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kenroが見た、行った、読んだもんをつらつら書き。美術展、映画、本、旅行など。

歴史における「加害者」「被害者」の二分法には違和感があった。もちろん個々人のレベルでは、何ら政治的判断、権力を持たない子どもが空爆で一瞬にして殺されるような場合、被害者には違いない。そうではなくて国民国家を形成する「国民」であるとか、ディアスポラを経験した「民族」であるとか、差別・低位の対象となる「人種」であるとか、人間をある」カテゴリーの塊として捉えた場合のことである。

著者は、〈犠牲者の歴史政治学〉の観点から、〈加害者−能動的犠牲者−受動的犠牲者〉の概念を唱える。「能動的犠牲者」とは、例えば国家のために戦死する兵士であり、「受動的犠牲者」とはそうではない空襲の被害者などを指す。ところで、連合軍によって苛烈なドレスデン空爆を受けたドイツ国民は、「受動的犠牲者」と言えるが、同時にホロコーストを支持、遂行したという意味では「加害者」であった。また、広島・長崎の原爆「被害者」も、アジア・太平洋に侵略した皇軍を銃後で支えた「加害者」でもあった。かように上記の「国民」「民族」「人種」などの塊はもちろんのこと、人は歴史的に多面性を生きざるを得ない。これは同時に加害性を免罪する相対化のための、床屋、あるいは居酒屋談義ではない。

著者は、ナチ時代のドイツにおける犠牲者の戦時中、あるいは戦後のその表象が時代によって変化する様を追うことにより、二分法によるその一面的理解に疑義を挟む。それは、ナチ時代の代表的な抵抗運動とされる「ヒトラー暗殺未遂事件『七月二十日の男たち』」、「白バラ」、「ヒトラー爆殺計画の単独犯 G・エルザー」、「反ナチ亡命者」をそれぞれ取り上げ、その事件当時の捉え方と、戦後のそれぞれの評価が変化していったことを解明することにより、ヒーロー視しかねない(と考えてしまう)安易さと、その政治的力関係に射程を伸ばす。これらを著者は、旧西ドイツでの政治環境、映像・報道・出版などのメディア、市民行動に限定して分析するが、冷戦時代の西ドイツが強固な反共政策のもと、例えば東側に与した反ナチ亡命者には冷淡な評価であったことなども明らかにする。

そして、いわばバイアスから逃れにくい「犠牲者」の確定や分断に画期をもたらした一つに1993年の映画「シンドラーのリスト」をあげる。映画全体の評価ではなく、シンドラーが決して聖人君主などでなく、金儲けのために安くユダヤ人を雇い、その権益を守るために結果的にユダヤ人を救った彼が、良心に目覚め始めた時にはすでに遅かった光景を描いているからだ。いわばどちらかではない生身の人間である。同時に、米保守団体に名を連ねるT

・クルーズが「七月二十日」事件の主人公を演じた「ワルキューレ」(2008)には、ホロコースト被害国(民)の間で不評だった例もあげる。

「(従軍慰安婦を象徴する=筆者注)《平和の少女像》」について「日本国民が訴えられ、日本人が『加害者国民』と非難されていると感じて」いて、「国民のプライドに関わる問題とされ、自虐的だと糾弾されている。」「このような見方のなかでは、女性に対する性暴力の問題はすでに視野から消えている。」(195頁)。さらに「『少女』は『無名戦没兵士』のように武器を持っておらず、加害者に対して暴力を行使できるほどの心身を備えていない。」のに「『少女』の視線を侮蔑的であると感じる人びとは、その姿に過敏なほどおびえている。」「『少女』が畏れられているのは、その犠牲が能動的であるからではなく、まさに受動的だからである。『少女』像に怒りを感じる者たちは彼女の受動性とその威力にビビっている」のである(196頁)。

多言は不要であろう。〈能動的犠牲者〉と〈受動的犠牲者〉を一括りにして〈加害者〉と対置すること、そしてグループや個人のグラデーションを無視する単純化への戒めを本書から読み取った。(『ナチ時代のドイツ国民も「犠牲者」だったのか 犠牲者の歴史政治学』白水社 2025)