Keyaki -104ページ目

パリっパリっです。

パリにきてからそろそろ一週間。

中心地から30分くらい北にいった住宅街に滞在している。

ゲストハウスは中国人と韓国人の夫婦がオーナー。

3食付で25ユーロ。

天国です。





蛇口をひねれば水が出る、停電がなし、暖かいお湯のシャワー、ふかふかのベッド、トイレットぺーパーに洗濯機、冷蔵庫にTVにインターネット!

天国です。(ウルっとくるよ)




食事は韓国トラディショナル。

メインはタットリタンやサムゲタンやチゲやマーボー豆腐や茹で豚に辛い味噌つけてレタスで巻いて食うやつだったりと様々な韓国家庭料理オンパレード。
その横にはキムチ、ナムル、昆布、じゃこ、高菜漬け的なもの、レンコンの煮物などの副菜が所狭しと並ぶ。
米は黒米入りのもちもちした食感で、味噌汁は辛味の効いた優しい味付け。

天国です。(目から雫がこぼれるよ)





毎日、セーヌ川沿いや美術館や街の中を散歩か遠出をしない日は公園いって太鼓たたいて過ごしている。

音の旅

ノートルダムやシャンゼリゼからルーブル、ポンピドゥからバスティーユは一つ通りが違えば表情が違うので面白い。
こっちはすっかり春で、道端の花もカラフルに元気だし、桜的なものも満開だ。
こりゃカフェのテラスでワイン飲むやつが多いのもうなずける。

音の旅

日本食のレストランや食品店もあって味噌汁や納豆や豆腐も買える(高いけど)。
この前なんか街あるいてたら「本」って看板があって、行ってみたらBOOKOFFだった。
日本語の本やら雑誌やら最新刊も取り揃えられてて、店員も日本人。
「いらっしゃいませ」を久しぶりに聞いたよ。

近年のパリは日本人は暮らしやすいんじゃないかな。
(先人達のおかげだと思う)


天国です。(涙がちょちょぎれるよ)












パリ=おしゃれな、というイメージが勝手にあったけど、別にそうでもないと思った。
パリの生活や人をオシャレに結びつける日本の雑誌やら本やら映画やらがあるせいでそう思いがちだけど、中心地では実際は道にゴミが多いし、ガラスが割れた車はダンボールをガムテープで貼り付けて走っているし、若い子達は原宿みたいな格好して道端でしゃがんでタムロしてるし、みんな格好とかも適当。
でも昔ながらの古い建物をそのまま使っている感覚(日本で言えば京都の祇園みたいな感じ)とか、古いものと新しいものを掛け合わせて創造されたものを公平に評価する姿勢とかは確かにカッコイイと思う。


住宅街に行けばオシャレとはかけ離れている。
洗濯物は建物から突き出ているし、おじいちゃんはベンチと同化してるし、バスの運転手はイケイケで交差点につっこむ。
学校帰りの子供はローラーブレードで走り回るし、肉やの店先ではチキンがいくつも串刺しになってグルグル焼かれながら回ってる。(その下のポテトが半端なくうまそう!)
その向かいのカフェではおばちゃん達がコーヒーのみながら何やら話している。

実際こっちのほうが生活感があって、俺は凄い落ち着く。





俺がいるこの辺りは本当にいろんな人種が住んでいる。

バングラディシュ人がやってるインターネット屋の横にはサウジアラビアからきたケバブ屋。
そのケバブ屋ではイタリア人のリーゼントがオーダーを待っていて、その向かいのコインランドリーではドレッドのセネガル人とフィンランド人のカップルが乾燥機を待っている。
アイルランドからきたおじいちゃんはカフェでインド人の親父と話しこみ、その横の日本食レストランではイタリア人が韓国人の女の子と寿司を食っている。
その寿司を握るのはフランス人オーナーに雇われた中国の学生。

わお!

わお!わお!



