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ヨーロッパの片隅で

シリアスな話題から下ネタまで、ただ思いついたことを書いていきます。

今日は朝からアパートお湯が出ない。でもアフリカでの生活経験のある私には何の問題もない


金属製のバケツをコンロにかけてお湯を作って行水した。全く普通です。アフリカでは毎日そうしてましたから。


引越しについていろいろ考えたのですが、結局、以前居た寮に入ることにしました。


今のアパートを見つけた不動産屋のサイトでいろいろ物件を見てみたのですが、かなり高い物件しかありませんでした。


それに来学期が終わったら、こちらを全て引き払って一度日本に帰ろうかなと考えています。そしたら、あと4,5ヶ月の辛抱だから、寮でもいいかなあと考えました。


アパートでも家具が付いていないところだと安めなのですが、あと4,5ヶ月しかいないのに家具を買うのももったいないし、家具付きのアパートは割高だし。


それで、先日学部から発行してもらった手紙を持って、寮の管理人のところに行こうと思って、さっき電話したのですが、その手紙だと不十分で、まずその手紙をもって、寮を管理している大学の事務所に行かないといけないそうです。そして、そこで証明書を発行してもらって、寮に来いということでした。


前聞いた時は、学部から手紙を発行してもらって、その手紙を持って来いと言ったくせに変わってました。


まあ、どういうことが起こるかはわかりませんが、スムーズに物事は進まないということは予測してましたけど。


でも、寮のおばさんは、学部の姉ちゃんみたいにむかつかせてくれないからまだいい。


何とか寮に入ります。寮は共同生活で大変だけど、その分安いので浮いたお金でストレス発散します。


それから、この休みはロシア語をブラッシュアップします。英語はもういいです。


英語はもう話せるし、うまく話せるようになるのは自分で勉強してもどうしようもないです。アメリカとかに住まないと。


それより、ロシア語を勉強することによって、さらに1億人ぐらいの人とコミュニケーションが取れるようになると考えると、ロシア語の勉強の方が今は意義があるかなあと考えました。というか、実は不純な動機が深層心理にあるかもしれません。まあ、言わないでも気づいている人は気づいていると思いますけど。


それから、雑誌に投稿する原稿を書かないといけない。こちらは今までの大学のレポートと違い、お金がもらえますからね。でもその分、大学のレポートとはまた違うプレッシャーがありますけど。2万円ですからね。がんばります。


昨日書いたダイエットの記事200円くれるそうなんですが、さすが安いだけ合って10分で書けました。でも僕がダイエットの記事って、ちょっと無理があったかな。


まあいいか。


広州で付き合っていた元カノエステティシャン だった。


結構、いいホテルエステで働いていた。ジャッキーチェンもよく来ると言ってた。


彼女の給料は4万円ぐらい。物価が日本の10分の1の広州では高給取りだった。だからいつもおごってもらっていた。


広州では僕もエステにたまに行った。でもそんな高級なところでなくて、散髪屋って感じのところ、いつも洗髪だけしてもらいに行ってた。気持ちよかった。たまにフェイシャルもしてもらった。これはちょっと高かった。


その僕の彼女は 1年制のエステスクール で学んだと言ってた。高校は出てなかったが、25歳でその店のチーフだった。


彼女、僕と知り合ってから、定時制の高校に行きだした。そして卒業した。


いろいろあったけど、彼女は今までで最高の彼女だった。





「※BloMotion・キャンペーン参加記事」

僕が今までダイエット したのは、前にも書いたと思いますが、大学を卒業して働き始めた時、25歳ぐらいのときです。


動物病院で研修医として働き始めたのですが、結構大変だったのですが、やっぱり食べている割に運動量は少なかったのでしょうね。


だんだんと今まで入っていたジーンズが腰のところが締まらなくなってきてしまいました。僕、学生の時はすごく腰が細かったんです。27のジーンズでも入りました。だから長さもすそ上げなしで履けたんです。でも今は太いサイズのジーンズだから長さも長いので裾あげは必要になりました。これは痩身 しないとジーンズがもったいないと思ってがんばりました。


