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ヨーロッパの片隅で

シリアスな話題から下ネタまで、ただ思いついたことを書いていきます。

こちらは今、2日の朝8時です。まだ真っ暗ですが、元旦の夜はずっとYou Tubeを見て過ごしました。


 ぜんぜん勉強していません。やばいです。でもまあ、元旦ぐらいいいか。


You Tubeでは、今年の紅白のドリカム浜崎OZMAを見ました。


それから「1リットルの涙」というのは全部見ました。たぶん、全部で10時間ぐらい見ていたと思います。


 1リットルの涙は難病の美少女という古典的な悲劇でしたが、ジャパニーズワールドに完全に浸ることができました。主演の沢尻エリカもよかったです。


 薬師丸ひろ子はもうお母さん役の年齢になったんですね。彼女のお母さん役もはまってました。


 そろそろ眠くなってくる頃だと思いますが、少しは勉強します。

あけましておめでとうございます。


本年もよろしくお願いいたします。


こちら欧州も遅ればせながら先ほど新年を迎えました。


新年はきれいな体で迎えようと思い、年越しはバスタブで迎えました。長風呂していたら、いつのまにか年を越してしまっていました。


それからさっき、年越しそば代わりにインスタントラーメンを食べました。


こっちのインスタントラーメンって麺が少ないんですよね。だから、英語ではラーメンのことヌードルスープって言うのでしょうか。


スープという言葉があとに来るっていうことは、スープがメインという考えなんだと思います。


日本人的には麺が主役だと思うのですが。確かにラーメンのよしあしの決め手はスープにあるとは思うのですが、やはり頭では分かっていても、実際はスープは脇役、麺をおいしく食べるための味付け程度の位置づけなんですよね。僕はラーメンを食べる時、スープも全て飲むタイプなのですが、スープは残すという人が大半だと思います。


中国でも、留学中よく大学の近くで「牛肉面(ニューローメン)」を食べました。おいしかったです。当時、かなりの量があって、10円ぐらいでした。


中国もやっぱりスープじゃなくて、麺が主役っていう感じでした。や~、ほんとおいしかった。また食べたくなってきた。


西洋はスープの地位が高いと思います。スープとパンだけっていう食事も、寂しいですがよくあります。僕はスープとパンだけでも結構満足です。


昔、「フランダースの犬」を見ているとき、わずかに肉の付いた骨を煮て作っていたスープがあったのですが、内容の趣旨では貧しい食事と言うことだと思うのですが、僕はおいしそうでほしかったです。


関係ありませんが、僕、幼稚園は私立に行ったのですが、そこの入学試験(親子面接)で、先生がパンを見せて、「これはな~に?」って、僕に聞いたとき、僕は「食べたい」って答えたそうです。でも合格しました。


さて、日本ではみなさんはおせち料理を食べるんでしょうね。僕は、おせち料理どころか蓄えの食糧がなくなってきました。今日は店やってないでしょうから、明日までがまんです。


それでは。

 さっき、スウェーデン人の女の子の学友からメールで勉強のこと質問されたのですが、それがすごいんですよ。


僕だったら、たとえいろいろ聞きたいことがあっても、相手のことを考えて、一つか二つ、多くて3つぐらいに質問を絞ると思うのですが、彼女の質問は20問ぐらいありました。しかも全部難問ばっかり。


最初は考えてあげようかなあと思ったけど、見ていてやる気をなくしました自分の勉強に専念します。


人の気持ちってそんなもんですよね。20問も答えられるわけないし、20問中2,3問しか答えられなかったら、あまり感謝されそうにないし、そしたら「もう助けんとこ」って思ってしまった。自分の勉強します。


でも、頼られるということ自体は悪い気はしないのですが、相手が答えやすいように質問の仕方を考えろよって言いたい。

今年の1月2日に初めてブログを書いて、もうすぐ丸一年になります。最初はこんなに続くとは思いませんでしたが、何となく書いているうちに続きました。


しかも最近はジャンル別で100位以内も常連になって、もう立派なブロガーと言えるでしょうか?


