修士論文執筆から二十数年を経て
20数年ほど前の話になりますが、私は、当時、○○大学大学院に在籍し、の「福祉マネジメント」の修士課程を履修しており、その課程の修了のため必須となっていた「修士論文」の執筆に、言葉どおり「必死の思い」で取り組んでいました。
その修士論文のテーマ(タイトル)は、「地方自治体における社会福祉経営に関する考察(Social welfare management of local government)-社会福祉経営研究の課題整理とともに-」です。
当時、その大学院には、「社会人1年コース」という過程があり、既に、社会人として働いている人にも、広く学びの機会が開かれていました。
当時は、「リカレント教育」と言われておりましたが、現代では、「リスキリング」という言葉が当てはまるかと思います。
ですが、18時から21時15分までの夜間2コマと土曜日に講義を受講して、通常は、2年かけて履修する修士課程の必要単位を、修士論文の作成も含めて、1年間で、すべて取得するという、かなりハードなカリキュラム編成のコースとなっていました。
当時、筆者は、○○県の○○市役所という地方自治体で、地方公務員として、介護保険制度の担当部署で勤務しておりました。
そのころは、地方公務員という職場に籍を置きながら、リカレントとして大学院に学ぶという先輩職員は、我が職場には過去におらず、もちろん、そのための制度なども十分に整ってはいない時代でした。
当時の職員課長からは、「学ぶのはいいが、学費は自費で、職場には迷惑が掛からないようにすること、許容できるのは夜間の課程限り、もちろん、職場を離れる時間は年次休暇(有給休暇)を取得し、その範囲内とすること」、という制約付きでした。
自宅から、大学院のある、東京都内のキャンパスまでは、片道2時間半と少し。
平日の受講日は、日中仕事を午後3時半までに切り上げて、時間単位で年次休暇を取得し、その後、急いで大学院に向かい、1日2コマの講義を受け、自宅に帰ってくる時間は、夜の11時半過ぎ。
同じころ、年子で生まれた1歳と2歳の女児2人の世話を、妻に任せっぱなしであったこともあり、妻からは愛想をつかされそうになりながら、いたたまれない想いを抱きながらの大学院への通学でした。
1年コースのため、修士論文は、入学の年の夏休み前には、プロットを立て、残りの約半年間で、完成にまで仕上げなければなりませんでした。
修士論文の査読審査が目前に迫る、1月から2月にかけては、毎晩、睡眠時間は4時間程度。
恩師である指導教授からは、「これでもか?」というほどに、何度も何度も、繰り返し文章の添削を受け、涙を浮かべながら、半ば「強迫的」に論文を執筆していました。
この時ほど、大学院への進学を後悔したことはありませんでした。
私の修士論文は、難産の末、締め切りギリギリで仕上がり、指導教授と、他の2人の副指導教授に提出し、その後の面接による審査を経てなんとか合格しました。
修士課程を修了した後は、しばらくの間、本業である地方公務員のかたわら、職場の許可を得て、○○大学の非常勤講師や、社会福祉士が学ぶ研修会等の講師なども務めていました。
しかしながら、本業である地方公務員としては、その後、「長」と名がつく役職となり、その職務上、兼業はさすがに厳しくなっていき、大学の非常勤講師の活動や、指導教授から推薦されて取組んできた共同研究、また、教科書等の共同の執筆などの活動は、公私のさまざまな事情もあり、その後、離れざるを得ない状況となりました。
そのころ、常勤の大学教員の職のお誘いなどもありましたが、当時、子育て世代の真っただ中にあった筆者にとっては、転職に伴う経済的な負担とリスクが余りにも大きく、アカデミックな世界、研究職としての道を閉ざすことを決断しました。
それからしばらくの間は、地方自治体における「社会福祉経営(マネジメント)」の実践を、自ら体現し、その、いくつもの「試み」から、理論を実証しないことには、その実践と理論との関係を検証することができない、という想いもあり(やや、言い訳がましい発言ですが…)、現場での、社会福祉経営(マネジメント)の実践を積み上げることに専念する、ということを自分に言い聞かせていました。
時は経過し、私の所属していた○○県の○○市役所では、市長選挙により首長が変わったこともあり、政局が大きく転換していきました。
そのころ、当時の副市長(筆者の元上司)の命により、新たな福祉課題への対策に向けた政策立案を担当する機会を得ることとなり、筆者はこれに夢中になりました。
そのときに、ふと、自身の著した前述の修士論文を、20数年ぶりに手に取って眺める機会があったのです。
当時の研究生活を送った若きころの様子が蘇り、自らの手で、簡易に製本したその論文に、懐かしさを覚えました。
論文は、本棚に放り投げられていたせいもあり、今では日に焼けて色褪せ、表紙も破れ、体裁はかなりひどいものとなっていましたが、改めてそのページを1枚ずつめくり、十数年ぶりに、その拙文を読み返してみました。
当時の筆者の政策立案の経験は非常に浅く、実践と理論とを結び付けるだけの実践事例が少なかったため、論文の出来としては、根拠づけも弱く、推察ばかりが目立つ非常に未熟なものでした。
しかし、その論文をよく読み返してみると、当時、思い描いていた、私のオリジナルの「社会福祉経営(マネジメント)」の基本的な理論の根幹の部分は、約20数年近くたった今もなお(色褪せてはおらず)、地方自治体の社会福祉政策の立案や、「社会福祉経営(マネジメント)」の実践において、かなりの部分において通用するものではないか、と感じさせられたのです。
そのころより、これを、本棚の中に埋もれさせておくのは非常に「もったいない」との想いとともに、まもなく役職定年を迎える年ともなりましたが、もう一度だけ、これを整理してみたい、という想いがこみ上げ、ブログを書くこととしました。
これが、ブログをアップする「五つの理由」の内の、一つ目の理由です。