さてダイエット ですが、僕は夜の食事を抜きました。最初は夜の食事量を減らしたのですが、それで体重増加は止まりましたが、減少にまでは至らなかったので、仕方なく夕食をなしにしました。


しかし、朝と昼はちゃんと食べました。そうじゃないと仕事の質にかかわりますから。


でも、夜は自分との戦いでした。かなり辛いですね。減量って。がまんできないときは、水を飲んだり、アメを一個だけ食べました。


減量の甲斐あって、それからは一日500グラムずつ体重が減ってきました。


なんとかそれで、また昔のジーンズが履けるようになりました。


大変だったです。でも今は、いろいろあっていいですね。

ミスパリ ダイエットセンターとか。

ダイエット も楽になったんじゃないですか。







※BloMotion・キャンペーン参加記事

ブログでブームはブロモーション

ルー語変換(ここ )ができるサイトがあったので使ってみる。


ここのアンケートで「ミスアンダスタンディングしてたこと」っていうのがあったんだけど、こっちにライトゥすることにした。

小学校の時、アテンダンスの途中にイチジクの木があって、イチジクがおいしそうだった。そのそばに畑があって、畑になぜかエニマの使い捨てが捨ててあった。しょっちゅうセベラルのエニマが落ちていた。小学生の僕は、それがイチジクエニマだとずっと思っていた。

柳の枝に猫がいたので、それを「ねこ柳」だと思っていたバカボンのパパのレベルですね。



やっぱり、なんか訳がわからない文章ですね。ルー大柴って、変ですね。


でも嫌いじゃないですけど。

昨日から3週間の冬休みに突入、昨日、今日と試験の間違えなおししてました。


 ゆっくり勉強できるっていいですねえ。


試験も高評価をもらって締めくくって、すべて順調という感じですが、実は数日前にリトアニアの彼女に振られました。


 ネットでチャットをしていたのですが、もう終わりだそうです。


僕は試験勉強をしていたので、その時は対応できなかったのですが、昨日、落ち着いて確認したらやっぱり冗談ではなかったようです。


僕、何も悪いことしてないのになあ。でも、最近、クリスマスや彼女の誕生日があったのですが、僕、何もしなかったしなあ。何もしない”悪”もあるんですね。


しかたないです。それにしても、西洋人は未だに理解できません最初は申し訳なさそうに、別れを告げてきたのに。僕が「そう。それは残念だけど、仕方ないね。」って、反応がいまいちだったからか、最後には「豚呼ばわり」してきました。


やっぱり心は大阪の女が一番いいなあ。その次は広州。中国でも北の方はちょっと冷たい東京の女もちょっと理解できないときがある。


まあ、これも勉強。精進します。

2日振りにここに来ました。勉強してました。


今日、今学期、最後にして最大の試験を受けてきました。


金曜の夜から、ちょっと危機感を感じたので、必殺業の「しない戦法」でネット禁止にして勉強してました。かなり勉強できました


この戦法を使うのが1日ぐらい遅かったかなと初めは思いましたが、ちょうどよかったです。これ以上したら、ぶっ倒れます


それから今朝は、「試験前夜1時間睡眠戦法」も使いました。実際は、30分ぐらいしか寝れませんでしたけど。


 今日は、筆記試験、3つの課題があり、一つにつき、2ページ書きました。そして、それを元に先生に口頭で説明するという試験。


 今日は運もよかったです。いつもの「いくらよくできても”7”しかくれない教授」がお休みで、変わりに講師か助教授の先生が試験官でした。


 3つの課題が書かれた紙を自分でおみくじみたいに引いて問題を決めるのですが、その問題をひいた時は、まずいと思いました。一つは簡単すぎて、あとの2つはつかみどころのない、まとめにくそうな問題でした。


 でも、諦めずに最後までやりました。3問めの問題を書いているときは、難しすぎて、ぶっ倒れそうになりました。今日は、気力が体力を上回っていましたもし、ぶっ倒れても、目をかっと開いたままぶっ倒れてたと思います。


