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kenro-miniのブログ

kenroが見た、行った、読んだもんをつらつら書き。美術展、映画、本、旅行など。

1968年は政治の季節であった。ベトナム戦争への抗議の波は、パリ5月革命や日本での全共闘運動など世界のあちらこちらで若者らのプロテストが勃興した。これらはケネディ大統領暗殺といい、主に西側世界で語られた。が、東側ではどうであったか。

中国では文化大革命最中、東欧はソ連をリーダーとする強固な軍事同盟下、ワルシャワ条約機構のもとにあった。なお、ワルシャワ条約機構は西側のNATOへの対抗として組織されたが、東欧民主化、ソ連崩壊時に解体されたが、NATOも対抗上解体されるべきであったが、そうはならなかった。それが2022年のロシアのウクライナ侵攻につながったのだが、それはひとまず措いておく。

チェコスロバキアでは、1967年から学生らが民主化を求めて、デモを繰り広げており、政権は弾圧を繰り返していた。明けて68年、「プラハの春」へ。新たに共産党第一書記に就任したアレクサンドル・ドゥプチェクは自由を語り、「人間の顔をした社会主義」を訴える。その市民(社会)の自由化、民主化を先導したのがチェコスロバキア放送のミラン・ヴァイナーと彼を支えるラジオ局員の仲間たちであった。そこに学生運動に投じる弟を人質にされ、スパイとして局に送り込まれたトマーシュ。トマーシュは局のヴァイナーらがスクープした内部情報テープのありかを当局に伝える。やがて、市民の民主化運動に危機感を抱いたソヴィエトはワルシャワ条約機構軍とともに、プラハへの侵攻を進める。いち早くその情報を得たトマーシュとラジオ局のメンバーは、回線を操り、ギリギリまで市民に声を届ける。

実は、トマーシュは架空の人物だが、ヴァイナー以下ラジオ局のメンバーは実在の人物である。アフリカなど諸外国への駐在経験も多いヴェラ・シュトヴィッツコヴァー。映画ではトマーシュといい中になるが、史実では最後までラジオでソ連・ワルシャワ軍の首都侵攻とそれに抗する市民の動きと犠牲を伝えた。ヴェラ以外にも、ヴァイナーの信念である「裏を取り、事実を伝える」に共感した記者たちがいたが、「プラハの春」後、その多くは記者職を追われたり、冷遇の日々を送った。しかし、雌伏20年を経て、民主化されたチェコで新政府の要職に就いた者もいる。諦めてはいけないのだ。

現代はSNSの時代。真偽不確かであろうと一人の呟きが瞬く間に拡がり、増幅されてゆく。その効果が分かっているから、明確に違法、誤りの内容であっても犬笛を吹くやからも出てくる。ラジオしか速報性のなかった時代でも、嘘偽りを流す人間はいたかもしれないが、その真偽を確認したり、それが訴える方向性に同調するかどうかは、例えば同僚や家族など近しい人に確かめてから行動する余裕や疑念もあったのではないだろうか。同時に、音声からの情報しかないからこそ、それに煽られ、全体主義へと突き進んだ例はナチスのドイツや大日本帝国を出すまでもない。

しかし、メディアからの呼びかけは、時に希望である。自分が思っていたこと、感じていたが、はっきりと正確に言ってくれるボイスもまたメディアが作ってくれることがある。犬笛ではなく。その時、メディアはジャーナリズムとなる。

この国では「安倍一強」以後、ジャーナリズムが弱くなったと言われて久しい。そして2025年の参議院選挙などを示すまでもなく、排外主義、差別感情を煽るSNSは拡がりこそあれ、寛容や冷静を訴える声は弱いよう見える。しかし、事実を伝える声と、それを支持する聴く側がいる限り民主主義は終わらない。「プラハの春」の季節は春だけではなかったと思いたい。(「プラハの春 不屈のラジオ報道」2024 チェコ、スロバキア)