こんにちは!き~です。

暑い日が続いていますが、元気ですか~?

 

暑いと何もやる気が起きなくて…外へ出たくなくなりますね。

私は暑さにめっぽう弱いので、今は一年の中で一番苦手な季節です。

 

暑い暑い…と思ってしまうとますます暑く感じそうなので、寒い冬の朝を思い出し、夏の暑さに感謝できないかな~なんて思っています。

 

 

 

さて、今回の内容ですが…

 

近年「引き寄せの法則」という言葉をよく耳にします。

 

誰しも、良いことを引き寄せたいと願うのではないでしょうか。

 

それには、どんなできごとに出会っても、「ラッキー!これは、良いことに違いない!」って心の底から認めるっていうのがポイントなんですが、心の底から思えるようになるためには、次の2点を意識してみて下さい。

 

 

まずは、「うれしい」「たのしい」「ありがたい」「よかった~」「ついてる~」などなど、前向きな言葉を使うことです。

次に、前向きな言葉を使いながら、心の目で見ることを繰り返し訓練していけば、心の底から思えるようになってきます。

 

1日1~2回、「自分のありたい姿」や「理想の状態」などを想像して、最後に必ず、心から感謝します。(1回3~5分でOKです)

これをやり続けると、誰もが驚くほどの変化を実感します。

すでにたくさんの人によって実証されています(^_^)

 

 

某ショッピングセンターで勤務していた時、別のテナントさんが朝礼でユニークな発声練習をしていました。朝礼担当社員が「ハッピー!ラッキー!ウイスキー!」と言うと、全員でそれを復唱するというものでした。

さらに、従業員全員が今日の目標を発表するのですが、言わされている感は全くなく、心の底から思っているんだな~と思えるくらい笑顔で元気よくハキハキと発表するのです。

 

お店がオープンすると、各々の目標に向かって楽しそうに笑顔で接客をしており、仕事が終わり退店する際も元気よく「お先に失礼します!本日も一日有難う御座いました!」と全員に挨拶してから退店していました。

その取組は売上に反映されていて、他のテナントと大差をつけて売上トップをキープし続けていたのです!

 

ここの従業員はいつも明るく前向きで、お客様にも前向きな言葉で販売していました。

「お客さん、今日はラッキーですよ!こんな良いものが入ってますよ!」

「一個オマケしとくよ!これで今日一日ハッピーだね!」

「今日も来てくれてよかった~。顔を見れるだけでも嬉しいよ~いつもありがとう!」

と、思わずクスっと笑ってしまうような接客でした。

 

そしてお客様も「いつもありがとう」と言っていっぱい買っていったり、従業員に差し入れをしていく方もいました。

中には「もうこの店でしか買い物しません!」という人もいました。

 

 

ここから学んだことは、「前向きな気持ちと感謝する気持ちは集合無意識的に繋がっていくんだ」ということでした。

 

 

ユング心理学を学ばれた方はご存じだと思いますが、集合的無意識をわかりやすく一言で言うと「全てのものは無意識で繋がっている」ということです。

私たち人類は、誰から教わったわけでもない共通の気持ちがあるという考え方で、笑顔で対面されると自然に笑顔になるし、悪い気もしません。ありがとうと感謝されて怒る人もいませんよね。これって、誰かから教わったわけではないと思うのです。

 

だから、みんなに笑顔で接するとみんなが笑顔になる。みんなにありがとうの気持ちを伝えるとみんなが嬉しい気持ちになる。それをみんながやれば、連鎖になる…。

 

わかりきったことかもしれないけど、忙しい現代人はそれを忘れ、利己的になっているように感じます。

 

このように、接客業は利他的な考えができないと務まらないと私は思っています。

そしてそれは、お客様の「ありがとう」の言葉とともに自分に跳ね返ってきます。

 

 

こんなことを書くと、普段から相手に対して接客業のような振る舞いをしろと言うのか⁉と言われそうですが…

 

そんなことしたら、ヘトヘトになってしまいますね。

 

ただ、世の中には「感情労働」というものがあり、それを楽しくできる人を見て、

「こういう人たちがラッキーなことを起こすんだな~」

「ついてる人には、ついてることばかり起こるんだ~」

「そしてそれは連鎖するんだね~」

と感じたのです。

 

