ふるさと文化館に隣接する所に練馬区立池淵史跡公園がある。池端遺跡は、南側の石神井川と北側の三宝寺池の谷にはさまれた、東西に延びた台地上にあります。池の淵にあることからこの名がつきました。現在、遺跡地のほとんどが、石神井公園・区立石神井プールとなっています。昭和47~48年(1972~1973)に発掘調査がが行われ、旧石器時代・縄文時代・中世の遺跡が発見されています。中でも縄文時代中期の竪穴式住居跡は、16軒も確認されています。発掘完了後は、埋め戻し「区立池淵史跡公園」として、地表に位置が表示されてます。遺跡公園内には、他にも庚申塔・道標・馬頭観音などの石碑、さらに、「区立指定文化財・旧内田家住宅」が移設展示されている。※この遺跡公園での出土品は、ふるさと文化館で見られます。



 

◎旧内田家住宅◎
石神井公園の訪れる一つが、「旧内田家住宅」である。もとは練馬区中村にありましたが、平成19年(2007)に解体し、平成22年に現在地に移築復元しました。明治、大正、昭和、平成と住まわれた内田家住宅です。部分的な改造はありますが、建築当初の主要な部材や構造、形式をとどめています。練馬区内には古民家が少ない中,伝統的な茅葺屋根の建築です。小屋裏でみつかった明治22年(1889)の年記のある文書や伝聞、建築当初からの洋釘の使用などから明治20年代初頭の建築と推定されます。建築の構造、形式、部材の仕上げ、痕跡などから一部に江戸時代に建てられた民家の古材を使用していたと考えられてます。











【参考資料】
・ウイキペデア
・練馬区
・石神井公園ふるさと文化館
・旧内田家住宅

 

今回は、東京23区にある都立公園92ヶ所の一つ石神井公園を訪れました。石神井公園は、東京都練馬区石神井に位置していますが、ここであまり知らなかった練馬区と石神井の基礎知識を。

♦練馬区♦

練馬区は、東京都の北西部に位置する区で、特別区施行後に板橋区から分区した練馬区である。区内全域が武蔵野台地上にあり高低差は小さく、今なお23区の中ではのどかな風景を残している。地名の由来は、練馬城から、関東ローム層の赤土をねったところを「ねり場」といった、など諸説は多くあるようです。
 

♦石神井♦
石神井は、練馬区の南西部に位置しています。石神井の地名は古く鎌倉時代弘安5年(1282年)の書付が存在します。地名の由来は、「石神」(しゃくじ、いしがみ)に由来すると伝えられている。昔、井戸を掘った折、石棒が出て。石棒には奇端(きずい=めでたいことの前兆)があり、それを霊石、石神様として祭った。これが通称「石神神社」、今の石神井神社の始まりで、いつか、村の名も石神井となったと言われている。

西武鉄道池袋線・石神井公園駅に到着し15分程歩くとスワンのボートが見えてきた、とりあえす「石神井公園ふるさと文化館」に向かう。前回の洗足池に比べると大きい、北側の外周には高級住宅が並んでいる、外周路をジョギングや散歩をしている人が多くいる。環境はいい。


 

 

 

都立石神井公園は、三宝寺池と石神井池からなる都立公園である。(開園は、1959年・S34年)沼沢植物群落(国の天然記念物)や水辺の植物・昆虫・野鳥等が観察できる。



 

「石神井公園ふるさと文化館」は、モダンな建物である。名前の「ふるさと」は、故郷の意味かと思っていたが、
        ふ・・・(ふれあい)
                る・・・(ルーツをさぐる)
                さ・・・(さわれる)
                と・・・(とりかえられる)
をテーマにしているようです。練馬区の歴史や伝統文化、自然、観光情報を発信している。展示は、昭和の街並み再現、水車、農機具、練馬大根の関連展示が見られる。

〇練馬といえば大根、江戸を支えた大根〇
えど・東京近郊農村では、土地条件に適応したさまざまな野菜が作られ、生産地の地名をつけた特産物が誕生しました。練馬区域でも「練馬大根」や「中の宮牛蒡」が誕生しました。中の宮牛蒡は、早生牛蒡として市場で歓迎されました。沢庵漬けは、明治10年第一回内国勧業博覧会で褒章されました。



【参考資料】
・ウイキペデア
・練馬区
・石神井公園ふるさと文化館

 

洗足池の散策を終え、 東急池上線洗足池駅から大井町線・目黒線と乗り換えせ「洗足駅」に到着する。

目的の「宮野古民家自然園」は、駅から5分ほどの住宅街にありました。宮野古民家は、平成7年に財団法人の認可を受け同年に開園しました。およそ230年前の建築です。移築保存している古民家が多い中、宮野古民家は230年移築しないで現存する貴重な古民家といえます。公開前まで住まわれており、所々、改築している点はありますが、都心にこうした古民家がいまだに残っているのは珍しい。
この地域は、宮野姓が多くあり、公開古民家も分家にあたるが、当主が商才に長けているようで、このような豪農といわれる庭や建物が現存しているのでしょう。主屋は、入母屋造りで間取りは、日本住宅の原点とも言われている「田の字型」で、板の間を畳敷きにしたり、広い土間を板敷に変更している。外観の屋根の茅葺を銅板葺きに変更している。銅板葺きは家一軒建つほどの高額との事。内部の躯体は昔のままで、大黒柱のような柱材も数本使用するなど所々に豪農と思われる建屋となっています。屋敷林は、コンパクトながら離れ・茶室・祠があるなど武蔵野の原風景を残しています。併設する民具展示室には、この地域で日常的に使われていた農具や生活用品が展示されています。















【参考資料】
・目黒区
・宮野古民家自然園
・めぐろ観光まちづくり協会

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