 でも何とか倒れずに最後まで答えを書きました。


僕がまだ問題をしている時に、学友が口答試験を受けてました。いつもは、一番下の成績を取る学生が、”8”をもらってました。


 この先生は、評価が甘いようです。でも、僕はその評価を聞いても、口答試験でいい評価をもらえる自信がなかったので、「あ~あ、俺は彼女以下の評価になるのか。」とちょっと寂しくなりました。


 でも、悪びれず、「やることはやった。”6”でも堂々と胸を張って帰ろう。」思ってました。


 口答試験でも悪びれず、できるだけはっきりと発音して答えました。


全部、答え終わったあと、その女性の先生と目が合い、お互いニコッと微笑み合いました。なんだったのでしょうか?


 そして、僕の評価は、なんと、

”をもらいました。


ラッキーでした。答え終わったあとも、これだったら”7”ぐらいかなあと思ってました。””なんて、思いもしませんでした。


でも、実際の知識は、さっき”8”をもらった彼女よりもずっとあると思うので、彼女が”8”なら僕は”9”ぐらいでもいいと思うのですが、口答試験での主観評価で、まさか”9”をもらえるとは思いませんでした。


 ラッキーもありました。その先生、評価を考えている時、前回の小試験の結果を見てました。僕、前回の試験のこともここに書きましたが、意地でトップを取りました。


 実技試験で悪夢の”5”という評価をもらって落ち込んでいる時だったので、ここで折れてはいけないと思って、小試験でも本気で倒しに行って、トップを取っておきました。それが今回生きてきた感じです。


 折れないでがんばっておいてよかった。でも、いつもの教授がこの評価を見たら、良すぎるといって、書き換えられるかもしれない。でも、もし書き換えられても、再試験にはならないだろうからいいか。


今学期は、最初に”9”を取り、途中いろいろありましたが、最後にまた”9”で締めたという感じです。


初めと終わりがよければ、すべてよしです。


今日は、ゆっくり休みます。


休んだら、次は部屋探しです。

今日は、今年の初出勤してきました。でも今朝はほんとうに行こうかどうか迷いました。誰も来ないんじゃないかなと思ってたのですが、行ってみるとほとんどの学生が来てました


 この科目最後の講義でした。単位をもらいました。もうすでに試験は終わっていて、合格は分かっていたのですが、それでも実際に単位をもらってひと段落です。


 僕も今日は、まだまだ頭は正月休みでぼーとしてました。


来週試験があるので、そのためにも今日は休もうかなと思ったのですが、行ってよかったです。ちょっと目が覚めました。このまま家でだらだらしてても、あまり勉強ははかどらなかったと思います。


 今日は、僕だけでなく、他の学生もやはりぼーとしてました。僕はぼーとしているのと、頭の中がまだジャパニーズワールドでした。


電車に乗って景色を眺めていると、「一リットルの涙」の音楽とシーンが頭をよぎりました。


 「一リットルの涙」、まだ心に残っています。かなり良かったと思いますよ。日本でもかなり話題になったはずです。ストーリもよかったし、キャスティングも音楽もよかったです。


 キャスティングはほとんどよかったのですが、藤木直人だけ、キャスティングミスだと思いました。ちょっと浮いてました。主人公の主治医の役立ったのですが、クール過ぎる。やっていることは、告知の説得のために患者の家までおとずれたり、突然、モデルマウスを仕入れて、実験を始めたり、かなり情熱的なのですが、雰囲気がクール過ぎる。おかしかった。


