ドクターきよしのブログ -42ページ目

好きな言葉と4月の花

私の好きな言葉

君が君であることが少なければ少ないほど
また、君が君の命を表現することが少なければ少ないほど
それだけ多く君は持ち、それだけ多く君の命は阻害される

カールマルクス

なにも持たない人は、全てを持った人

倫理法人会カレンダー

私の好きな人 良寛さん
墨染めのぼろ僧衣と、托鉢の鉢しか
持たずに,たくさんの人の心を感動
させた一生。

$ドクターきよしのブログ-良寛和尚

4月の花はなんと言ってもサクラとすみれ(日本すみれ)

木の幹から咲いているサクラ
$ドクターきよしのブログ-さくら

日本在来種のスミレ 葉が細長く,色が本当に綺麗なすみれ色
$ドクターきよしのブログ-日本スミレ

和村幸得村長(故人)の英断。防災は先の見えない高度な先行投資

 4月4日付の読売新聞は、「15メートル堤防・水門 村救う」。
という記事を載せた。

 津波で壊滅的な被害を受けた三陸沿岸の中で、岩手県北部にある
普代村(フダイムラ)で、住民に死者はいない。
 高さ15メートルを超える防潮堤と水門が守った。

 計画時に「高すぎる」と批判を浴びながら当時の村長が
「15メートル以上」と譲らなかったために、全戸無事
という極めて例外的な結果を得られた。

 防潮堤は1967年に県が5800万円をかけ、
水門も84年にやはり35億円を投じて完成した。


村は1896年の明治三陸津波と1933年の
昭和三陸津波で計439人の犠牲者を出した。
 

当時の和村幸得村長(故人)が「15メートル以上」
を主張した。

「明治に15メートルの波が来た」という言い伝えが、
村長の頭から離れなかったのだという。



$ドクターきよしのブログ-村を守った水門


先の見えない津波の恐怖に膨大な投資をすることは、
本当の英断だった。和村幸得村長は天国でほっと
していることだろう。

悲しい話 

TBS「時事放談」では、両親と妹をなくして、
独りぼっちになった5歳の女の子の「手紙」が紹介された。
家族の死がまだよく理解できない、いたいけな幼児は
「“天国”のままへ」手紙を書いた。

「ままへ、生きてるといいね。おげんきですか」

こんな悲しくつらい話を2度と見聞きしたくない。
防災への高度な投資こそ、日本人の知恵なのです。

$ドクターきよしのブログ-ママへの手紙

津波を予防できたら,福島原発の事故もこんな悲しい話も無かったはず。
写真の堤防右奥が被災を受けなかった村

$ドクターきよしのブログ-村を守った防潮堤

津波は本当に天罰だったのか?

東京都知事が(いまの日本人の主体性は我執だ、だから
今回の震災は天罰が下ったのだ)述べました。
人の生傷に塩を塗る様な発言だと思いました。


ドクターきよしのブログ-つなみ

津波の廃墟で息子を捜す中年女性は、テレビの
インタビューに探す手がかりになるから名前を
教えてほしいという問いに帰ってくるはず
なので、行方不明者名簿に載せたくないから
名前は言わない。といって泣き伏してしまった。
母親の子を思う心は本当に悲しく強いと思いました。

$ドクターきよしのブログ-被災地-3

他人の苦痛に心を寄せることこそ、いまの日本人に必要なことだと思います。