中島光孝弁護士は、筆者が支援する「京都・主基田抜穂の儀違憲訴訟」(http://noyasukuni.g2.xrea.com/sukidensosyo/cyottomatta.html)の代理人を務める。訴訟は、現在上告中であり、完結していないので本書では紹介されていない。しかし、中島さんのこれまでの弁護士活動の原点と言えるべき考え方や、向き合い方を十分知ることができるのが本書である。
3部構成からなる本書は、第一部、弁論が開かれた最高裁判決、第二部、「戦争」にまつわる判決、第三部、労働組合をめぐる判決からなる。弁論が開かれた最高裁判決で言えば北海道砂川市の空知太神社判決(砂川政教分離訴訟)を外すことはできない。宗教施設である空知太神社に市が無償で私有地を貸与していることの違憲性などを問うものである。札幌高裁で違憲判断が出ていたのに、最高裁が弁論を開くとの通知に逆転の合憲判決が出るのではと弁護団が危惧したところ、なんと最高裁は破棄差し戻ししたのだ。結局、訴訟継続中に砂川市が神社から適正な賃料を収受し、表示の改革などを実行。最終的に現状を追認し合憲とされた。中島さんは、最高裁が差し戻した理由について反対意見(今井功裁判官)を引用し、市に対する行き過ぎた釈明権の行使(下級審が、市に対し、他にやりようがあるだろうとサジェスチョンしなかったことを懈怠とみなした)と問題視する。また、同判決が津地鎮祭最高裁判決で確立された「目的効果基準」に言及していないことに注目する。実は、「目的効果基準」は政教分離訴訟における裁判所が伝家の宝刀、あるいは深く説明しないための逃げ口上になってきた感があった。それを用いないということは、最高裁が新たな基準を定立し(ようとし)たか、少なくとも「目的効果基準」では説明できないと考えた証か。
「戦争」にまつわる判決とは、国家の先の戦争に対する認識と戦後補償を問うたたかいである。大阪・花岡中国人強制連行国賠請求訴訟では、戦時の請求権を放棄するというサンフランシスコ講和条約の判断枠組みを超えることはできず、原告側敗訴に終ったが、原告らが強制連行され、過酷な労働従事させられたという事実認定は獲得することができた。中島さんは裁判の判断に至る過程で事実を事実として認定するべきと強調される。そうなのだ、仮に法適用、解釈で戦争被害者たる原告らを負けさるとしても、事実認定は真摯に、そして審理を尽くしてほしいと。
ある意味、中島さんが弁護士になるまでの「寄り道」の根本たる労働者の権利を確かなものにするための活動が、労働組合をめぐる判決である。三菱重工長崎造船所事件では労働時間を、住友ゴム工業事件では、職場における労働組合活動を、そして労働組合運動に対する未曾有の労組弾圧である関西生コン支部刑事弾圧事件を取り上げる。関生事件ではいくつもの無罪判決が出ているのは周知の通りである。中島さんは関生事件で有罪を出した裁判官に対し「裁判官が憲法28条(労働基本権)を十分に理解していない」と断罪する。
中島さんは「寄り道」とはおっしゃらないが、高校卒業後室蘭製鉄所転炉工場で勤務、大学進学を経て農林中央金庫に就職、司法試験を目指したのは、現在の法科大学院経由の若い世代から比するとかなり遅かった。しかし、その経験があるから労働者の権利に寄り添う弁護士活動を継続してこられ、また学生時代から多くの戦争文学などに触れて戦後補償や、政教分離にも関わってこられた。大阪で長く活動されてこられたが、2023年から地元北海道に帰って、今後も労働者、政教分離を訴える人たちの憲法訴訟などに関わり続けられるだろう。その姿勢にずっと敬意を覚える。(『私的判決論 人々の権利の実現をめざして』白澤社 2025)
