ドクターきよしのブログ -27ページ目

楽しかった蜂の子取り

私の祖父は長野県伊名地方の出身で、毎年秋の運動会
が終わる頃、孫達を連れて埼玉県の浦和地区に蜂の子
取りに連れて行ってくれました。
その前の夜に、お祖父さんは直径2センチ位の竹の
筒に化薬と、セルロイドなどを混ぜて発煙筒の様な
物を作っていました。
元気な孫達、男女5~7人くらいでお弁当を持って
出かける秋の楽しい年中行事でした。
今の浦和地区は住宅街ですが、当時は駅から少し
歩けばもう田んぼと畑、雑木林の本当の里山
した。まず田んぼで小さいアマガエルやバッタ
を捕まえて、その足を裂いて、蜂が運べる位の
小さな肉の塊をつくり、目印の真綿を付けます。
ジバチとはクロスズメバチのことで、野原や
雑木林の中では直ぐ見つけることができます。
見つけたジバチにそっと肉の塊を差し出し、
ハチがくわえ飛び上がると全員で運動会が
始まります。これがいちばんの楽しみでした。
林の中や、小川を跳び越えて一直線にハチを
追いかけるのは、まるで雑木林の中の格闘技
で、見えない溝に落ちたり、足をヤブで切ったり
しましたが、地面に小さな穴の目的の巣穴を見つ
けたときの興奮は忘れられません。お祖父さんが
早速昨夜作った発煙筒に火を付けて巣穴に煙り
を送り込むと、蜂たちはパニックになって
よれよれの内に、鎌で巣穴の周りの地面を少し
掘ると直径20センチ位の蜂の巣が3~5段
見つかります。直ぐに袋に入れてその場から
蜂に刺されないうちの逃げます。
家に帰ってからの楽しみは、蜂の子とサナギを
針で一つずつ丁寧に抜いて、油で炒めて
甘辛く煮付けます。この佃煮は最高の
滋養剤としても有名ですが、とても美味しい
のでご飯が進みます。
子どもの頃の楽しい地蜂とりはおじいさんとの
懐かしい思い出です

たばこを愛飲する人たちへ

私がたばこを飲む人が許せないのは、
同席した他人を無視した我が儘です

狭い部屋や食堂で隣から流れてくる
副流煙はたばこを吸わない者にはとても
辛い物です。同室の人の空気を自分の
我が儘と無関心から汚している感覚が
大嫌いです。

とても美味しい料理を出すレストランでも
もうもうのたばこの煙と、うるさいBGMと
汚いトイレには辟易して、もう2度と
その店には行きたくなるのは私だけ
でしょうか。

私の知り合いの喫茶店の女性オーナー
は、本人はたばこは吸いませんが、
なんと肺がんで手術を受けました。
何十年もの間、お客の吸ったたばこの
副流煙を吸ったためでしょうか。

また、いい年をした紳士が我が家の
前の下水掃除口に吸い殻をいつもポイ捨て
していきます。どこでも灰皿と思っている
のでしょう。自分の家でも同じことをして
いるのかなと思います。
私達は、社会で共同生活をしているのです
から、個人の我が儘は許せないことなのです。

もう一つ嫌いな理由は、そもそもたばこを
吸うきっかけが、大人となった自分を認め
て欲しいからという、単純な理由だからです。
おまけには大きな火災の原因となっている
からです。

生き物殺傷の残酷物語

先日(オーシャンズ)というBlu-rayの映画を見ました。
ものすごくキレイな画像で、とくに海の濃い蒼がすばらし
い撮影技術と器材によって表現されていました。
人間と魚との関わりについても、単に食糧としての魚とい
う関わり方ではなく、様々な問題も提起していました。

人は、残念ながら他の生き物の命を頂かないと
生きていてません。


でも大きなザトウクジラや、イルカの群れが殺傷されて
海が真っ赤な血で染まる画面はとても見ていてつらいもの
でした。鯨やイルカを食べない欧米人がこの画面を見て
日本人は残酷な人種と思うのも判らないではありません。
でも肉食が多い欧米人もきっと大きな牛や馬、豚、羊等の
殺傷の場面には目を伏せることと思います。

ですから小さな魚でも、頭から尻尾まで食べきることが
生き物命を頂いている人のせめてもの勤めだと思います


いちばん残酷だと思ったのは、フカヒレを取るため
だけに2㍍もある大きなサメの尾びれと胸びれ、をナイフ
で切り取って、未だ生きている内に海に放り投げるシーン
でした。サメはひれがないので泳ぐことが出来ません。
泳げないとえら呼吸も出来ないので、海底迄沈み、
切り傷から大量の出血をして、出血と酸素不足で
苦しがってもがいて死んで行く様は、人間の手段を
選ばない自然破壊だけではなく、無知と残酷さ
を見た気がします。