木村花というみんなの希望を喪失した“痛み”の中で伝えたいこと | KEN筆.txt

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鈴木健.txtブログ――プロレス、音楽、演劇、映画等の表現ジャンルについて伝えたいこと

あれから5日が経とうとする現在でも、読み手が存在する文章としてまとまったものになる気がしない心境であるのをどうかご了承願いたい。本日の夜には「ニコプロ一週間」で木村花選手について番組進行として触れなければならず、多くのプロレス関係者同様にある種の葛藤を抱きつつも、その前に伝えたいことを綴らせていただく。

ここで書くのは、一連の報道や『テラスハウス』でしか花さんのことを知らない皆様に知ってほしい、あくまでも自分が見た範囲での彼女の素顔である。

 

▲新日本プロレス1・4東京ドーム大会のダークマッチに出場した時の木村花さん

2015年5月、当時現役のプロレスラーだった母・木村響子さんが左腕を骨折し長期欠場を余儀なくされた。そこで彼女の取材を続けていたライターの須山浩継さんが呼びかけ、激励をこめたトークイベントを開催。出演者は全員自ら名乗りをあげる形で、無償で参加した。

響子さんは15歳の頃、FMWに練習生として1年ほど在籍していた。こちらが顔を覚える前に退団してしまったが、向こうは憶えていたと後年言われた。

担当団体に在籍していたとあれば、当時の話でイベントを盛り上げることができると思い、須山さんに出演を申し出た。6名ほどの選手・関係者が集い、見に来たファンも響子さんも楽しめる内容に。その会場内へ、明らかに一般人とは違うオーラをまとう女子高生らしき人物がいた。それが花さんだった。

幼少の頃、母の応援に来た姿を会場で見かけたことがあったから、見違えるような雰囲気に圧倒された。「あれ、花ちゃんだよ」と教えてもらうまでは、それこそどこかの団体でプロデビューを目指す練習生がお付きでいるのだろうかと思ったほどだった。

女子プロの選手と関係者、さらには取材陣やファンも含め花さんの成長を幼い頃から見てきた者は誰もが同じ原体験を持つ。スターダムの中心選手、あるいはテレビの中にいる姿とは確実に違う母子の情景を知っている。それがあるのとないのとでは、今回の件の受け取り方はまるで違ってくる。

ショックなどという言葉を超越して、みな「痛い」と言った。もちろん肉親や至近距離で時間を共有する仲間たち、何よりも花さん自身が味わったそれとはまるで比較にならぬが、その成長過程を見てきたからこそ、この喪失感が痛くて、痛くてたまらないのだ。

響子さんがプロとしてのキャリアをスタートさせたJWP女子プロレスの選手たちは、ママチャリに乗せられ道場へ遊びに来ていた頃から花さんを知っている。「花ちゃんが保育園に入った時、みんなで自転車を買ってプレゼントしたんです。プロレスラーとしてデビューした時も嬉しくて」とコマンド・ボリショイPURE-J代表は語る。

FMWにゆかりがある者たちも含め、花さんは大人たちの希望だった。その時点でプロレスラーの道を選ぶかはわからなかったが、女性として成長していく姿を親のように、あるいは親戚のおじさん・おばさんのような思いで見ていた。

2015年10月、武藤敬司率いるWRESTLE-1が設立したプロレス総合学院の1期生として花さんは入学。本格的に母と同じ世界へ飛び込む。月謝を払い、現役選手の指導を6ヵ月間受けるというものだったが、13人中デビューできたのは5名。同期の立花誠吾によると、団体の練習生として入門するのと同じぐらいに厳しい指導だったという。

 

▲プロレス総合学院1期生入学式に出席した花さん(2列目左から1人目)。才木玲佳、櫻田愛実リングアナウンサーの同期の顔も

「よくヒィヒィ言うって言うじゃないですか。みんな泣きながらやっていたんですけど、花ちゃんは本当に『ヒィヒィ』って言っていました。同期のれいたん(才木玲佳)は体力があったし、私も空手をやっていたからまだなんとかなったんですけど、花ちゃんはその時点で何もできなくて。だから今、スターダムであんなに活躍する姿を見ると1期生として誇りに思うし、本当によかったです」

今年3月に開催されたトークイベントで、同じ1期生としてプロレスラーを目指しながら練習中のケガで断念し、WRESTLE-1のリングアナウンサーとなって苦楽をともにした櫻田愛実は感慨深げに語り、隣で立花もうなずいていた。プロレス総合学院出身者で、花さんは一番出世だ。

学院生たちは、デビューしたあとも「金を払えばプロレスラーになれるのかよ」とレッテルを貼られた。じっさいは前述のような経験を積み、それでも音をあげることなく残った若者ばかりなのだが、花さんにもそういう見方を覆したいという思いがあった。

報道ではその将来性やスターダムの中心選手、あるいは今年の“イッテンヨン”に出場したという光の部分がクローズアップされているが、そこへいきつくまでは完全なる叩き上げ。拳立て伏せ一つもできなかった18歳の女の子は、どんなに辛くてもデビューを諦めずに学院へ通い続けた。

