失われた30年の社会福祉施策の変遷の中で・・・
現代の社会福祉施策の推移を30年ほど過去に遡り振り返ってみます。
筆者が、社会福祉に携わろうと思い立ったのは、大学卒業を目前に控えた平成元年。
「花のバブル世代」最後といわれる世代で、その時代に、就職活動を棒に振って飛び込んだのがこの社会福祉の世界でした。
その当時は、「ゴールドプラン」、それに伴う「社会福祉関係八法改正」、「社会福祉士・介護福祉士の国家資格の法制化」が、まさに進められようとしていた時代でした。
その後、筆者は、東京都○○区の職員として2年間、その後、社団法人の職員として6年間、対象者への支援の現場で福祉の仕事に携わりました。
その間も、社会福祉学に学び、その後、社会福祉士の資格を得て、再び、現職の地方自治体の職員となったのは平成10年のころでした。
地方の小規模自治体の社会福祉担当職員として、当時、まさに始まろうとしている「社会福祉基礎構造改革」、「介護保険制度」などの政策の真っただ中を、地方自治体の社会福祉行政を運営するという立場から、これに関与し、その行く末を見届けてきました。
その後、郵政民営化を始めとする大規模な規制緩和政策、好景気の兆しが見え始めた中でのリーマンショック、政府の政権の交代、東日本大震災、長期のデフレ経済など、「失われた30年」ともいわれる暗い時代を、筆者は経験してきました。
そして、現在勤務する地方自治体への入庁から、四半世紀を経た今、時代は進み、国(ブログ内では、政府、各省庁のことを「国」と記すこととします。)においては、これまで、対象者の年齢や、属性別のいわゆる「タテ割り」や、国の示す政策を主軸にした「行政主導」による福祉サービスの提供体制を、生活圏域という小規模な地域の枠組みの中で、多種多様な主体が、互いに、連携・協働して、困難を抱える人々を支え合う、という「地域福祉」をベースとした体制強化にシフトしていくことを掲げました。
国は、『支援の「支え手」、「受け手」という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が「我が事」として参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えて「丸ごと」つながる』ことを目指す、という政策を掲げ、その政策の呼称を「地域共生社会の実現に向けた包括的支援体制」、または、「重層的支援体制」と名付けました。
その裏で、より一層、問題が深刻化していったのが、誰もが、容易く想像することのできたはずの、超少子化、人口減少という社会現象です。
さらに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルス感染症による世界的パンデミックと、ウクライナ・ロシア紛争、パレスチナ(ガザ自治区)・イスラエル紛争、そして、その最中の、円安、物価高騰、令和の米騒動というのが我が国の経済状況と、首相交代劇と総選挙の政治情勢です。
さらに、アメリカのトランプ政権が始めたイラン紛争、それに伴う新たなオイルショックとナフサ不足、そして、更なる物価高騰。
そして、わが国では、財源の見通しが立たない中進められようとしている、高市内閣による食料品にかかる消費税の1%への減税。
これら複数の経済的ファクターにより、または、それらが強いトリガーとなって、我が国の地方自治体間の経済的な格差、偏りは、過去に体験したことがない程に、強く感じさせられる状況となりました。
今後の少子化、人口減少という国家的課題は、ますます、加速化が進み、その深刻さの度合いを増していくことになります。
このような複雑に絡み合う経済社会の事情の対応として、国が、この数年間に行ってきたことは、「低所得者層への簡易な給付金」、「定額減税」、「光熱水費の上昇の抑制のための補助金等の支出」などの対症療法的な所得保障を繰り返すにとどまり、抜本的な経済対策が示されない状況が続きました。
少子化、人口減少に対しては、急ごしらえで「子ども家庭庁」という組織を発足させましたが、少子化、人口減少に歯止めをかけるには、遅きに失した感を残しています。
「次元の異なる少子化対策」という政策を進める財源確保に当たっては、議論の末、新たに、保険制度のスキームを一部取り入れた、「子ども・子育て支援金制度」を創設するという方向に舵を切り、令和6年6月に「子ども・子育て支援法」の一部改正が成立することとなりました。
筆者を含む、全国の地方自治体の福祉関連部署の職員は、このような国のドタバタ感に右往左往させられ、結果、国の指示に一方的に従わざるを得ませんでした。
公務員離れが進む今日、職員確保や、人材不足が深刻となっている中において、地方自治体は、国の施策方針に翻弄されるばかりで、本来、優先すべき地方自治体独自の社会課題への対応は、後回し、または、置き去りにされてきた感があります。
国が決めた政策を「ただ、こなすだけ」の、名ばかりの自治事務に対して、地方自治体の職員は、ただ、ただ、疲弊するばかりでした。
とくに、この数年間は、我が街の、社会福祉の課題に対する、根本的な対策や、新たな福祉ビジョンへのチャレンジなどは、「夢のまた夢と」感じさせるほどに、閉塞的な時代を経験しました。
地方自治体の福祉行政を預かる一人の地方公務員として、この間に感じてきた、この、「悔しさ」、「歯がゆさ」、「申し訳なさ」を、どうしても伝えたい、また、どうして、このような構造になってしまっているのか、ということを解き明かして、それを、内外に示したい、と思うようになったのです。
これが、ブログをアップする「五つの理由」の内の、二つ目の理由です。