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ギニアの成果

ギニアを出る前日、結婚のFETで叩いた

花嫁が若かったのもあり、今までで一番エネルギーがあって盛り上がったFETだった。


ミュージシャンも超豪華!

サーヨン・カマラ、ママディ・クルマ、ビリー・ケイタ、プチ、ママディ、ママン、ソロ、モリ。
そして途中からなんとソロ・ケイタが来て叩いた!
それに触発されて近所の若手ミュージシャンが続々登場。

なんだかシンバヤオールスター太鼓祭りみたいになっいてた。


俺も前半アコンパで参戦、途中ソロを叩く。

ギニアに来たときはアコンパにも付いていけなかった俺が、皆と呼吸を合わせて叩けただけじゃなく、ソロを叩いてダンサーを躍らせることまで出来ていた。
自分の成長を現場で生で実感できた時、驚きと喜びで気持ち悪いキャラになりかけた。

いや、でもマジで純粋にママディやサーヨンや皆に褒められて嬉しかった。


「きやき~ソロ~アカイン!!」





ギニアの修行の一区切りには最高の晴れ舞台。

毎日の成果がばっちり出た気持ちいい演奏だった!!!




(動画はヨーロッパでUPします)





これでギニアは一区切り。まだまだ経験も実力も半ばだけど、ひとまず区切りをつけます。
本当に良い経験をさせてもらった。人の親切が身にしみたギニアだった。


まだまだ学び足りないことが沢山ある。まだまだ知りたいことが沢山ある。見たいものも沢山ある。

というわけでまたギニアにシンバヤに帰ってきます。



関わってくれた全ての皆さん本当にありがとうございました!

太鼓の先生

俺のギニアでの太鼓の先生、ママディ・クルマ師。


クルサ地方バビラ村で幼少期を過ごした後、サンカラン地方のクヤシディア村に移る。
父がパーカッション・デ・ギニーのソリストであった事もあり、幼いころからジャンベを叩いて村の祭りで活躍。

父の跡を継ぐように本人もパーカッション・デ・ギニーに入り、ジャンベフォラとして西アフリカ各国を演奏ツアーで回る。
バレエに所属しながらも、地元の祭りや伝統への思いは強くなるばかり。

何年か前、とうとうバレエを退団し、トラディショナルを支える一人になる事、また下の世代や生徒に伝えていく事を選択。

現在はファムドゥ・コナテのWSのサポート、サーヨン・カマラのWSのサポート、そして自らも海外から生徒を招き、WSを行っている。



年齢不詳、結婚歴有り、下ネタ大好き、鼻毛は常に放し飼い。
嗅ぎタバコ大好き、おねえちゃん大好き、コーラの実は大好物!!
OBAMAの帽子に健康サンダルがトレードマーク!
トランプが好きでたまに家にいくと一人でトランプで遊んでたりする。

基本的にかなりふざけているけど、トラディショナルの知識も技術も本物であるのはもちろんの事、リズムをこよなく愛し、演奏に対しては常に真剣。
またWS中も人に教える時は相当真剣。たまに怖い。


夢はバビラ村の元実家のあった場所に一軒家を建てて暮らす事。
離れて暮らす兄弟姉妹達を常に想う熱いおとこだ。


クルマ姓はグリグリ(メディスンマン)の家系。
また、大昔、スンジャタ王が治めたマリ帝国の時代に鍛冶屋の一族として重要なポジションだった。







今回ギニアでジャンベを一本買った。

前述のライ・コナテや他の近くの工房という選択肢もあったけど、俺はママディ・クルマに相談した。

ママディは自分が御用達の工房を二つ、朝から歩いて連れて行ってくれ、80本以上ある削られた木材の中から一本だけ選んでくれた。
クラックも白も入っていなく、重さもあり、きちんと中心をとってある見事なレンケ・ルージュ。職人達も、このクオリティの高さは簡単にはみつからないと言う。

BODYだけで250000GF(5000円)。格安も格安。ママディのお陰で地元のミュージシャンと同じ金額で買わせてもらえた。

そこからさらに今度は板金屋へ。
皮を張るために使うリングを作る鉄棒を一緒に見に行ってくれた。
これもかなり安い金額で注文し、あとは皮とロープを手に入れるだけ。


ところが、ロープが手に入らない。
近所の顔見知りの工房でも、今ロープはないと言う。
街にもないという。

困った。1日歩いて探し回ったけど、ロープは見つからず八方ふさがり。
疲れも相当たまっていたし、無口でうなだれていたらママディが言った。


「キヤキ~ママディ~イク~ママディ~ジャンベ~アル~」
と、鼻毛をなびかせながら言う!


え?なに言ってんだろう?

わからないけどとりあえずどっか行くんだな~と思い。付いて行った。

ママディ達がジャンベ置き場に使っている家につき、中に入ると3つ、皮の破けたジャンベが並んでいる。

その中の一つをさして、ママディが言った。


「キヤキ~ママディジャンベロープ~キヤキ~プレゼント~NO~プロブレム!」


自分のジャンベのロープをはずして俺にくれるというのだ!


