茨城県の取手市にある、「旧取手宿本陣染野家住宅」を社会科見学のため取手駅で下車する。取手駅は、JR東日本・常磐線の駅で明治29年に開業、接続路線は関東鉄道常総線(取手~下館)に繋がっている。常磐線も取手駅以北は電化方式がことなり直流電車はこれ以北走行できない。そのためJRの支社が「首都圏本部」、以北は「水戸支社」となっている。
取手駅は、西口と東口があり、西口は再開発中のようで、東口は昔からの街並みを呈している。

♦取手市の基礎知識♦
茨城県の最南端に位置し、県庁所在地の水戸市には約70Km、東京まで40Kmでどうしても東京へのベットタウン化はいなめない。取手市の産業別就業人口も第三次産業が75.8%(県平均66.0%)となっている。(令和2年国勢調査より)取手市には、製造業、商業、農業など、様々な産業が発展しています。特に、キヤノン、キリンビール、日清食品など、大手企業の工場が立地しており、工業都市としての側面も持ち合わせています。面積は、69.94㎢(茨城県33/44番目)。人口は、103,383人(茨城県7/44番目)、人口密度1478.人/㎢3/44番目)2025年統計より となっている。関東平野に位置し、利根川と小貝川が流れており、水資源に恵まれた自然豊かな街で、かつては千住から5番目の宿場町として取手宿が置かれ、利根川水運の拠点、物資の集積地として賑わいました。取手の地名の由来は、戦国時代に大鹿太郎左衛門の砦があった事から名付けられたと言われてます。
駅から旧本陣に向かう途中、高台の下のカーブのかかった道路に沿って店舗が隙間なく並び昭和レトロ感あふれる一画があり、一画が切れたところに長禅寺入口の表示があり、観光案内に掲載されていたので立ち寄りました。

♦長禅寺♦
高台にあるお寺で山門まで階段を上らないと行けません、高齢者にとって息切れをおこす階段である。反対側に車が入れる坂道がありました。長禅寺は、臨済宗のお寺で、山号を「大鹿山」と言い本尊は地蔵菩薩。931年に平将門の勅願所として創建されたと伝わっています。
山門は、19世紀初頭の建立。重層四脚門で上層に梵鐘を吊るしてます。
境内にある「三世堂」(観音堂)は、現存する5つの栄螺堂建築*1の一つでお堂の中の階段が上りと下りがすれ違わない構造で、前に大正大学で見学したことがありました。「三世」とは、過去・現在・未来の三千仏を祀ることに由来しているようです。「三世堂」は、茨城県の指定文化財に指定されています。
*1-栄螺は、サザエ(巻き貝)の意味で巻き貝が大きく成長し繁栄している様子を表しています。


♦取手宿♦
旧本陣は、利根川沿いの国道6号線沿いにあるが、6号線は旧水戸街道(千住~水戸)である。取手宿が宿場町に指定されたのは1681年~1688年頃で、取手は宿場町であるとともに利根川水運の拠点地・物資集積地でもあったため、取手宿は水戸街道の他の宿場町より多少遅れて設置されたが、200軒程度の家並みが並ぶ大規模な集落を形成していた。

♦旧取手宿本陣染野家住宅♦(県指定文化財・市指定文化財)
1687年、染野家は水戸徳川家から本陣に指定され、歴代の水戸藩主をはじめ多くの大名や武士たちが宿泊や休憩に利用しました。本陣には、寛政7年(1795)建築の主屋(しゅおく)*2の他、江戸時代の建物として土蔵と表門が残っています。また、高台には水戸藩第9代藩主徳川斉昭(なりあき)の歌碑があり、水戸徳川家と本陣の深いつながりを現在にまで伝えています。
*2-主屋は寛政6年(1794)の取手の大火で焼失、現存する建物は翌年に建築された。本陣は、その土地の名主など有力者の家があてられることが多く。武士が本陣として使用した部屋と、そこに居住する人が日常生活を営んでいた部屋に分かれていました。
式台玄関の上の屋根は、堂々とした入母屋破風(いりもやはふ)となっており、本陣としての格式と風格を保っています。式台から入って西側には8畳間が3部屋(上段の間・二の間・三の間)がつながっています。水戸藩主など一番重要な人物が使用したのが上段の間です。



※青が武家部分、赤が民家部分



旧本陣の公開日は、金・土・日曜日で、訪れた日は団体の見学があり取手市埋蔵センターの職員の方の説明やビデオ視聴があり幸運でした。
受付の方に、近くで名所があるか聞いたところ、八坂神社あるとのことでお参りに。
♦八坂神社♦(取手市指定文化財)
八坂神社は、1626年創建され取手宿の産土神です、現在の本殿は明治36年(1903)に再建されたもので、本殿の彫刻は精巧で高い建築技術を示しています。例祭は、関東三大神輿と呼ばれています。
八坂神社から利根川の土手が見えて近いようなので行くことに。


♦小堀の渡し♦
利根川の河川敷は広く運動公園として利用しています。土手を歩いていると「小堀の渡し」というのがありました。「矢切の渡し」と同じような渡し船ですが「矢切の渡し」は、東京都葛飾区と千葉県松戸市を結ぶ渡し船ですが、「小堀の渡し」は取手市と千葉県我孫子市にある取手市の飛び地である小堀地区を結んでいる。取手市の小堀地区には現在も130世帯270人ほど住んでいるようです。飛び地が出来た理由は、利根川の河川改修により飛び地が生じたようです。
最後に古い商家があるとの事で立ち寄りました。


♦新六本店と田中酒店♦
取手市の水戸街道沿いに残る、古い商家はこの2軒だけなのだろうか。もう少し残って欲しい・・・帰りに新六本店で奈良漬を買い求めましたが、上品な味でした。


これにて取手市の社会科見学を終了。
雑記
取手市を千葉県と間違える方もいるようですが、確かに近いと思う茨城県であった。取手市は、桜や花火が観光案内に紹介されてますが、芸術にも力を入れています。街角にオブジェや壁画、駅の連絡通路では写真ギャラリーなどがありました、芸術に力を入れているのは東京藝術大学取手キャンパスがあるからなのだろうか、道路も「芸大通り」の名がありました。文化の香りを感じる街はいいですね。

【参考資料】
・ウイキペデア
・茨城県
・取手市
・取手市教育委員会
・取手市埋蔵文化財センター
・朝日新聞
・新六本店
《その他のPhot》
〇長禅寺
〇旧取手宿本陣染野家住宅
〇小堀の渡し・新六本店
























