そうそうきょうは前回の続編ですね^^
ってことで 豊かでhappyな人間関係をつくるのに期待するってことがダメなんです。
ってとこまで書いたのかな。
前々回?も書きましたがもういちど
“人に対して気を遣う” ってことがhappyな人間関係づくりを目指す中でどう弊害をおよぼすのかおさらいします。
人が人を警戒する最たる要因は、
その人のキャラクターが見えないってことです。
その人の人柄、価値観などのその人独自のキャラクターがみえないと心をひらけないんです。
つねに気を遣う人っていうのは
知らず知らずそうやってキャラクターを隠すってことにつながってるんですよね。
例をあげるとこんな人です。
聞き役ばかりしてくれる人で、じぶんのことをあまり話さない人。
自己主張せず、ひとの主張、考えを優しくイイネって肯定ばかりする人。
笑顔で何でも受け入れてくれる人。
じぶんの考えよりも相手の考えを優先して物事を決める人。
言いたいことあるはずなのに、ないですよーなんて感じで黙っている人。
これらの人っていっけん素晴らしい人に思えますよね。
でも、ひとは彼らに対してこう思っています。
『この人いまいちどういう人かわからないよね、私のこと本音ではどう思ってるんだろう。きもちわるいな。』
『心ひらいてくれてないな信頼してくれてないんだろうな。』
『距離をあけたつきあい方する人だな 本音を話すのはやめておいた方がいいな』
まあすこし大げさな表現もありますが、潜在的にはこんな感覚でしょう。
つまり、相手がどういう価値観をもっていてどういう人間なのかが見えないので本音を話せない。
本音を話せない人とは仲良くしてもらえるはずないですよね。
仲良くしたいと思ってもらえるはずないですよね。
自分を表現するときに
『良い人』 『やさしい人』 『マジメな人』
こう表現されちゃうかもしれないなーと感じる人はマズいかもしれません。
おそらくいちばん人間関係がうまくいかない人たちです。
もし人にキャラクターを示せていたなら、もっと
そのひとのパーソナリティーの部分を表現されるだろうなとイメージできるからね。
それよりも
ちょっとくらいやんちゃくさかったり、
失礼なことを笑顔で平気で言っちゃう人だったり、
へんてこりんなリアクションをとる人だったり、
エロかったり、
どんくさかったり、
ダサかったり、
アホだったり、
図々しかったり、
じぶんの話をガンガンしたり、
そういういっけんマイナス要素をたくさん持ってる人の方が人間関係つくるのは早いんですね。
で、あんがいそういう人の方が愛される。
ちなみにこれはあくまで仲良くなりたい人、
心ひらきたい人との関係の中で先ずできればいい話ですからね^^
で、その次にやること
2番目にもっておかなきゃいけないマインドこそが
期待しないってこと。
期待というのは
こういうリアクションしてほしい。
こう感じてほしい。
こういう見返りがほしい。
こう言ってほしい。
でもね人間の心です。
こちらの思い通りになんかなるはずないし、
また、こうしてもらおう、こうさせようなんて
相手の心を操作したいという考え方は傲慢でしかないですよね。
人の心はじぶんが喜ばせたことの延長でしか返ってこないものですから。
なにか心をひらくアクションをしたときには
一方通行でいいんだってていう心構え(見返りを求めない)がなにより重要。
ただ一方通行に自分を信じて、相手を信頼してみよう。
その結果がねどうあってもいいのさ♪って感覚。
そりゃそうですよね。
こちらが仲良くしたいとおもっても
そのキャラクターをみて『私とは合わないわ』って思われたらそれはしょうがないことですもんね。
ゴッホのひまわりをみて
素晴らしいと感じる人と
私は苦手な絵だわって感じる人がいるように
個性を示せばしめすほど
合う、合わないの評価ははっきり出てきますものね。
で、こう考えておかないと相手がおもったリアクションしてくれないことで
傷ついてみたり
悲しんでみたり
なにより上記のような感情をもってしまうことで以後チャレンジできなくなるのがいちばんマズい。
せっかくじぶんをさらけだすという努力をはじめたのに、
その傷つくかもしれないという怖さが邪魔をして
じぶんをさらけだしていくというチャレンジをやめてしまうことになりかねないですからね。
人間の成長をさまたげる原因の最たるものは
“傷つくことへの恐れ”
なんですから。
豊かでhappyな人間関係づくりさえできれば
人生がどれだけ豊かになれるか。
ぜひ
気を遣わない。
自分のキャラクターを
自分そのものをさらけだしていくってことをしてストレスがおさらばしましょう^^
Be happy~☆
感謝。