あと12時間ほどで、

65回目のナガサキの日が訪れます。



ぶたぶたは、

死ぬまでナガサキの日を大事にしていきます。



自分の人生を、

見直す日でもあります。



自分はこの1年間、

生きたくても生きられなかったナガサキの人達に対して、

恥ずかしくない生き方をしてきたか。



自問自答する日です。





ずっとエアコンも稼働中

ちょっと嫌な音がしてるのは、
気のせいだと思いたい





時々、

「ヒロシマ・ナガサキは原爆の事ばかり」

「戦争ではもっと様々な惨劇があった」

と言われる事もあります。



そんな時、

「そうですね」と応えます。



どうして、

他の惨劇の被害者は、

原爆の式典や被爆者の語りを非難するのでしょう?



特別視されてる?

優遇されている?


言ってる意味がわかりません。



ヒロシマやナガサキの被害者は、

東京大空襲の事を語る事はできません。

だって、

体験した訳じゃないんだから。


ぶたぶたも被爆二世ではあるけれど、

戦争被害のすべてを語る事はできません。



他の惨劇の被害者は、

ヒロシマ・ナガサキを否定する事に力を注がず、

その惨劇を次世代に伝える努力に力を注げば良いのに、

ぶたぶたはそう思うのだけど。


どこかずれているんじゃ無いの?

何がしたいの?




戦争の愚かさは、

それぞれの地域で、

それぞれの体験で、

伝える内容が違っても良いはずなのに。


自分達の言葉を伝えるのに、

他の被害者を貶す必要は無いはずだよ。






もう25年も経つのですね。

日本テレビで流れている番組「ヒキツギ あの日を知らないきみに ~1985、夏、御巣鷹~」。

これで語られている事は、

それぞれの遺族が、次の世代に伝える大切なこと。


原爆と同じ、

戦争と同じ。




ぶたぶたは、

偶然、

操縦不能に陥った日航機を目撃しています。


長崎へ帰省しようと、

八王子ICから乗って、

そんなに経っていない頃、

中央自動車道をバイクで走行中、

偶然、

見掛けました。


18時に昭島にあった寮を出発していたので、

丁度の時間だし、

何よりも、

こんなところに航路があったかなぁ?と、

不思議に思ったものでした。



翌日、

長崎に着いて、

ニュースで惨劇を知りました。



過去の惨劇で、

残された者がやらなければいけない事は、

未来へ伝えていく事、

風化させない事、

そういう同じ使命を託されている。


そう感じます。





また、

ヒロシマの夏が来ます。


その3日後には、

ナガサキの夏が来ます。



今年で、

65回目の夏。




色んなニュースを見ると、

風化が進んでるなぁと、

感じてしまいます。



被爆二世。

ぶたぶたにできる事は何なのか、

また悩む夏が来ます。