても、おかあさん。いまだに僕の名前覚えてくれないのね…。「長くて言うの面倒くさい」とか、いくら冗談でも言って欲しくなかったなぁ(笑)まぁ、この際ずっと「あんた」でいいですけどね。
で、今日感じたことなんだが、僕は多分、販売系のお仕事が好きなんだと思う。あ、それで一生食っていく位好きなのかと言ったら、そうではない気がする。あくまで、アルバイトでやるなら、という次元だ。
今回の急なシフト削減は、業界や業種を選ぶ余裕さえ与えてくれなかったわけだが、もしもっと早く動けたとしたら、僕はきっと何かしらの販売に関するバイトをしていただろうと思うし。クソとは言ったが、なんだかんだでその辺の自分の趣向を教えてくれたのだから、悪くはなかったのかもね。
今までよくも、ありがとう。
あーっ!!!つまらんっ!!!
生きるってこんなにつまんなかったんか?