 それでも、主人公の女の子が藤木直人扮する主治医に「私が死んだら、私の体を研究に使ってください。」というシーンは感動した。


 今自分が治療している若い患者に「私が死んだら・・・・」なんて言われるなんて、医者としてこれほど辛いことはない


 主人公は脊髄小脳変性症で、15才で発症して、25才で亡くなった。10年もの時間があったのに患者を救うことができないって、患者も辛いけど医者も辛いと思う。


 まあ、いいドラマだったので、まだ見ていない方はよかったら見て下さい。You Tubeで見れます。


 さて、気持ちもリフレッシュできたので、来週の試験に向けてがんばります。


 去年は、加藤茶といい、王監督といい、大変な病気になられたわけですが、お二人の病気について、西洋医学東洋医学を学んだ者として考えてみたいと思います。


まず加藤茶は、大動脈解離、これは心臓の近くの大きな血管の内側の膜がはがれていく病気です。心臓が裂けるぐらいの激痛だそうです。


 そして、加藤茶は人工血管に置換する手術を受けて、成功して退院されました。よかったです。


 王監督は胃がんが発見されて、胃の全摘手術を受けられました。


僕にとっては、どちらもひとごとではないです。心臓が痛くなる時もあるし、胃が痛くなる時もあるから、僕は心臓病予備軍でかつ胃がん予備軍だと思います。


さて、上の二つの病気、どちらが大変でしょうか?


加藤茶の場合は大変痛い思いをして、死亡する可能性もかなり高かったけど、手術成功で生還


これからの予後は、わかりませんが、この病気は西洋医学的に手術しないと生きられないので、西洋医学によって治療を受けて最善の処置を施されたと思います。これからも、今かかった病院に身をゆだねられるので、死んでも生きても、納得できます。


 次に王監督の胃全摘手術はどうだったでしょうか?


癌の治療は難しいです。未だに最善というのがわかりません。状況にもよりますが、胃全摘が最善かどうかもわかりません。むしろ抵抗力を落としてしまって、癌の進行が早くなるかもしれません。この治療はこれからもスタンダードが変わっていくと思います。


 悲しい現実ですが、胃を全摘した場合、術後長く生きる人は少ないです


 どちらも大変な病気ですが、僕は加藤茶のほうが運が良かったかなあと思いました。


 

明日、講義あんのかな。講義の日程をいつがいいか聞いてきた学友は聞くだけ聞いといて、結局いつになったか連絡してこない。早ければ明日からのはずなんだけど、わからない。


 来週、試験が終わって冬休みに入ったら、引越しをしないといけないけど、面倒だ。


 こっちの不動産屋の制度は日本と違う。不動産屋で部屋を見つけて、手数料として一か月分の家賃を不動産屋に払った。大家には、礼金も敷金も払う必要はなかった


 大学の寮に入る時は、保証金として2か月分の家賃を払った。でも出るとき返金してくれたけど、やっかいだった。部屋を引き払ってから、部屋を引き払ったとい証明書を寮の管理人に発行してもらって、大学のお金を扱っているところに申請して、1週間後に返金してくれた。そのときは部屋を替わっただけだからよかったけど、もし帰国する時とかどうするのだろう。寮に住んでいたら、寮を引き払ってから、1週間も待ってられない。もしホテルで1週間も待ってたら、ホテル代で保証金代ぐらい使ってしまう。訳分からん制度だ。


不動産屋のほうに話を戻すが、このアパートに引っ越してからは、その仲介してくれた不動産屋とは全く関係がなくなるようだ。毎月大家に直接家賃を払っている


 東京でアパートに住んだ時は、毎月の支払いも管理会社に払っていた。地元の不動産屋は部屋を紹介してくれるだけ、まず入居時にはこの国と同じように、その不動産屋に一か月分を払った。そして、管理会社がそれからは仲介する。


こっちにはその管理会社がないようだ。それはちょっとやっかいだった。毎月、大家が部屋に来るって、しかも中に入っていろいろ見るって、いやなものだ。日本のときの、毎月自動振込みがよかった


日本の大学のときは、大家の家の敷地内にアパートがあったので、大学から紹介されて、そのあとは毎月大家に直接家賃を払っていたので、今の状況に似ている。


 それから、今の一番の問題は出て行ってくれと言われることだ。これは、入る時、仲介の不動産屋からも言われていた。出るときは1ヶ月前に大家に言うように。それから、またその逆、(大家が1ヶ月前に出て行ってくれと言うこと)もあると言われた。でも、その時は、まさかそんなことはないだろうと思っていたが本当にあった。でも、2ヶ月前に言ってくれたから良心的なほうなのか。


