武道と武術の違いは?
日本には昔から道と名前の付いた武道や習い事が
あります。
武道としては(剣道、柔道、弓道、合気道、空手道、
居合道など)で、
芸道としては(華道、茶道、書道、舞踊道など)です。
これらは武芸における価値観ともいわれ、
1つの物事を通じて生き様や、真理の追究を体現する
事や、自己の精神の修練を行うこととされています。
先日、青い眼の外人が見た日本の剣道について、
おもしろい報告がテレビでありました。
1994年のインターハイ山形県予選でのことです。
ある選手が見事に1本を決めて、3人の審判が1瞬
その選手の勝ちという旗を揚げましたが、勝ったと
思われていた選手が、ガッツポーズをしたのを見た
1人の審判員が待ったをしました。協議の結果その選手の
負けとなってしまいました。
相手への礼節を欠いたためという理由です。
剣道は剣術と違い、人間形成の道も厳しく指導している
からです。もし真剣を使った勝負であれば、
負けた人は死ぬことになり、勝者は死んだ敗者に
ガッツポーズをしたことになるのですから
不遜だと言われても仕方が無いのです。
世界中でこんな競技はあるでしょうか?
大切にしたいスポーツルールです。
大相撲の元横綱、朝青龍はとても強くて好きな力士
でしたが、負けた力士にだめを押したり、ガッツポーズ
をとるのがとても嫌いでした。
案の定、つまらないことで引退してしまいました。
医療には医術と医道があり、我々医療に携わる者
でも、どんなに医術の優れた医者でも
医道から外れた行為は非難されるべき事なのです。
あります。
武道としては(剣道、柔道、弓道、合気道、空手道、
居合道など)で、
芸道としては(華道、茶道、書道、舞踊道など)です。
これらは武芸における価値観ともいわれ、
1つの物事を通じて生き様や、真理の追究を体現する
事や、自己の精神の修練を行うこととされています。
先日、青い眼の外人が見た日本の剣道について、
おもしろい報告がテレビでありました。
1994年のインターハイ山形県予選でのことです。
ある選手が見事に1本を決めて、3人の審判が1瞬
その選手の勝ちという旗を揚げましたが、勝ったと
思われていた選手が、ガッツポーズをしたのを見た
1人の審判員が待ったをしました。協議の結果その選手の
負けとなってしまいました。
相手への礼節を欠いたためという理由です。
剣道は剣術と違い、人間形成の道も厳しく指導している
からです。もし真剣を使った勝負であれば、
負けた人は死ぬことになり、勝者は死んだ敗者に
ガッツポーズをしたことになるのですから
不遜だと言われても仕方が無いのです。
世界中でこんな競技はあるでしょうか?
大切にしたいスポーツルールです。
大相撲の元横綱、朝青龍はとても強くて好きな力士
でしたが、負けた力士にだめを押したり、ガッツポーズ
をとるのがとても嫌いでした。
案の定、つまらないことで引退してしまいました。
医療には医術と医道があり、我々医療に携わる者
でも、どんなに医術の優れた医者でも
医道から外れた行為は非難されるべき事なのです。
「100分で名著」から
ダンマパダ 発句経からの好きな言葉
実にこの世においては、怨みに報いるに恨みを以て
したならばついに恨みの息むことが無い。
恨みを捨ててこそ息む。
これは永遠の真理である。
09/11のアメリカでの大変なテロで罪のない3000名
以上の人が殺害され亡くなりました。
その遺族の多くが、イスラム過激派のテロは許せない、
タリバンをやっつけるべきだと、大統領をはじめ怒りを
あらわにした様子をテレビのニュースで見ました。
自分の家族がそんなめに遭ったらきっと私もそう思うでしょう。
でも家族を失った1人の女性が
「私がそのために誰かを懲らしめたり、殺害したら、
その人の家族がまた私が感じた悲しい思いをするはず
だから、ここではじっと我慢が大切だと思っている」
と述べていました。ダンマパダの言葉を
その通りに思っているすごい人だと心から思いました。
先の大戦の後始末に、戦勝国の人びとは、競って日本に
賠償と責任者の処罰を求めました。
そんな中で、唯一スリランカ「昔はセイロンと呼ばれた
国」の代表が、日本に何の賠償も、責任者の処罰も
追求しなかったのは有名な話です。
スリランカで布教している仏教では、
怨みに対する教えが有り、それを実行したのです。
これは2500年前の釈迦の仏教(上座部仏教)
の教えです。
ダライラマ14世が来日した時に、「日本人はすばらしい
なぜかというと原爆で40万人近くの一般人を焼き殺され
東京空襲では1夜に10万人近くの人が焼夷弾の犠牲に
なっているのに、アメリカを怨んでいない。」
と褒めていましたが、そんな簡単には怨みは
消えるでしょうか?
