流山市の姉妹都市相馬市に議長、副議長とともに表敬訪問してまいりました。
今回は姉妹都市の被災地復興の現況と野馬追祭りを知る2つの目的での訪問です。
事故の市民死亡者458人中身元判明者は410名。住宅被害5701棟中全壊1091棟。がれきはきちんと仮設置き場に収容されており、環境省による焼却炉の竣工式が8月に行われ26年度には完成される予定なので、今はFujitaによる分別が行われているところであります。
←がれきの仮置き場
バスの中からみるだけではと思い、次の日の早朝に一人早起きして松川浦の海岸まででかけました。
↓護岸工事が始まっており、10月末に完成予定とのこと。でも、資金調達できない会社は↓このとおり、
もともと流山から相馬に移った武士が6万石をいただいて守ってきた中村城ということで、流山市とはとても縁が深い関係にあります。震災で馬も流され、騎乗する名家の方もお亡くなりになったりして、今年は55
0騎あまりが400騎に減少しての開催でした。その後小高神社は赤色、中村神社は青色、相馬神社は黄色の神旗を花火で打ち上げ、騎乗したまま鞭でからめとる神旗争奪戦が繰り広げられました。復興を祈願し勢いをつけるため相馬市立谷市長自らが総大将となり野馬追祭りを行い、3日間で30万人ほどの観客が訪れるということでした。それにしても相馬はとても暑く、北海道から姉妹都市として訪れていた豊頃町の議員の方々や大樹町議会の方々はあまりの暑さにぐったりなされておられました。私は日光市の方のとなりになったのでずっとしゃべっていて途中で名刺交換しましたら日光市長斉藤文夫様だったのでびっくりいたしました。日光市と小田原市もお互い姉妹都市であり、伝統がある文化を守り続けているお話を興味深く教えていだだきました。流山市もとてもいい伝統があり、文化財もあるのに守っていくという意識に疎いような気がいたし、もっと古い歴史を勉強したうえで守り育てていくまちづくりが必要であると強く再認識いたしました。私は議員になる前から野馬土手を見学したり、歴史探訪の会の方と文化財を巡っていたおかげで、今回流山市の歴史と文化について聞かれたときに応えることができて本当によかったと思いました。流山市の観光案内も持っていって、愛媛県西条市の議長にお渡ししてきました。一度流山市にもお越しください。とお話しいたしました。このブログを読まれたみなさまも流山市にはいろいろな歴史や文化そしてその文化財もありますので、ぜひ、博物館に行って学んだうえで、史跡巡りをしてみてください。ご連絡いただければ歴史探訪の会のガイドつきで私も一緒にご案内いたします。
←最後の写真はお城の大手門と違和感のないように和風に作られた小学校です。木のぬくもりが伝わり、景観も損ねない作りとなっておりました。流山市のまちも新しいものを作ることも大事ですが、歴史が長くいい文化財がありますので、私が前ヶ崎城跡を大事にしていくよう一般質問したように、今あるものを大事にしていくそんなまちづくりをしていきたいものです。