 以前、この国に来た当時、大学の寮に住んでいる時、先に留学していた日本人アパートから寮に移ってきた。聞くところによると、アパートを改装するから出て行ってくれと言われたということだった。だからこの国ではアパートに住んでいて、出て行ってくれと言われることは、よくあることのようだ。


 一回、部屋を借りるのに不動産屋に一か月分払うので、そう頻繁に出て行ってくれと言われても困る。まあ、今回は入居して一年以上経っていたから、もしかしたら、出て行ってくれというのは、こっちでは普通のことなのかもしれない。


 以前、大阪でうちの親がマンションを誰か若い女性に貸していたとき、売りたくなったので、その借り主に頻繁に出て行ってくれって言ってた。嫌なおばちゃんと思われていたと思う。


やっぱり、個人から借りるって、いろいろ面倒だなあ。


これからまた部屋を探さないといけないけど、今回のように周りの住人におかしいのがいるところには行きたくない。でも実際の問題、住んでみないとわからないんですよね。そういうことは。


 東京でアパートを借りた時も、下の住人がうるさかった。あとから考えたら、そのアパートで空いている部屋からどれかを選ぶ時、そのうるさい部屋を中心として、そのうるさい部屋の周りの部屋だけが空いていたから、それに気づくべきだった。まだ隣を選ばなくてよかった。それに気づいていれば、その部屋から一番遠い、斜め上を選んだのに。


 でもほんと、今回もそうだけど、ちょっと安い部屋ってなんかありますね。気をつけないと。


 同じものをよりやすく買うという買い物はいいけれど、部屋とかは、安ければ、安い理由があるかもしれないので、安く借りれた、買えたと安易には喜べない。


難しい買い物だ。疲れた。

今日は、6日ぶりに外出した。外出と言っても、団地内の歩いて2分のスーパーに買い物に行っただけなのですが、


人間の感覚というのは、相対的なものだということを感じました。


いつも、1時間半かけて大学に通っているときは、近所のスーパーに行くことなんて、「出かける」という感覚はほとんどないのですが、今日は久しぶりに外出したせいか、いつもより遠く感じました。


 それから、いつもはスーパーで買い物をしていても、人の視線は感じないのですが、今日はいつもより感じました。対応もちょっと違っていました。


 たぶん、これは僕の気のせいではないと思います。部屋にこもって、日本の番組ばかり見ていたので、雰囲気も日本人化してしまっていたのだと思います。また僕自身が周りの状況を異質なものとして感じたのが雰囲気に出てしまったのかもしれません。


ほんと五日ぐらいで戻ってしまうんですよね。


バスに乗るときも、毎日乗っていると、車掌も僕の定期をチラッと見るだけなのですが、5日振りぐらいにバスに乗ると、僕の定期をじーと見ています。また、学割なので学生証の提示を求められることもあります。


 自分ではこちらになじんだつもりでも、5日で元に戻る。寂しいような、当たり前なような。


 まだ、こっちで生きていこうなんて考えてませんが、やっぱりかなり難しいんだろうなあ。


 今は、僕は留学生でいわば、お金を払っているお客さん


ほんとうにこっちの社会の一員になるのは、働いて、こっちの人からお金をもらうときだと思う。そんなことができるのか?


 また、逆に外国に長くいて、日本に帰った時も、僕の雰囲気がおかしいみたいです。


 大学生の時、中国ーモンゴルーソ連と1ヶ月半ぐらいかけて旅行したのですが、帰ってきたとき、しばらくして、あるところで、誰か女の子が「外人みたい」って言われました。


 1年間世界旅行をして帰ってきたときは、東京駅近くで警察官に職務質問されて、パキスタン人か?って言われた。


 確かにこちらが違和感を持っているときに相手も違和感を持つようだ。それは動物の本能なのだろう。犬に恐る恐る手を出すと相手も警戒するけど、普通にすっと手を出して頭をなでるとおとなしい。


人間も動物。感情の強い動物感覚は相対的なもの。ということを実感した。スーパーへの小トリップですた。