これはそんなに簡単に消える国民感情ではなく、
その証拠に未だに原爆記念日には、アメリカの
大統領は自分で感じている日本人の怨みが怖くて
来日できないのでしょうか。
イスラエルとパレスチナの戦争も全く同じで、
やられたからやりかえすという悪循環を
しているのです。
実にこの世においては、怨みに報いるに恨みを以て
したならばついに恨みの息むことが無い。
恨みを捨ててこそ息む。
これは永遠の真理である。
09/11のアメリカでの大変なテロで罪のない3000名
以上の人が殺害され亡くなりました。
その遺族の多くが、イスラム過激派のテロは許せない、
タリバンをやっつけるべきだと、大統領をはじめ怒りを
あらわにした様子をテレビのニュースで見ました。
自分の家族がそんなめに遭ったらきっと私もそう思うでしょう。
でも家族を失った1人の女性が
「私がそのために誰かを懲らしめたり、殺害したら、
その人の家族がまた私が感じた悲しい思いをするはず
だから、ここではじっと我慢が大切だと思っている」
と述べていました。ダンマパダの言葉を
その通りに思っているすごい人だと心から思いました。
先の大戦の後始末に、戦勝国の人びとは、競って日本に
賠償と責任者の処罰を求めました。
そんな中で、唯一スリランカ「昔はセイロンと呼ばれた
国」の代表が、日本に何の賠償も、責任者の処罰も
追求しなかったのは有名な話です。
スリランカで布教している仏教では、
怨みに対する教えが有り、それを実行したのです。
これは2500年前の釈迦の仏教(上座部仏教)
の教えです。
ダライラマ14世が来日した時に、「日本人はすばらしい
なぜかというと原爆で40万人近くの一般人を焼き殺され
東京空襲では1夜に10万人近くの人が焼夷弾の犠牲に
なっているのに、アメリカを怨んでいない。」
と褒めていましたが、そんな簡単には怨みは
消えるでしょうか?
これはそんなに簡単に消える国民感情ではなく、
その証拠に未だに原爆記念日には、アメリカの
大統領は自分で感じている日本人の怨みが怖くて
来日できないのでしょうか。
イスラエルとパレスチナの戦争も全く同じで、
やられたからやりかえすという悪循環を
しているのです。
私たち歯科医師を動かしている力はなに?
最近読んだ本でとても興味がある文章は
あらゆるもののなかで、先立つものは
心である。
あらゆるものは、心を主とし、
心によってつくりだされる。
もしも汚れた心で話したり行ったり
するならば、苦しみはその人に
つきまとう。
荷車を引く牛に車輪がついていくように。
(ダンマパダ-1)
NHKの(100分で名著)にブッダ
真理のことば というテレビテキストが有り、
その中での一節です。
ブッダは今から2500年も前の人で、当時の釈迦の
仏教は我々がいま思っている仏教、葬儀に関係した
ものや、念仏を唱えれば救われるといったような
誰かに救いを求める宗教とは違っていました。
自分の力で自分の人生をなんとかしよう
というもっと厳しい教えなのです。
釈迦の仏教は自分がどのように
生きたら良いかを徹底的に指導しています。
私の歯科医師としての仕事も実に同じ思いから
しています。
私たちの仕事を動かしているのは、決して新しい器具、
治療方法、ではなく歯科臨床哲学という「こころ」を私は
患者さんを自分の家族と思って予防と治療
に臨む姿勢
だと思います。
どんな新しい器具や治療方法もこの強い意志がなければ
治療に役立てないのです。
あらゆるもののなかで、先立つものは
心である。
あらゆるものは、心を主とし、
心によってつくりだされる。
もしも汚れた心で話したり行ったり
するならば、苦しみはその人に
つきまとう。
荷車を引く牛に車輪がついていくように。
(ダンマパダ-1)
NHKの(100分で名著)にブッダ
真理のことば というテレビテキストが有り、
その中での一節です。
ブッダは今から2500年も前の人で、当時の釈迦の
仏教は我々がいま思っている仏教、葬儀に関係した
ものや、念仏を唱えれば救われるといったような
誰かに救いを求める宗教とは違っていました。
自分の力で自分の人生をなんとかしよう
というもっと厳しい教えなのです。
釈迦の仏教は自分がどのように
生きたら良いかを徹底的に指導しています。
私の歯科医師としての仕事も実に同じ思いから
しています。
私たちの仕事を動かしているのは、決して新しい器具、
治療方法、ではなく歯科臨床哲学という「こころ」を私は
患者さんを自分の家族と思って予防と治療
に臨む姿勢
だと思います。
どんな新しい器具や治療方法もこの強い意志がなければ
治療に役立てないのです。