クマの散歩道 Vol. 314 クマ、溝口(川崎市)で帯広名物豚丼を食べる。 | クマの散歩道~大好きなふるさと日光市を紹介するブログです~

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皆様こんにちは。
 
ブログアップが続きます。こんなに連日アップすることって、このクマ🐻にはそうそうないんだから~ww
 
 
さて、6月3日この日は、溝口に出没🐻しておりました。この日は前回の記事で書いた北千住から、地下鉄千代田線と小田急線を乗り継ぎ登戸へ。登戸から南武線でここ武蔵溝ノ口(JRの駅名には〝ノ〟が入る)に着きました。
 
 
実は溝口にはかつて勤めていたことがあって、懐かしい街なのです。その当時は小さな駅と、昔ながらの商店街があるだけの田舎の街という感じだったのですが、2年程前に久し振りに来てみた時、その変わりようにびっくりしました。
 
まず武蔵溝ノ口駅はモルタル造りとはいえ、小さな駅舎があって、電留線もある地上駅でした。でも今もホームは地上にあっても、こんな橋上駅になりました。駅にも当時の面影がありません。
 
 
 
これは、南口にあるバスロータリーです。昔はこちら側に武蔵溝ノ口駅の出口はなく、東急田園都市線の溝の口駅(東急の場合は〝の〟が入る)に小さな改札口があって、確か西口と呼んでいた気がします。思うに駅の西側だと思うのですが、今は南口と呼ばれています。駅のこの方向にはこんなバスロータリーなどはなく、上でも書いたようにJR駅構内には電留線があって、その先に小さな県道(ではなかったかな?)が通っており、東急線の高架を潜ると、突き当たり、左に曲がると道がクランクになり、右に曲がると南武線の踏切を渡り、そこも狭い道を抜けて、府中街道に出、近辺に田園都市線の高津駅がありました。
 
バスロータリーはここにはなく、JR線の東(今は北口となっている)に狭い昔ながらのロータリーがあって、そこからバスが発着していました。
 
ロータリーの向こう側はもちろんこんなビルなどなく、もうこの辺りはうろ覚えでしかありませんが、上で書いたように細い道路沿いに民家や空き地があったように思います。左の丘にはこんなにたくさんはありませんでしたが、マンションが2棟程あり、戸建て住宅もぼちぼち建ち始めた頃でした。まあその当時から南武線も通り、田園都市線も通っていたので、発展し始めたばかりだったのでしょう。今でもそうだろうと思いますが、川崎市でも中部から北部にかけてはの農村部も多い、結構田舎(僕のいう場合は日光市もそうであるように卑下していう田舎ではありません)なんですよ。今は駅の周りはかなり発展したようです。
 
 
こちらは北口、僕的には東なのでは?と思うほうの駅前広場です。こちらは真ん中が中庭のように抜けているペディストリアンデッキになっており、今も少しバスが発着しているようです。前に来た時、下に下りたことがありますが、駅前広場というよりは、ペディストリアンデッキの下に道路があるだけのスペースという感じでした。昔はこちら側が小さい昔ながらの物とはいえ、駅前ロータリーでした。バスもこちらから発着していました。
 
 

何しろ北口のこの変わり様はまるで故郷に帰った浦島太郎の気分です。大袈裟な話でなく、前に来た時には余りの変わり様に口をあんぐり開けてしばらく固まりました。昔の(といっても20年、30年前の)武蔵溝ノ口駅前を知る人は同じような思いを抱くと思います。三軒茶屋に住むお友達も、溝口に行ったら、その変わりようにびっくりするよと言っていました。
 
そうそう話を脱線させると、三軒茶屋と溝の口は東急線で結ばれています。でもこの辺も昔とは変わっています。東急線の線路自体は設備が近代的になっているというのは除いて、路線としては大きな変化はありませんよ。ただ線名が今と当時は違います。東急田園都市線という線区は、溝の口の3つ渋谷寄りの多摩川を挟んだ世田谷区にある二子玉川園から西をいい、渋谷から二子玉川川園までは、東急新玉川線と呼んでいました。鉄道好きな人はご存じだと思いますが、元々は今の東急電鉄の前身の一つである玉川電気鉄道が渋谷から二子玉川園まで、路面併用軌道の軌道線を走らせていた。そこに端を発しており、それが鉄道法でいう一般の鉄道になり、国道246号線の地下に線路が敷かれたので、その名残で新玉川線という名前になりました。二子玉川園から多摩川を渡り、溝の口から西に、正に〝田園〟の中に鉄道を作り〝都市(ベッドタウン)〟を作っていったのが、すなわち田園都市線です。二子多摩川園から西が田園都市線だったわけです。ここで二子玉川園?二子玉川でしょ、と思ったあなたは若い!駅名も二子玉川園から二子玉川に変更されています。これは僕も知らない頃の話ですが、当時は遊園地があったので二子玉川園だったのだそうです。
 
