このブログでも「戦争PTSD」にまつわる著作や映画を紹介してきた(「戦争トラウマ」の解明は、「反戦」につながる(黒井秋夫)『戦争トラウマを生きる』、「戦争は「被害」だけではない。家族内に「加害」をもたらす 「父と家族とわたしのこと」」)。そもそも日本で戦争トラウマの実態を被害者(戦場の市民や家族にとっては加害者)の存在と、遺族同士のつながりの場の設定、その補償のための運動を始めた黒井秋夫さんの契機こそアレン・ネルソンその人である。
ネルソンさんは1965年、若干18歳で海兵隊に入隊。沖縄での訓練の後、1ヶ月後にはベトナムへ送られた。沖縄の訓練で叩き込まれたのは3つだけ。「何も考えるな」「絶対服従」「殺せ」。まず沖縄、娼館でもタクシーでも踏み倒しはあたり前。払ってくださいと懇願する運転手は半殺しにする。沖縄の人は「人間」ではないからできる所業だ。ベトナム人は「グークス(野蛮な東洋人という差別語)」。だから、殺してもなんとも思わない。最初は数えていたが、もう何人殺したか分からない。「ベトコン」だろうが、普通の農民だろうが、女性、こども、老人。死体を積み上げて数える、「戦果」の記録のためだ。しかしある時、逃げ込んだ防空壕の中で現地女性の出産に遭遇、赤子を抱き上げたネルソンは何か変わっていく。現地住民と友好的に接しようとするが甘くはなかった。ちょうど防空壕の経験の前に捕らえた「ベトコン」が、英語で叫んだのだ。「私たちは自由のために戦っている。あなたたち黒人は自由がない。アメリカで戦ってください」と。そう、危険な前戦の部隊には自分と同じような貧しい黒人ばかりと気づいていたのだ。
除隊したネルソンは家族に暴力を振るい、23歳でホームレスに。幼馴染の同級生から「戦争の経験を学校で話して」。戦争一般の当たり障りのない話をしていたネルソンに子どもが訊く、「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」長い時間が経った。「イエス」。その後、結婚もしたネルソンは、カウンセリングを受けるが、ダニエルズ医師は必ず質問する。「なぜ人を殺したのか?」何度も、何度も。「戦争だから」「命令だから」「殺さないと自分が殺されるから」。でも質問を続けるダニエルズにネルソンは叫ぶ。「殺したかったからだ!」
ベトナム戦争の経験を語り出したネルソンは、来日も重ね、沖縄、そしてベトナムでも講演する。なにかに憑かれたかのように。戦場で、無差別殺人マシーンであったネルソンを責める者はいない。そのような人間を作り出す戦争の実態、それを欲する国家政策と、ネルソンさんら黒人を使い捨てにする差別構造を、誰しも分かっているのだ。戦争トラウマが大々的に明らかになり、その対応にスポットが当たり出したのがベトナム戦争と言われる。上述の黒井秋夫さんの父親も戦争トラウマの被害者だが、日中・太平洋戦争期、皇軍にそのような軟弱な者は存在しないことになっていたのだ。なんと愚かな。
ネルソンさんは枯葉剤の影響で2009年3月、61歳で亡くなる。もう日中・太平洋戦争の従軍経験のある人はほとんどいない。やがてベトナム戦争経験者もいなくなってしまうだろう。悲しいかな、日本と違い、戦争を「国是」としているかに見えるアメリカは、その後アフガニスタン、イラクなどの侵攻により新たな戦争PTSDの被害者を生み出し続けている。トランプ政権は他国への侵攻、指導者の拘束や殺害に何の躊躇もない。そして、トランプに媚びあげる高市早苗首相は、軍事費を増大し、「専守防衛」の国に「敵基地攻撃」「先制攻撃」武器を配備しまくる。「新型軍国主義」は誤解でも何でもない。
「野火」で戦場のリアルを克明に描いた塚本晋也監督は、本作でも、酸鼻極める戦地の模様を見る者に突きつけた。ウクライナやガザなど現代の戦争は、遠隔操作のドローンでドカンだから、「加害者」意識は希薄とも言われる。そんなことはない。ドカンの下に腹わたが出、手足のちぎれた数多の人の存在を知れば、想像すれば、「人間」ではいられなくなるはずだ。そう信じたい。(「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」監督・脚本・撮影・編集 塚本晋也 2026)