色んな人種がいろんな自国のカルチャーも持ち込んで上手に混ざり合いながら、そして同国人達はみんなで協力しあいながら暮らしているんだな。




そしてパリは特に文芸に対して非常に開かれている。

混ざり合いが日常、常に新しく何か創造されているので、人々の反応も早い。

発表の場所もちゃんとあって、土曜日や日曜になると街の真ん中でART市が開かれたりする。

音の旅

音の旅

音の旅



他にも骨董市やフリマがSTREETで開かれていて、みなUSEDのものを出品している。
(もちろんどれも使えるものばかり)
掘り出し物も沢山。30年前のカメラとかもあって、欲しい人にはよだれモノだろう。


古き良きものと新しく創造されたもの、両方の価値を大事にしているPARIS。











今日公園でセネガル人の太鼓叩きと友達になった。

明日、セネガル人たちと公園でセッション。

調子よければSTREETに繰り出す予定。





21日にはLONDON行く予定だったけど、アイスランドの噴火関係で欧州中で飛行機がここ一週間飛んでない。


このままもう少しPARISもアリかなと思う今日この頃。。。

コナクリFET、現場の最前線!!!!

ギニア首都コナクリ!これがFET!現場の最前線!!!!


イケイケのFET、結婚のパーティは太鼓もダンスも超パワフル!

女の子達、踊る踊る!!!超強い!!!



「どきなさいよアンタ達!アタシが踊ってんだよ!あん?」






















ギニアの男達は粋だった。

金がないのにおごってくれるし、いつもどでかく笑ってるし、真剣に語ればきっちり受け止めてくれるし、間違ってれば厳しくしかるし、年下はよく面倒みるし、年上をちゃんと尊重する。かわいいおねえちゃんがいれば声かけるし、子供には厳しく、老人には尊敬をもって接する。




一緒だ。

世界は一緒だ。






世界に言いたい!

日本の男子も粋だぜ!日本男子は熱くてバカで優しくてエロくて男気たっぷりだぜ~!


ここヨーロッパでも、日本の男子も半端じゃねぇって所をみせたいよ。



こっちも一生懸命生きてんだ!


日本男子をなめんじゃねぇーぞ!

さよなら&ありがとうアフリカ、よろしくヨーロッパ!

今から丁度1年くらい前、3年半勤めていた会社を辞めて新しい道に挑戦するスタートの時、5月から始まる鹿児島三島村での生活の前に頭の中を整理しようと一人でゆっくり過ごすために沖縄の八重山諸島に行った。。

約一ヶ月離島で特に何もせず、綺麗な海の傍でこれからの事を考えたり今までの事を振り返ったりしながら過ごした。

毎日くる壮大な夕陽のドラマや潮の満ち引きや昼の暑さという東京では感じれなかった自然の厳しさの端っこをちょっと覗かせてもらっているうちに、身体と中身のバイブレーションが少しづつ自然のそれと同調し始めているような気になった。

頭の中もいろいろ整理されてきていていい感じだなぁなんて思ってた時に、その質問は突然やってきた。



「なんで日本人である自分が西アフリカの太鼓を叩いているのか」




ココ一年、事あるごとに出てきては何度と無く自分を悩ませてきたこの質問。

自分のなかでずっとピン!とこなくてずっと残っていた。





しかしついに




ついにピン!ときた!




ここ3ヶ月の西アフリカ修行で答えの端っこが見つかった。




いまは何とか無く、尻尾が見えただけだけど、
これから先、もっとはっきりしてくると思う。


なにしろ方向はあってるし、間違いない。
これははっきり正しいと言えるしどの角度からみても突き進むべきだと思える!






まるでなんだか新しい視野を手に入れた感じだ!うん、最高だぞ!





これで加速だ!









あと数時間後にアフリカを出ます。

マリのバマコからリビアのトリポリで乗り換えて一気にパリCDGに。

明日からヨーロッパライフ。


ギニアとマリで得た事を武器に、そして更に勉強して練習して磨いて。
ガンガン暴れまわってやる。

うっひょ~~~~! うっひょ~~~~~!楽しみだ~~~~!




アフリカで出会った多くの人、親切にしてくれ助けてくれた多くの人!
本当にありがとうございました!




そしてこれから、多く出会うであろうヨーロッパ!宜しく!!!