これが、引き寄せの法則なのかもしれない…と。

 

 

どこで聞いたか覚えていないのですが、どこかで

「嫌だと思っている人に対し、5回微笑みかけてみてください」

という言葉を聞きました。

 

どんなに気持ちがしんどくても、5回微笑みかけると、相手は自分に興味を示してくれるのだそうです。

私はそれを仕事で実践しています。

これにより、人見知りの子どもが懐いてくれたり、他の人の言う事は聞かないけれど、私の言う事なら聞いてくれる…ということがありました。

 

最近、ついてないな~。

最近、良いことないな~。

 

と感じている方は、ちょっと試してみてください。

 

笑顔と感謝は、世の中を平和にさせることでしょう。

 

慈愛に満ちた世界で、今日を生きてみませんか。

 

こんにちは。代表のき~です。

新緑の季節となってきましたね。

今年は3年ぶりの制限のないGW!!

旅行へ行かれる方も多いのではないでしょうか。

 

ずっと我慢を続けてきた方にとっては、待ちに待った大型連休となりますね。

まだまだ油断できない状況ですが、感染対策をして楽しみたいものです。

 

 

さて、久々に羽を伸ばし、幸せな気分になれた方もいらっしゃると思いますが、

ここで質問です。

 

皆さんにとっての“幸せ”って何ですか?

 

GWに旅行して、美味しいものをいっぱい食べられる幸せ。

久々に友達と飲みに行って、昔話に花を咲かせられる幸せ。

電車やバスに乗って、目新しい景色を眺め、のんびり過ごせる幸せ。

主婦(主夫)の方は、食事の後片付けをしなくてもいいという幸せもあるとか。

 

これらは一時的な幸福感を得ることができますね。

 

でも、たま~に…じゃなくて、毎日が幸せになりたい!

って思う人が大半なのでは?

 

 

ちょっと私自身の話をします。

 

私は、東日本大震災の被災者遺族です。

私自身が被災したわけではなく、父の実家が被災したのですが…

海から3~4分位にあったその家には、父の兄が住んでいました。

伯父は家ごと津波に流され、行方不明となり、私たちはずっと探し続けていました。

遺体安置所にも行きました。DNA鑑定もしました。

 

まるで爆撃を受けたかのような光景を見て、近所のおばあさんが、

「太平洋戦争で艦砲射撃を受けた時とそっくりだ…」と呟いていました。

 

伯父は未婚で独身だったため、相続関連は唯一の分家である私の家に回されました。

そのため、被災者ではないけれど被災者として認定され、被災された方々とほぼ同じような経験をしてきました。

 

もし宜しければ、当時の様子を書いたブログもお読みください。

あれから10年… | コンサルテーションルームKEYのブログ (ameblo.jp)

 

 

あの時、私は普段の生活の中ですっかり忘れていた“ある想い”に気づきました。

 

それが「日常を何事もなく生きる幸せ」です。

 

スイッチ一つで電気やガスが点く。

蛇口を捻れば水が出る。

買い物へ出掛ければ欲しいものが手に入る。

レストランへ行けば食べたいものが食べられる。

 

普段なら一時的な幸福感しか感じられなかったのが、あの時は全てキラキラ輝くような夢の世界だったのです。

旅行へ行くなんて、夢のまた夢で…。そんな気分にもなれませんでした。

 

 

今回のコロナ禍でも、あの時ほどではないけれど、改めて日常を何事もなく生きられることに幸せを感じています。

 

たとえ20時まででも、「レストランで食事ができるなんて!」と感動できました。

自由に外出できなくても、「ネットで買い物ができるなら大丈夫。あの時は買い物自体ができなかった。家まで運んできてくれるなんてありがたい!」と感謝できました。

 

泊まりじゃなかったけど、旅行もできました。

マンションを買って、引っ越すこともできました。事務所も移転できました。

足を大怪我した時も、十分な医療を受けることができました。

コロナの影響で職場が閉鎖されても、わずか一週間で仕事復帰できました。

 