 

上のビル群の写真のうち、丸井の写っている写真。正しくはマルイファミリー溝口ノクティプラザビルという商業ビルが建っており、駅からはペディストリアンデッキで結ばれているのですが、両方のビルとも中には色々なお店が入っていて、飲食店も多く入っています。買い物で両方のビルともいってはいるのですが、溝口で少し早めのお昼ごはんを食べようといくつかの店の中から検討したけど、なかなか良いと思う店がなくて、そういえば駅近くのペディストリアンデッキ上に、餃子の王将の看板があったな。そこでラーメンと餃子でいいかと思い外に出ました。
 
2つのビルの駅寄りに、JR東日本のグル-プ会社、ジェイアール東日本都市開発という会社が運営する味の食彩館みぞのくちというビルがもう一つあって、王将はその1階にあります。でも下り口の階段の隣にエレベーターがあって、5階に北の味紀行と地酒 北海道 溝の口店という店があるという看板を見て、そこにすることにしました。僕は初めてですが、都内、神奈川県、埼玉県などに店を構えるコロワイドグループのチェーン店のようです。
 
お昼ごはんには、豚丼の蕎麦セットを。あとはグランドメニューからザンギ(醤油やしょうが、ニンニクなどで濃厚に味付けした北海道名物の唐揚げ)を頼みました。
 
 

まずは僕の潤滑油。
 
 

先にザンギを頼んだのですが、食事のほうが先に出てきてしまいました。注文を受けてくれた男性スタッフが、気づいて、すみませんと何度も恐縮していたので、いいですよと。
 
 

でもこの豚丼、なかなかおいしかったです。最近になって日光市に大阪が本社なのに〝元祖〟を名乗る豚丼屋が出来て、行ってみたけど、おいしくないので二度と行かないと思った僕も、ここの豚丼はおいしいと思いました。大盛りにしたので、この肉で飲みました。
 
 

あとセットのお蕎麦も大盛りにしました。このお蕎麦、店で打ってるのではないと思うけど、細い麺で腰もそれなりにあって、冷やし蕎麦なのですが、汁もまあまあおいしくて。なかなか良かったですよ。チェーン店だから悪い意味でなく、工場で作ったお蕎麦なのかな。
 
 

味噌汁。

 
 

随分遅れてザンギが到着。正直なところザンギはそれほどでもありませんでした。
 
 

でもせっかくだから潤滑油のお代わり。これ位では酔いません。
 
 
 
食事のあとは、東急電鉄の溝の口駅(こちらは〝の〟が入る)に行き、近年ここが始発駅となった大井町線の電車に乗りました。大井町線は二子玉川駅から分岐している路線で、昔は二子玉川園で乗り換えていましたが、今は運行上、溝の口駅が始発駅になっています。南武線と大井町線の乗り換えの便を図ったのでしょうか。大井町線が乗り入れると共に、それまで対面ホーム2線の溝の口駅は島式ホーム2本、4線のターミナル駅らしい造りになりました。
 
この改札口も昔は地上にありましたが、今はペディストリアンデッキで武蔵溝ノ口駅と結ばれています。昔の地上に改札口があった時より東に移動していると思います。
 
溝の口駅も武蔵溝ノ口駅も地上にあった時代には、両者の間に戦後バラックから発展したと思われる、古くて短いアーケード商店街がありました。それも今となっては見る影もありません。
 
 
溝口は今はしっかり買い物も出来る街に変貌しました。また現地で見つけた北の味紀行と地酒 北海道 溝の口店は、チェーン店とはいえ、なかなかお料理がおいしかったです。夜は蟹なども食べられる、チェーン店としては少し豪華路線の飲み屋さんになるみたいですから、夜も行ってみたいですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(取材日:2025.6.3)