「皇室ジャーナリスト」を名乗る人が少なからず存在する。それらの人はもちろん現在の皇室の存在や天皇制に賛成であり、敬意を持っているので、「雅子様」(現皇后)のように尊称を怠らない。しかし原武史さんは、天皇や皇室そのものが研究対象なので尊称はつけない。さらに「天皇制というシステムは男性より女性の方により多くの負担を生じさせる。ある種の性差別のシステムに他ならない」から「天皇制に反対」と明言する(187頁)。言うまでもなく原さんは、近代天皇制・皇室史の第一人者である。数多い著書の中で原さんはつとに昭和天皇の母親、大正天皇の妃である貞明皇太后の昭和天皇に対する影響力と、その関係において太平洋戦争終結に至る日本の戦争史を紐解く。同時に、皇太子時代から美智子妃とともに被災地などに出かけて、ひざまずいて一人ひとりに声をかけるスタイルを確立した平成天皇・皇后によって国民の皇室への見方が変化していった点を指摘する。ただ原さんによるとこのスタイルを始めたのは美智子妃の方らしい。
「問答」の相手は小説に天皇や皇室をよく登場させる作家の奥泉光さんである。基本的に奥泉さんが問い、原さんが答えるという形式であるが、そこは天皇(制)に知悉した二人である。前提となる数々の歴史的事象、事実がいわばデフォルトで、縦横無尽に語られる。その中には、天皇の顕教・密教的性格であるとか(久野収)、大正天皇の後継息子である4名(長男が昭和の裕仁天皇)の確執であるとか、本当に面白い。貞明皇太后が長男の昭和天皇より、秩父宮を溺愛していたことなどは原さんの過去の著作においても触れられるが、軍人であり、軍部から人気の高かった高松宮を昭和天皇は警戒していたとかスリリングな挿話も展開する。
そして、問答で、明治期に天皇が神格化されていく過程とそれが必ずしも順風満帆ではなかったこと、合理主義者であり、「変わり者」であった大正天皇はその「近代的」な振る舞いにも関わらず、病身で治世の3分の一は摂政となった裕仁が担っていたこと。あるいは、「大正デモクラシー」期、労働運動など社会運動が盛んになった時期であるからこそ、天皇を中心とした国家統制が進み、また、昭和期に「神権」天皇制が完成していく様などが語られる。そこには中間層が大きな役割を果たしたことも。そして、戦後。天皇の名の下に酷い経験を重ねたはずの中間層が、各地を行幸する天皇を拍車喝采、提灯行列で歓待した不思議さも明かされる。心の外にあったはずの天皇(制)がもう人々の心の内に根ざしていたのである。
「神」であった昭和天皇から、最初から「人」である平成天皇に変わり、天皇は国民一人ひとりと向き合うことなった。上述のひざまずいて語る天皇・皇后像である。そして戦後生まれの令和の天皇に至っては、歴史を専攻し、妻は外交官である。2025年の参院選で大きく議席を増やした参政党が、戦前の家制度や明治憲法下の天皇(制)復活を志向するが、それを一番迷惑に思っているのは令和の徳仁天皇ではあるまいか。
国民の天皇に対する距離感を知る名著としてノーマ・フィールド『天皇の逝く国で[増補版]』(2011 みすず書房)もあげておきたい。ちょうど昭和天皇の「下血」騒ぎから改元までを日本にいて経験した著者の鋭い観察は、少なくない日本人が天皇を内面化している様相を外面化、客観化する手助けになるだろう。(『天皇問答』2025 河出新書)

