追悼・三沢光晴
6月13日午後10時10分、偉大なる天才プロレスラー・三沢光晴さんが永眠されました。死因は試合中に受けたバックドロップによる頸髄離断。享年46、早すぎる死に衝撃を隠せません。
小学、中学と私の少年時代はまさにプロレスの黄金期──当時はまだK-1など無い時代であり、格闘技イベントと云えばプロレスでありました。プロレス界はジャイアント馬場率いる全日本プロレスとアントニオ猪木率いる新日本プロレスの2大組織によって牛耳られ、クラスメートの間では“全日派”か“新日派”かで派閥を作ったりしたものです。
私は特にどちらの派閥でもなく、“全日なら三沢”、“新日なら猪木”といった風に強いて云えばプロレスラー個人のファンでした。それゆえ団体の垣根を越えていざプロレスが地方巡業に来たと聞けば親にチケット代をせびって福井市体育館に駆け込んだものでした。
三沢さんの試合も何度も生で観戦しておりますが、エルボー1発で観客を沸かせる男は後にも先にも三沢さんだけです。そのカリスマとも云える圧倒的なスター性は全日を離脱してノア を旗挙げしてからも変わることなく、社長兼看板選手として不動の人気を誇っておりました。
目を閉じれば今でも、鮮やかなグリーンのタイツを身に纏った三沢さんの勇姿が蘇ります。死してなお三沢さんは、我々ファンの輝けるスターであり続けるのです。
──合掌。
【三沢光晴 激闘の軌跡】
