[源氏物語] ゆかりの地説明板No.41 西三条第 (藤原良相邸跡) | コンデジ片手に出かけよう

コンデジ片手に出かけよう

私の旅の思い出を紹介します。


2024/1/7から放映開始した大河ドラマ『光る君へ』、それにあわせて2023年12月に源氏物語ゆかりの地説明板が7つ新設され、西三条第 (藤原良相邸跡)もそのひとつになります。


この場所ですが、京都市内の文化遺産をめぐるスタンプラリーアプリ「京都遺産めぐり」の源氏物語ゆかりの邸宅跡をめぐるのスタンプポイントの一つになっています。

 


この場所は元々は住宅展示場だったところを撤去して、佛教大学が2つ目の二条キャンパスの建設を進める中、発掘された遺跡。現在は駐車場(タイムズJR二条駅前第2)の道路に面した部分のフェンス一角に説明板が設置されています。
※写真はスタンプラリーアプリ「京都遺産めぐり」で紹介されているものになります。



源氏物語ゆかりの地説明板は、源氏物語ゆかりの地に、埋蔵文化財の発掘成果と源氏物語とのつながりについて解説するために設置されたもの。



また、2012年の発掘で平仮名が墨書された土器が発掘されたことは、9世紀後半の京洛での貴族階級における平仮名ないしは国風文化の広まりを示す貴重な発見であると2012年11月28日の新聞に書かれたみたいです。

 





<参考情報>
藤原良相は藤原北家・左大臣藤原冬嗣の五男。摂政となった良房の弟で右大臣となり、西三条大臣と呼ばれた。娘の多賀幾子を文徳天皇に、多美子を清和天皇に入内させた。邸宅には百花が咲き誇り、清和天皇を招いて歌会・宴会が催されたという。良相は熱心な仏教徒で信仰心が厚く、一族の子女を養う施設・崇親院を建てたり、病人の養生のための延命院を建てた。若い頃から優秀で才覚があり、人望の厚い弟・良相を、兄・良房は警戒していたという。
延命院があったとされる場所は、現在の武信稲荷神社のあたりになります。
そして、武信稲荷神社と関連するおとぎ話で「一寸法師」があります。一寸法師は医療の神様ともいわれる少彦名命(すくなひこなのみこと)の神話がベースになっているとも言われています。