あの頃は、どれも考えられなかった…。

 

 

当たり前の日々を生きていられることと、仕事を通じて誰かの幸せに貢献できること。

私にとっては、この上ない幸せです。

 

 

今回のGWで、旅行へ出掛けたり、家族とゆっくり過ごしたり、友人と遊びに行く人も多いと思います。

普段だったら、当たり前のGWです。それがようやく戻ってきたのです。

この幸せをまた失わないように、感染対策をバッチリしたうえで、思いっきり楽しんでください。

 

そしてGWが明ける時「明日から仕事か~」「かったるいな~」ではなく、仕事ができる喜びを味わってください。

いっぱい頑張った分、また楽しいことが待っています。

 

 

幸せとは、心の豊かさ、心のあり方、心の持ちようです。

 

成功したのに幸せになれない人もいます。

お金がなくて、仕事がなくて、恋人もいないけど、幸せになれた人もいます。

カウンセリングの現場で、そういう人をいっぱい見てきました。

 

大きな夢を叶えることができなくても、小さな出来事に感謝でき、「おかげさまで…」「ありがたいことで…」と言える人の中に、「私は不幸だ」と言う人は見かけたことがありません。

 

 

日々の生活に感謝し、今日も元気に生きていきましょう!!

 

 

こんにちは!代表のき~です。

 

もう受験シーズンですね!

受験生を抱える親御さんにとっては、ハラハラドキドキな今日この頃を過ごされているのではないでしょうか。

(私の甥も受験生…なぜか叔母までハラハラドキドキです…)

 

受験生に限らず、親には頑張る我が子をサポートしてあげたい気持ちがあると思います。

 

そこで今回は、親の「愛」について書きたいと思います。

 

 

 

私は、大学卒業と同時に実家を離れ、一人暮らしを始めました。

それから数年が経ち、仕事で出会った方からこんな話を紹介されました。

少し長くなりますが、その内容を引用します。

 

―――

 

『蟹工船』という小説を書いた小林多喜二という作家がいます。この人は戦前、思想・社会運動を取り締まる特高警察に検挙されました。

取り調べといっても実際には、竹刀やムチで打たれたり、投げられたりする毎日で、目は腫れ、口は裂け、髪の毛もずぼっと抜けるなどのひどい拷問でした。

 

多喜二はやがて東京・多摩の刑務所に入れられますが、北海道の小樽にいる多喜二のお母さんに、5分間だけ面会が許されることになりました。

字の読めないお母さんは、刑務所からの手紙を読んでくれた人に、

「5分もいらない。1秒でも2秒でもいい。生きているうちに多喜二に会いたい」

と訴えました。

貧乏のどん底だったので、近所の人になんとか往復の汽車賃だけを借りて雪が舞う小樽を発ち、汽車を乗り継いで指定時間の30分前に刑務所に着きました。

看守がその姿を見て、あまりにも寒そうなので火鉢を持ってきました。

するとお母さんは、

「多喜二も火にあたっていないんだから、私もいいです」

と、火鉢をよたよたと抱えて面会室の端に置きました。

今度は別の看守が朝に食い残したうどんを温め直して差し出しました。お母さんは車中、ほとんど食べていません。それでも、

「多喜二だって食べてないからいいです」

と、これも火鉢のそばに置きました。

 

時間ぴったりに看守に連れられて面会室に現れた多喜二は、お母さんを一目見るなりコンクリートの床に頭をつけ、

「お母さん、ごめんなさい!」

と言ったきり、顔が上げられません。両目から滝のような涙を流してひれ伏してしまいました。

わずか5分の面会時間です。言葉に詰まったお母さんを見かねた看守が、

「お母さん、しっかりしてください。あと2分ですよ、何か言ってやってください」

と言いました。ハッと我に返ったお母さんは、多喜二に向かって、この言葉だけを残り2分間繰り返したそうです。

「多喜二よ、おまえの書いたものは一つも間違っておらんぞ。お母ちゃんはね、おまえを信じとるぞよ」

その言葉だけを残し、お母さんは再び小樽に帰りました。

 

