『ファイティング・ファミリー』に秘められたもうひとつの友情物語 | KEN筆.txt

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BGM:ROB ZOMBIE『Scum Of The Earth』

 

11月29日より公開された『ファイティング・ファミリー』に関し、日本人WWEスーパースターやプロレスラーをはじめとする各著名人がコメントし、絶賛されている。これまで、プロレスを題材とした映画作品は『ビヨンド・ザ・マット』や『レスリング・ウィズ・シャドウズ』のように“裏側”とされる世界をドキュメンタリーとして描いたもの、あるいはプロレスラーの悲哀を物語としたミッキー・ローク主演の『レスラー』と、明と暗で言うなら“暗”が多かった。

 


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それに対し『ファイティング・ファミリー』は苦難を乗り越えてWWEという輝くステージに到達し、家族との夢をかなえたペイジの実話に基づくハートウォーミングでハッピーそのもののドラマとなっている。これまでが“プロレス者”向けばかりだった中で、昨年公開された棚橋弘至主演『パパはわるものチャンピオン』と同様にこの作品を入り口として、もっとプロレスの魅力に踏み込んでもらうには申し分ないと思えた。

そうしたカラーの“プロレス作品”が単館ではなく全国上映されるのは、今やハリウッドでもっとも稼ぐ男となったドウェイン・ジョンソンの存在が大きかったと思われる。ペイジ一家のドキュメンタリー『The Wrestlers: Fighting with My Family』(2012年)を見て感銘を受けたドウェインは、もっとこのことを世界中に知ってほしいと思った。

 


現実面で映画化は難しいところだったが、ドウェイン本人がプロデューサーを買って出る。日本でプロデューサーというとディレクションに近い解釈をされているが、アメリカでは本来の制作費をかき集める役どころが大きい。ドウェインは、自ら出資してまでこの映画を撮ろうと考えた。

このことは「ロック様とペイジの友情」としてすでに伝わっている。何よりもドウェインがザ・ロック…つまりは本人役で出演しているのが“妙”となっている。レスリング業界からハリウッドに現住所を替えた時点で、ドウェインはザ・ロックとは違う自分を築き始めた。それもあってか、当然ながらスクリーンの中ではロック様ではなくアクター・ドウェインを貫いた。そうしなければ、ハリウッドでは生き残れない。

ザ・ロックの名前に頼っていたら、ハリウッドでもっとも稼ぐ男にはなっていなかったはず。ただ、WWE時代を見ているファンは「作品の中のどこかでロック様の決めゼリフやポースが出てこないかな」という思いを頭の片隅に置いていたはずだ。そこはやはり、プロレスファンとして期待してしまう。

だから、この作品はドウェインが俳優として思いきりザ・ロックを演じることができる、特別な機会となる。世界的なハリウッドスターとしての評価を不動のものとした今だからこそ、可能な役どころなのだ。

 

そして、ドウェインにとってはもうひとつの友情がこの作品にこめられている。脚本を担当し、監督も務めたスティーブン・マーチャントは、まだドウェインが大物俳優ではなかった2010年に『妖精ファイター/Tooth Fairy』で共演した。“駆け出し”の頃、ドウェインはプロレスラーが求められやすいアクション以外の役も率先してやった。5作目の出演となる『Be Cool』では、どう見てもヘンにしか見えないアフロヘア-の脇役を演じ、ウィル・フェレルの“俺たちシリーズ”の一作品『俺たち踊るハイパー刑事!』では、作品全編で活躍するオーラを冒頭から全開させながら開始後15分で間抜けな死に方をして、映画館に爆笑を発生させた。

 

 

カッコいいだけでなくコミカルも情けない役もなんだってやった。アクションのみに頼らぬ演技を磨いてきたから、現在のドウェイン・ジョンソンがある。『妖精ファイター』も、あのロック様が歯の妖精の姿になり羽を生やす役。こんなゴツいフェアリーなどいるかと、その設定だけでいくらでもツッコミを入れられるところが、これまた“妙”となったわけだ。

 

その作品に、マーチャントも出演していた。妖精などになりたくないと反発するドウェインをサポートする妖精(ただし羽は生えていない)役で、爪楊枝のようにひょろ長い体でまん丸の目がギロギロしていて、すこぶるインパクトがあった。ドウェインが八つ当たりし一度は2人の友情にヒビが入ってしまう。

 

この時、マーチャントは作品の中で唯一暗く、寂しげな表情を浮かべる。それを見て「悪いことをしてしまった」と心の中で悔いるドウェイン。

 

今回、マーチャントが監督を務め、そこにドウェインが出演することを知った瞬間、そのシーンが蘇ってきた。作品における関係性だけでなく、あれから9年後にスクリーンを離れたところで2人のタッグが見られるとは。

 

「シネマカフェ」にアップされたマーチャント監督のインタビューによると、やはりドウェインからメガホンを任されたらしい。「レスリングのことはまったく知らなかった」にもかかわらず、自身が出資までして形にしたいと思った作品を、プロデューサーとしてマーチャントに託したのだ。

まだハリウッド俳優としての評価と地位を確立していなかった時代を知る人間だから、ドウェインはマーチャントに託したのではないか。そんな気がするのだ。ちなみにマーチャントは『ファイティング・ファミリー』で出演もしている。ペイジの兄がガールフレンドとその両親を自宅へ招待するのだが、その父親役だ。得意のギロ目を披露…したかどうかは、映画館でご確認いただきたい。

 

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