みなさんこんにちは。
だいぶ気温も上がり、暑くなる日も多くなってきましたね。
体調管理には十分注意してくださいね。
さて、今回の内容ですが、前回のブログで劣等感について書いた際、所々に「自己肯定感」や「自己受容」というワードを使いました。
今回はこの「自己肯定感」や「自己受容」についてもう少し詳しく書いていきたいと思います。
まず最初に、こちらから質問をいたします。
Q1 あなたは、自分のことを愛していますか?
Q2 あなたは、自分の考えや価値観を受け入れていますか?
Q3 あなたは、自分らしさをもっていますか?
これらの質問に対し、一つでも「ノー」という答えがある方は、是非この先も読み続けてみてください。
自己肯定感のある方や自己受容ができている方は、「イエス」と答えられる方です。
自分はそうではなかったな…と感じているのには、きっと理由がありますよね。
なぜ自分を愛せないのでしょうか?なぜ自分の考えや価値観を受け入れられないのでしょうか?なぜ自分らしさをもっていないのでしょうか?
ご自身のどんな所が原因で、そのように感じているのでしょうか。
もしかしたら、前回のブログに書いた「劣等感」が原因なのかもしれませんよ。
劣等感に苛まれると、自分を愛することってできないんです。
自分に良いところなんてあるのだろうか。
誰からも必要とされていないのではないだろうか。
何もできないダメなヤツなんじゃないかな。
自分の考えは間違っているんじゃないかな。
自分が今感じていることは人とズレているんじゃないのかな。
などなど、いろいろな感じ方があるかと思います。
自己肯定感のある方や、自己受容が出来ている方は、こういった考えに陥ることはないと思います。
ではどうやって、こういった考えに陥らず前向きな考え方ができるようになるのでしょうか。
自己受容とは、あるがままの自分を受け入れることを言います。
自分の存在を受け入れ、自分が今感じているものを受け入れます。
「私はここにいていいんだ」
「私ってこうでいいんだ」
と、自分の存在を受け入れます。
嬉しいことがあれば喜んでいいし、悲しいことや悔しいことがあって泣きたくなったら涙を流してもいいし、楽しいことがあれば思いっきりはしゃいでもいい。
今感じているものを受け入れるのです。抑圧しなくてもいいんです。
自分のことを受け入れられる人は他者のことも受け入れられますが、その一方で自分のことを受け入れられない人は他者のことも受け入れられません。
そのため、他者の言動に対し「自分は我慢しているのになぜアイツはいつも我慢しないんだ!」「自分はこうしているのに何でアイツはこうしないんだ!」等と不満を感じ、物事を悪く考えてしまうクセが付いてしまうのです。
そうなると常に周りが気になって、自分が抑えているのに相手が抑えていないものに対し攻撃的な考えを持つようになり、自分のことも他者のことも受け入れられなくなるのです。
今回のコロナ禍で、「市民警察」という言葉をよく聞くようになりました。
まさにコレですよね。
「ここ一年まともに出かけていない。今は自粛しなければならない状況なのに、なんでアイツは自粛しないんだ。けしからん!成敗だー!!」
みたいな。
自分が置かれている状況を受け入れられない、まるで劣等感の塊のような状態です。
こうならないためにも、自分を愛するというのはとても大切なことだと思っています。
自分を愛することができれば、他者に対しても慈愛の思いが湧いてくることでしょう。
ただ、一つだけ注意が必要です。
自己愛が自分の存在に向けられると自己受容に繋がりますが、自己愛が自分の行為や結果に向けられるとナルシストになってしまいます。
自分のやっていることに対し、注目されるような自分が良い。そんな自分じゃないと受け入れられない!というように、自分がもたらす行為やその結果に対して自分に酔ってしまう、自分に惚れてしまうような状態になってしまうのです。
そうなっちゃうと、今度は周りから受け入れられなくなってしまうかもしれませんね。
自己受容や自己肯定感が高まれば、人に迎合しようとしなくなりますし、人と人を比べることもしなくなるので、劣等感も感じなくなります。
あくまでも私は私。誰に何を言われようが、私はこれでいいの!となるのです。
自分らしさをしっかりと持ちながら、人を尊重できる。
そんな自分になれるよう、自分を愛してあげてくださいね。



