デビュー後は総合学院卒業生を中心とするプロジェクト「プロレスリングACE」所属として、WRESTLE-1だけでなく女子プロ団体への出場も増えていく。2017年1月22日に後楽園ホールでおこなわれた母・響子さんの引退興行では1ヵ月ほど前に右腕を骨折し、それでも休まず完治しないまま試合へ臨んだ。

▲母の引退試合でダブルのビッグブーツを決める

ほとんど左腕でしか闘えない中、鈴木みのるに怖い顔を至近距離から近づけられながらそれでも家族の絆を力に替えて向かっていく姿は、あの場へいた全員の追憶として焼きついている。前年8月には母子の一騎打ちもおこなっており、この時に響子さんが見せた鬼としか表現できぬほどの厳しい攻めに対しても、顔をクシャクシャにしながら最後まで食らいついた。

女子プロ団体所属ではなかったため、そのシーンにおいてさほどクローズアップされる機会はあまりなかったが、こうして花さんは一歩一歩強くなり、同時にどんどんプロレスが好きになっていった。2018年1月より、ACEからWRESTLE-1所属へ。団体公式パンフレット用のインタビュー取材後、神林大介レフェリーと3人で道場近くにあったおそば屋さんでランチをとった。

店のお母さんは総合学院時代から花さんを知っているので「立派になったねえ!」と大歓迎。そこへ娘さんが学校から帰ってきて、ガールズトークが始まった。

「○○ちゃんもプロレスが好きならやってみたら?」
「うーん、プロレスは好きだけど私には無理だよ」
「そんなことないよ。だって私にだってできたんだから! それにプロレスって、やるともっと好きになるよ」

同性にプロレスラーとして味わえる魅力を伝える花さんの表情は、それまで我々が目にしたことがないほどキラキラと輝いていた。トークイベントで見かけた2年半前は、雰囲気こそあれどまだそこまで情熱を持って語れる対象にはいたっていなかったのだろう。

きっと我々の知らないところで辛さを味わい、悩み、その中からやり甲斐を見いだすことで自分を磨いてきたのだと思えた。ただし、この時点ではまだ明確に将来的な成功が見えたわけではなかった。

WRESTLE-1に対する思い入れを持ち、男子団体で女子というコンテンツが売りとなるまでに高めたいという姿勢でリングに上がり続けたものの、どうしても闘いが線ではなく点になってしまう。難しいシチュエーションの中でそんな彼女を支えたのが、親友とも言える朱崇花だった。

前述のインタビュー取材でも、花さんは朱崇花とタッグを組んでみたいと語っていた。2人は1対1による対戦を経て「フロウリッシュ」を結成する。

 

▲WRESTLE-1で結成された朱崇花とのフロウリッシュ

後楽園大会では、自分たちの試合を終えるとバルコニーから観戦。プレイヤーではなくプロレス好きの女の子に戻り、技が決まったりカウント3ギリギリでフォールをはねのけたりするたびに、朱崇花とともに「キャーッ!」と声をあげて楽しみ、そしてリング上の男子選手に惜しみない拍手を送る姿が、そこにはあった。

2019年3月、小さい頃からの世界で活躍する夢を実現させるためにWRESTLE-1を離れスターダムへ移籍。その後の花さんの活躍ぶりに関しては、皆さんの方が詳しいはずである。

新日本プロレス1・4東京ドーム大会終了後、バックネット裏記者席で写真を選び終えニコニコプロレスチャンネルのスタジオへ向かうべく関係者用出入口を出たところに、花さんは他のスターダム勢と立っていた。目が合った瞬間、笑顔を投げかけられる。今でいうところのソーシャルディスタンスほどの距離で、言葉ではなくフェイス・トゥ・フェイスによる何気ない新年の挨拶。まさかそれが最後の対面になるとは…。

3月の立花&櫻田リングアナウンサーのトークイベントは、4月1日をもってWRESTLE-1が活動休止に入るのが発表された直後だった。つまり、この時点で2人は別々の道を歩むことが決まっていた。

イベントはとても楽しいものとなり、いつの日かまたプロレス総合学院の思い出を振り返る機会が訪れたら今度は1期生全員が集まれたらと思った。立花も櫻田アナも同じ思いだったはずだ。そこではスターダムの選手でも、テラスハウスの出演者でもない木村花を見せてくれたに違いない。

でも、それもかなわぬものとなってしまった事実に、また痛みが走る。そして、今現在もその何十倍、何百倍もの痛みと闘う響子さんや親族の皆様、仲間たちとファンがいる。

この文章も、最後は「木村花さんのご冥福を心よりお祈りいたします」と締めるべきなのだろう。言うまでもなく、それが偽りのない思いである。

にもかかわらず、心の奥底に在る感情がそれをさせまいとしている。その前に、花さんのためにできることがあるだろう、と。

本日22時からのニコプロ一週間番組前半で、花さんに黙とうを捧げる場を持ちたいと思います。無料時間帯なので、ニコニコプロレスチャンネル会員以外の皆様にも“参列”していただけます。

現在、緊急事態宣言は解除されたものの観客を入れてのプロレス興行がいつ頃から再開できるか、まだ見通しは立っていません。そのため、ファンの皆さんが集まって黙とうを捧げる場を持つのが難しい状況です。

黙とうによって、少しでも皆さんの痛みが和らげば――それが、ご冥福をお祈りするとともにやれることだと思いました。

 

花さん、それでいいでしょう?