 昨日も書きましたが、検索語句では「ヌーディストビーチ、勃起」というのでここに辿り着いている方々が多いのですが、でもその数は日に2,3人で、ほとんどの方はお気に入りとかブックマークからここに来てらっしゃいます。ありがとうございます。


  訪問者数と書いている内容との関係を考えると、やっぱり「試験で悪戦苦闘している」ことを書いている時に訪問される方が多いようです。


 書いている内容を見てから訪問するわけではないので、不思議だとは思いますが、そういう関係になっています。


 逆に力作であっても、時事ネタとか一般的なことを書いた場合は訪問者数が少ないようです。


やっぱりブログを見る人って「現在、リアルタイムで起こっているハラハラドキドキ」がお好きなようです。


そりゃそうですよね。もう完了してしまったことより、その過程でのドタバタが面白いですよね。僕も読者として、そう思います。


例えば、「ヨーロッパでお嫁さんになるぞzzzzzzz」って人がいて、その人がもうヨーロッパで結婚してしまって、その生活を書いているよりも、「その結婚にいたる過程、結婚できるのか、どうなのか!?」っていう不安定な状態の話の方がずっと面白いですよね。


 まあ、結婚後の幸せな生活を書くのでも、もちろんいいわけですけど。


そういう意味で、僕が勉強に悪戦苦闘しているのは、結構おもしろいんでしょうね。だって僕自身でさえ、これからどうなるかわからないぐらいなんですから。不安定きわまりありません。


まあ、まとまりはありませんが、これを本ブログ一年記念の言葉としたいと思います。


これからもよろしくお願いいたします。

みなさんが、どんな言葉を検索してこのブログに辿り着いているのか、見てみた。


ヌーディストビーチで勃起」がいつもトップの検索語句だった。


私、ヌーディストビーチの記事なんて、だ~いぶん前に一回書いただけなのに、未だに検索語句トップ


もう少なくても100人以上の方々が「ヌーディストビーチで勃起」で私のこのブログに辿り着いているはずだ。


ひょっとして、私、その世界では「ヌーディスト勃起男」として有名なのではないだろうか?!


光栄です

西洋人の女性って、自己主張強いなあ。


今、スウェーデン人の学友から、ある講義の日程を決める相談があったのですが、


彼女、「私はこの日は、~だからだめ。この日は、~だからだめ。あなたはどの日がいい。」って、「そしたら2日ぐらいしか残ってないやんけ。」って、つっこみたくなる。


日本人だったら、みんなで日程など決めるとき、自分の都合も言うことはいうけど、ちょっと申し訳ないみたいな気持ちがあるんだけど、西洋人は、そういう気持ちは一切ないと思う。


合理主義だ。利己主義だ。でも相談してくれるだけインド人よりはましだけど。

前回、朝の5時半にブログを書いてから、3時間ほどで最後のレポートを仕上げてしまい。一時間半ほど寝てから、大学にレポートを提出してきた。運よく先生がいた。これも運よく、突き返されないで受け取ってもらえた


これで年始は気持ちよく迎えられる。でも、今日なんどか友達や先生に「よいお年を」と英語で言いたかったのけど、なんていっていいのか分からないので、「ハッピーニューイヤー」って言っておいた。やっぱりおかしいかなあ。


それから、またステーキを買ってしまった。それにアルコールも買った。まあ、新年だから、牛さん許してね。

今は朝の5時半レポートギリギリ間に合うかどうかきわどいところです。でも、どっちにしろ今日、絶対提出します。


できなかったら、ごまかして完成させます。ダメ出しされて返ってきたら、またやり直します。それよりも提出期限を重視します。


それに年末年始別の科目の試験勉強をしたいので、このレポートはこのクリスマス休みで終わりたいです。


ところで、僕はこのクリスマス休み家にこもってレポートを書きつつ、休息していたのですが、非常にまずいことをしてしまったかもしれません。


学友の彼女にメールの一つも出しませんでした


ヨーロッパではクリスマスって、すごく重要なんですよね。それなのに付き合っているつもりの彼からなんの連絡もないって、ひょっとしたらかなり異常なことだったかもしれません。