マジで泣きそうになった。

こっちの人たちだってロープを手に入れるのは簡単じゃない。
大事なロープのはずだ。

ママディはロープをさっさとはずしながら「オ~キヤキ~ジャンベ~ロープヤナ~アカイン!」といって笑った。

俺は胸が熱くなってしまって何もいえなかった。

アフリカの大きな夕陽の中、ママディの鼻毛が風に揺れていた。





全ての道具がそろってからママディの家でジャンベ作りが始まった。

底面の角を落とす作業、打面エッジを丸める作業、カリテを塗りこむ作業、リングを作る作業、リングにロープをくくりつける作業、更にはスキンの裏の掃除、そして皮張り、最後に剃刀かけ。
その全てにママディは付き添い、指導し、手を貸してくれた。(鼻毛はバリバリでてたけど)



5日かけて出来上がったときは二人とも嬉しくて、ずっとにやにやしっぱなしだった。






そんないきさつで、俺のジャンベは思い出と一緒に宝物になった。















■アフリカのそれぞれの師匠から教わった事

◇ファムドゥ・コナテ
「演奏とは、本当に言いたい心からの気持ちを強くはっきり伝えること。その気持ちに一点の曇りなく自信を持って伝えること」

◇サーヨン・カマラ
「ミュージックはタイムが大事だ。いろんなミュージックがあるけど、どれも全てタイムで出来ている。タイムの中には沢山のいいものが住んでいる」

◇ママディ・クルマ
「グルーブをいち早く捕まえること。空気中にあるグルーブに素直な気持ちでシンクロすること」

◇アマ
「一音一音を強くはっきりと大きく出す事、それをKEEPし、遠くまで届かせること」



シンバヤにすむミュージシャン達

シンバヤにはミュージシャンやダンサーが多く住む。


有名なファムドゥ・コナテやビリー・コナテだけじゃなく、昔バレエアフリカやパーカッションデギニーなんかの4大バレエで活躍した巨匠達や、今は完全にお爺ちゃんだけど昔は大活躍してたジャンベフォラも住んでいる。

その辺の適当な椅子に座ってる普通のお爺ちゃんが実は凄い巨匠だったりするので、驚くことがよくある。
俺のWS中も爺ちゃんがいきなり来て座ってるから最初は「なんだこの爺さんいきなり座ってきて」なんて思ってたけど、俺の先生達が凄く丁寧に接するので誰か聞いてみると昔サンカラン地域で活躍した偉大なジャンベフォラのママディ・クルマ老師(サーヨン・カマラ師の師匠)だった。


若いこれからのミュージシャンも多くて、彼らはいろんなジャンルに柔軟。
トラディショナルを学びながらバレエに所属してサバールパーティにも顔出してガンガン叩く奴もいて、練習やWSを含めてここシンバヤでは毎日どこかしらで必ず太鼓の音が聞こえる。
彼らの稼ぎの基本は、FETかワークショップか自身が所属するバレエでの収入。

FETとはいわゆるお祭りのことで、結婚式や記念日や祭典などをさす。
FETのオーガナイザーは前もってミュージシャンに連絡して当日の演奏を要請する。
ミュージシャンはその日開いている他のミュージシャンを確保し、当日太鼓をもって皆ででかけ、そのFETの内容に応じて演奏するといった感じ。

結婚に関するFETはディンバドン・サフナマロ・ディアラバン・マリアージと4つあって、それぞれ別の日に行われる。演奏されるリズムはソリとかマンジャニとかジャーとドゥヌンベ関係とか同じなんだけど、祭りの趣旨がちがう。
花嫁の母親がオーガナイズするもの、花嫁の友達がオーガナイズするもの、など同じダンスパーティでも集まってくる人が違うのだ。

FETによってはミュージシャン達も稼ぎになるので、大きいFETは皆気合が入る。



ファムドゥメゾンにはそんなミュージシャンやダンサー達がしょっちゅう顔を出して、ファムドゥ師になにかしら相談したり、WSの計画を話したり、次のFETのメンバーを集めたり、日々お互い情報交換をしているのだ。




シンバヤにはジャンベの工房もいくつかあって、それぞれ活気がある。

木を削って皮を張るところまで一人の職人が行う場合ももちろんあるが、生産量の大きい工房だとジャンベのメイクは細かく分業されている場合もある。
各工程に専門の職人がいるってわけだ。

木を削る職人、リングを作る人、ロープを通す人、BODYに装飾を施す人、かわを張る人という具合。

その数ある分業スタイルのジャンベメイクで、装飾彫りと総仕上げに定評があるのが、ライ・コナテ。彼はファムドゥ師の娘クラコさんの旦那であり、もともと木工家具職人出身。その技術を駆使して、ジャンベの装飾彫りでは実力のある有名な職人さんだ。
彼はジャンベの木の見立てからリング、ロープまでをディレクションし、最後に自分の道具で芸術的にいれた装飾彫りのジャンベに皮を張る。
写真がないので見せられないが、できあがりは本物。値段も高くない。
さすがファムドゥ師やママディ・ケイタ師も発注するだけある内容だ。

(沖縄の将人と東京のソウヤがいくつか持って帰っているので、ほしい人は直接問い合わせてみたらいいと思う)







そんなシンバヤのミュージシャン達(特にHAMANA地方出身の)の最近のもっぱらの話はダラモンについてだ。

ダラモンとは5月に行われる1年で一番大きなHAMANA地方のお祭り。

最初の村で3日間、次の村でも3日間といった具合にHAMANA中の村をミュージシャンやダンサーやグリオが移動しながら行われるもので、全部で約1ヶ月の超大規模なものらしい。

普段村にいないミュージシャン達もこのときばかりは帰ってきて家族とあったり、村の若手演奏者が1年間の練習の成果を見せたり、太鼓たたきにとっても一年のハレの場。相当気合が入るらしい。

HAMANAの真髄ドゥンドゥンバも最高規模で行われるらしく、ミュージシャン達はここで弾けずどこで弾けるとばかりに叩きまくりの1ヶ月だそうだ。



うう、


いきたい!


行ってみたい!!!



みんなが興奮して話すので、HAMANAのミュージシャン達がいかに楽しみにしているかが超伝わってくる!



次くるときはダラモンにあわせてこよう。