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kenro-miniのブログ

kenroが見た、行った、読んだもんをつらつら書き。美術展、映画、本、旅行など。

「個人的なことは政治的なこと」。フェミニズムの重要、著名なスローガンである。個人で実践しようとした人はもちろん多いが、全国民レベルでそれをなそうとした例がある。1975年10月24日のアイスランドである。

ジェンダーギャップ指数16年連続1位の国。だが、スウェーデンやノルウェーより、女性の地位が高くなかったという。それがなぜ、ここまでになったのか。女性は多くの職場で働いていたが、賃金は男性より低かった。オフィス、工場、農業などの現場で女性労働者が多くいたのに、補助的、誰でもできる、手伝い程度と見なされ、低位に置かれていたのだ。しかし、彼女らの仕事がなくて社会は回るのだろうか。あるいは、職場に全力投球しているとみなされた男性を支える専業主婦の女性たちがいなくても、男性は「全力投球」できるのだろうか。そもそも男性のみ「全力投球」するシステムは平等であるのか。

いや、女性は補助ではない。独立した労働者なのだ。賃金は男性と同じであるべきだ。たまたま主婦であっても「働いていない」のではない。きちんと評価すべきだ。ということで考えついたのが全国で展開するゼネスト。さすがに反対論も多かった。なら「休日では」?

全国民女性の9割が参加したとされる「女性の休日」。人口40万人の国だからできた、わけではない。たとえば、近畿でいえば豊中市や枚方市が40万人くらいだが、全市を上げてその地域の女性が9割参加する行事などあり得るだろうか?ましてや、ストライキである。しかし女性らはそれを成し遂げた。もちろん社会はストップ。工場も小売業も電話交換も、何もかも女性の働きがないと成り立たないことがわかったのである。そして、家事、育児をしなければならない男たちは右往左往。アイスランド中が無報酬、低賃金の女性らによって支えられていたこともわかったのである。

しかし、「女性の休日」によって、社会がジェンダー平等に一足飛びに変化したのではなかった。翌年には男女平等法が制定、世界初の女性大統領が誕生したのがこの5年後。同一賃金を要求して1985年にも「女性の休日」が実施される。その後、賃金格差が解消した分、すなわち未払い賃金の分だけ、「女性の休日」が2005年以降も数回実施される。その間、育児期間を母親3、父親3、父母共有3ヶ月に分ける「3+3+3モデル」導入、女性首相も誕生、さらに男女の賃金格差を違法とする「同一賃金認証法」など、目覚ましいジェンダー不平等の解消に今なお突き進んでいるのである。2024年には大統領、首相、連立政権の党首全てが女性となった。

考えてみれば、性別によらずあらゆる人たちに国家が平等を保障するのは当たり前のことだ。もし不平等を認めるならば、合理的な理由がなければならない。性別、障がいの有無、国籍など「合理的な区分」を認める余地はほとんど考えにくい。「合理的な区分」などない。それは差別であるからだ。

おりしも、ジェンダーギャップ指数118位(2025)の日本で女性首相が初めて誕生した。これで政治分野での指数は上がり、全体を押し上げることになるだろう。しかし、高市早苗首相は、家父長制や教育勅語など戦前の価値観の強烈な信奉者であって、2025年の参議院東京選挙区で2位当選を果たしたさや氏(塩入清香氏)も、同じく大日本帝国憲法や旧民法への親近性を押し出す参政党の有力議員である。少なくとも政治の世界では、日本のトップの女性は平等や、対等の真逆の存在である。ため息が出る。(「女性の休日」パメラ・ホーガン監督、2024 アイスランド・アメリカ)