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*カラスがまとまりなく群れるように、規律なく無秩序な構成員が集まっている集団。これが烏合の衆と言われている。

 

*今や世界中の人間が烏合の衆となっている。と思われるが、いや自分の会社はそうじゃない。自分の大学はそうじゃない。自分の家族はそうじゃない。と反論されるかも。

 

*ここにもルールがある、罰則がある、と反論するかも。しかし、共通の理念があるか? 共通の哲理があるか? 目指すものをもっているか?

 

*個々の物質欲。個々の見栄。毀誉褒貶に汚された支配欲に翻弄されてはいないか? 脳みそはあるが心がない? カラダはあるが心が無い? 

 

*瞋りがある。貪りがある。愚かである。へつらい曲がった心がある。ゆがんだ慢心に満ちている。かもしれない。

 

*何故か? なぜそんな醜悪な人間に陥ったのか?

 

*デカルトの二元論を振りかざしているのかな? 資本主義という旗印で言い訳しているのかな? 今は世紀末の重症だよ。

 

*これらすべての現況の元凶は人間にあるんです。

 

*稲盛和夫さんは、人間の幸福と繁栄の方程式を語ったことがあります。

幸福と繁栄=考え方×熱意×能力  熱意とか能力にマイナスや0は無いが、考え方にはマイナスや0がある。と。

 また、稲盛さんは、この宇宙には慈悲という気が充満している。とも語っています。

 

*現代社会の不幸は、命。という存在と働きに気づかない点にあるのではないか?

慈悲、智慧、歓喜、生命力に満たされている、命。

 

*遍満三千界無有直身命。全世界・全宇宙に満ちている財宝も、1個の生命の価値には及ばない。と法華経は三千年前に説いている。

 

*この命の尊さを一も二もなく共感して深耕できる人こそ、真の人間であり真の同志であり真の友人と言えるのではないか?

 

*一人の新たなる真の同志をつくる。それからまた一人、また一人と作っていく。これがとりもなおさず、時を創ることになる。烏合の衆ではそれができますか?

 

*戸田先生は、時とは待つものではなく、つくるものだ。と。

 

*日蓮大聖人は、仏になる道はこれよりほかに、また求むることなかれ。と。

 

*命がけで取り組まなければ、最初の一人を作ることはできない。次の一人も作ることはできない。

それを作ろうとする、心と行動こそが、幸福であるというシグナルではないだろうか。

 

*異体同心ならば万事を成じ、同体異心ならば諸事叶うことなし。とも言い。烏合の衆とも言う。

 

*一人の思いにじっくりと耳を傾けて語り合いえば、互いの共通の宝が、命、であることに到達する。

 

*大勢と話すよりもまず一人と。順番に会おうとするよりも、その一人だけと語る。それが人を尊敬する。という姿勢ではないか? 自分が一方的に話して終わるのではなく、問いかけて、質問をし、尋ねて、対話して、そこから人が結論を出すのを待つ。

 

*悔いのない、歓喜の生涯でありたい。

 

   アイマース久美高

 

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