第36話 まだ、引き返せるのか

 

少しずつだった。

それでも、机の中の書類は確実に増えていた。

 

戸籍謄本。

住民票。

所得証明。

源泉徴収票。

査定書。

そして、残っていた通帳。

 

今日は、その最後の仕上げの日だった。

有給休暇を取り、朝から銀行を回る。

 

最初は青葉銀行。

窓口で事情を説明すると、担当者は通帳を手に取り、小さく頷いた。

「磁気が弱くなっているようです。少々お待ちください。」

 

待つ時間にも、以前ほど緊張しなくなっている自分に気づく。

5分ほどして、記帳された通帳が戻ってきた。

 

その流れで、もう一冊の通帳もお願いする。

「こちらは問題なく記帳できました。」

丁寧に渡された通帳を受け取り、和也はそのまま銀行を後にした。

 

車に戻り、運転席でゆっくりページを開く。

そこで手が止まった。

 

「ソウサイ」

 

その文字が静かに印字されている。

受任通知が出された時点で口座に残っていた数百円。

それだけが引き落とされていた。

 

代位弁済。

覚悟していた処理だった。

けれど、その下に目を移した瞬間、和也は小さく息をのんだ。

 

児童手当、4万円。

そのまま残っている。

 

受任通知より後に振り込まれたお金には、一切手が付けられていなかった。

生活していくためのお金。

家族のためのお金。

そこまでは守られていた。

 

和也は通帳を閉じる。

なぜだろう。

助かったという安心よりも、申し訳なさの方が大きかった。

 

借金をしたのは自分だ。

それでも、生活まで奪われることはなかった。

その配慮が、胸に刺さった。

 

午後から向かったのは、みのり銀行だった。

ここでは3枚のカードで、合わせて200万円近く借り入れている。

十数年前に口座を作った支店。

久しぶりに訪れた窓口だった。

 

以前お願いしていた入出金明細を発行してもらう。

手数料は550円。

担当者は終始丁寧だった。

何も聞かない。

何も詮索しない。

ただ、必要な手続きを進めてくれる。

そのことが、ありがたかった。

 

残る通帳は、若葉銀行だけ。

郵送される明細を受け取れば、2年分の資料はすべてそろう。

ようやくここまで来た。

 

そう思った矢先、胸の奥がざわつく。

次はいよいよ家計収支表。

そして、裁判所への申立て。

そこまで進めば、本当に後戻りはできなくなる。

 

帰り道、信号待ちで車を止めた。

赤信号をぼんやり見つめながら、ふと思う。

――今なら、まだやめられるのではないか。

そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。

 

もちろん、それが現実的ではないことくらい、自分でも分かっている。

ここまで集めた書類。

ここまで支えてくれた人たち。

ここまで積み重ねた時間。

そのすべてを無駄にはできない。

青に変わった信号を見て、和也はゆっくりアクセルを踏んだ。

前へ進むしかない。

そう自分に言い聞かせながら。

 

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個人再生に直面した40代男性の葛藤を小説風に振り返りました。 

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