やがて出獄した多喜二は、今度は築地警察署の特高に逮捕され、拷問によりその日のうちに絶命しました。太いステッキで全身を殴打され、体に何か所も釘か何かを打ち込まれ、亡くなったのです。

もはや最期の時、特高がまだステッキを振り上げようとすると、多喜二が右手を挙げて、しきりと何かを言っているようです。

「言いたいことがあるなら言え」

と特高が水をコップ一杯与えました。すると、多喜二は肺腑から絞り出すような声で言いました。

「あなた方は寄ってたかって私を地獄へ落とそうとしますが、私は地獄には落ちません。なぜなら、どんな大罪を犯しても、母親に信じてもらった人間は必ず天国に行くという昔からの言い伝えがあるからです。母は私の小説は間違っていないと信じてくれました。母は私の太陽です。母が私を信じてくれたから、必ず私は天国に行きます」

そう言って、彼はにっこり笑ってこの世を去ったのでした。

お母さんは、字はひらがなぐらいしか読めません。したがって、多喜二の小説は一行も読んではいないのです。しかし、自分の産んだ子は間違ったことはしていない。かあさんはおまえを信じている、と言ってくれました。そういうお母さんに対し、多喜二は「母はオレの太陽だ」と言ったのです。

『日本の心』境野勝悟より

 

―――

 

この話を聞いたときは「へーそうなんだ」としか思いませんでしたが、数年後にスクーリングで心理学を学び始めた時、もう一度この話を読み返し、私は恥を知りました。

 

 

心理を勉強する際には自己分析を行うことが多く、その理由は「自分自身を知ること」と「分析方法を覚えるため」です。

そのため私も自己分析を行い、先生に確認してもらったのです。

 

先生から言われた一言は…

 

「き~さんは、愛を知らないんだね。」

 

どういうことか先生に問いただしてみると、

 

「親に愛されていると思ったこと、ある?」

 

と聞かれたのです。

 

私の両親は共働きで、幼い頃から私は鍵っ子でした。近所に同年代の子どもがいなかったことや、当時は放課後児童クラブ等もなかったので、いつも一人で過ごしていました。

さらに学校ではいじめられっ子だったため、子どもの頃の私は一人で殻に閉じこもり、笑顔を見せることもなく、誰にも相談しない、誰にも頼らない、何をやるにも一人で行うようになっていったのです。

 

当時はそれが当たり前で、問題視していませんでした。

でも今思えば、寂しかったのかもしれません。

親に限らず、誰からも愛されていないんだと思っていたからです。

 

ところが、先程の小林多喜二の話を思い出し、話を読み返した時に気付いたのです。

「私は、親に愛されていたんだ。ただ単に、親の愛情表現が下手だっただけなのかも…」

 

そう思った私は、親の気持ちを知りたくなり、両親に「飲みに行こう」と誘ってみました。

その席で、母がポロっと言ったのです。

 

 

「辛かったお前を…黙って見てあげることしかできなくて…」

 

 

気付いてたんだ…

私がいじめられていることも…ずっと一人でいることも…

私が誰にも助けを求めなかったから…黙って見ててくれていたんだね…

 

 

それ以来、親は私のサポーターになってくれました。

 

 

カラーカウンセリングの資格取得を検討した時も、高額の受講料で戸惑う私に、

「あんた社会人何年目よ!そんな金額も出せないの?ダサいわね~!」

と発破をかけてくれたのも母です。(笑)

 

 

そして今となっては…

「あんたの人生なんだから、お好きにどうぞ。」

「なんだか不穏な世の中だけど、自分らしく生きていかないとね。」

 

と応援してくれています。

 

 

これが「愛」なんですね!

 

愛とは、自分のことをありのまま受け入れ、大切にしてくれる愛情のことで、その愛の中で育てられた人は、大人になっても情緒的に安定し、逆に愛してもらえないと感じた人は、憎しみや怒りといった感情がくすぶり続け、大人になっても自尊感情が育たず周囲の人との軋轢が深くなるのだと気づかされました。

 

 

長くなりましたが、親心について、愛について触れてみました。

 

 

母は私の太陽です。

コロナが落ち着いたら、元気なうちに親孝行したいと思います。