[博多祇園山笠] 歴史と山笠MAP | コンデジ片手に出かけよう

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2016年11月30日に『山・鉾・屋台行事』の構成要素の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録された「博多祇園山笠」。毎年7月1日から15日にかけて開催される700年以上の伝統のある祭。櫛田神社にまつられる素戔嗚尊に対して奉納される祇園祭のひとつ。正式には櫛田神社祇園例大祭といいます。


この祭りなのですが2019年7月14日&7月15日の両日見に行っていますのでその時の様子などは徐々に紹介します。



福岡出身の人にすると「福岡」と「博多」は違う町だそうです。福岡は城下町、博多は安土桃山時代に島津氏と豊臣氏の戦いにより博多の街は焼け野原となったが、豊臣秀吉が帰国の際、博多の街をいくつかの区画毎に「流」(ながれ)としてグループ化し復興を行った町ですから(太閤町割)。


★舁き山を持つ『七流』★

舁き山というのは祭りの際にその地区の人が「舁く山」になります。
◎一番山笠:千代流
◎二番山笠:恵比須流
◎三番山笠:土居流
◎四番山笠:大黒流
◎五番山笠:東流
◎六番山笠:中洲流
◎七番山笠:西流
 
★『飾り山』が建つ場所★
◎一番山笠 :千代流
◎五番山笠 :東流
◎六番山笠 :中洲流
◎八番山笠 :上川端通
◎九番山笠 :ソラリア
◎十番山笠 :新天町
◎十一番山笠:博多リバレイン
◎十二番山笠:天神一丁目
◎十三番山笠:渡辺通一丁目
◎十四番山笠:福岡ドーム
◎十五番山笠:博多駅商店連合会
◎十六番山笠:キャナルシティ博多
◎十七番山笠:川端中央街
◎番外A  :上川端通
◎番外B  :櫛田神社


博多祇園山笠の起源については諸説あるが鎌倉時代の1241年(仁治2年)に博多で疫病が流行した際、承天寺の開祖であり当時の住職である聖一国師(円爾)が町民に担がれた木製の施餓鬼棚に乗り水を撒きながら町を清めてまわり疫病退散を祈祷したことを発祥とするのが通説と言われます。



2019年の博多祇園祭りを見に行った理由は、その年に元号令和に変わったので太宰府付近をゆっくり歩きたかったことがあります。また、博多の歴史を考えると畿内(堺&京都)との関係は無視できないからです。あと2021/4/4から「黄金の日日」が再放送されていますが、ストーリーの背景としてやっぱり「博多」は無視できません。