やばいです。さっき、彼女から変なわけの分からないメールが送られてきました


でも、僕にも言い分はあります。クリスマスの1週間ぐらい前にメールを送ったのですが返事がありませんでした。彼女、自宅でメールができないので返事が遅いんです。


だからメールを送るモチベーションも落ちているんです。それに返事がないから、クリスマスは別の彼氏と過ごしているんだろうと勝手に解釈していました。


でも、もし僕しか彼氏がいないとすると、その彼氏からクリスマスになんの連絡もないなんて、かなり悲劇ですよね。


どうしよう、まずいなあ。



このクリスマス休みはずっとレポートを書いていました。


もうすぐ仕上がります。いや仕上げます。明日3本とも提出したいです。


でも提出期限が今年中というあいまいなものだったのですが、果たして明日先生がいるのでしょうか


でもとりあえず、明日提出しに行きます。


 

 先日、漫才師のカンニングの人が亡くなったけど、相方の人は偉いなあと思う。


自分はほんま、自分のことしか考えてないし、自分のことで精一杯です。今、自分の家族や友達が大変なことになっても何もしてあげられないと思います。


まあ、ほんとに無力で何もしてあげられないのだったらまだわかりますけど、僕の場合はやろうと思えばできるのに、意識的に何もしないのかもしれません。


あ~、やっかいなことになったなあ。」と思うだけで、その人にことを真剣に考えられないかもしれません。自分の都合ばっかり考えるかも。


いつになったら人間的に成長できるのか

僕には変な癖があります。


それはひげを抜くことです。自分のあごのひげを抜くことです。


この癖はたぶん二十歳前からのものだったと思います。


僕は日本人としては、ひげは濃いほうだと思います。印度人やアラブ人と比べたらかわいいものですが。


日本で散髪屋で一度、理髪師のおっさんに「今日、一番濃かったわ」って言われた。たぶん、そのとき髭剃りのために血みどろになったのでいい訳も含まれていたと思いますが。その理髪師、しつこく同じところを何回も剃るんですから。


まあ、それはおいといて、癖の話に戻ります。


僕は、特に精神的に安定しない時、不安やいらいらがあるときに、無意識にひげを抜くようです。(ひげを抜いていることはもちろん認識していますけど)


その時、特に太いひげが抜けたら、達成感があります。なにか自分の体から悪いものが取れたみたいな。


ひげ抜きは家のなかだけでなく、外にいる時もやってしまいます。集中してやった時なんか、そのあたり一円玉大にあごがつるつるになってしまいます。


僕はひげを生やしているわけではないのですが、一日も経てば少しひげが出てきます。


ところでなぜ僕は、こんな癖がついたのでしょうか?


ひとつは、小さいときに母親に脇の毛を抜かされていたからかもしれません。


毛の根が薄い皮膚を通して見えているのですが、抜くと根っからすべて取れるので快感を覚えました。


でも普通女性って今は脇は剃るんですよね。抜くなんて痛いですよね。それに小さい子供にそんなことをさせるのは子供の精神に想像もつかない影響を与えるのでやめておいたほうがいいです。


この癖、僕、日本の大学時代に学友に「俺、ひげを抜くの癖になっちゃたよ。」って言ったら、その友人も何年か後に同じ癖になってました。関係ありませんが、その友人卒業後、亡くなったのですがいいやつだっただけに残念です。


今まで大学時代の同級生が2人亡くなったのですが、二人ともいいやつでした。いいやつほど亡くなるんですね。死んだほうがいいんじゃないかって思う、腐った奴ほどしぶといです。


こういう癖をもっているのですが、役に立ったこともあります。アフリカで診療している時、犬の金玉に蛆虫がたくさんもぐり込んでいるという疾患があったのですが、ピンセットでみごとに全部取り出しました。初めて遭遇する疾患だったのですが、みごとに治しました。それを取り出している時は、ある意味気持ちよかったです。でもそれ自体は気持ち悪いですけど、今でも思い出したら、寒いぼがでてきます。


みなさんも変わった癖もってませんか?(相沢紗世風ですが、内容はえぐいですね。)