平成20年の頭に、山口新聞の東流西流というコラムを8回に渡って書かせていただきました。その時点での自分の考えをまとめてみるよい機会でした。今回から1回分ずつアップしようと思います。

タイトル:佐世保

 佐世保で痛ましい事件(※)が起きた。犠牲になった方のご冥福を心から祈り、怪我を負った方々が一日も早く心身ともに回復されることを願う。射撃スポーツを愛する者の一人としてこれほど悲しく、悔しいことはない。今、この問題を看過して由なしごとをつづる気持ちにはなれない。
 日本には世界にも類を見ない厳しい銃規制があり、それが市民の暮らしの安全に貢献している。その根幹に銃刀法がある。それが本来の機能をきちんと発揮していれば、今回の事件は防げたであろう。また、二度とこのような事件が起きないために、規制のあり方をどうしたらよいか私なりの考えもある。しかし、まず我が身を省みるべきだと思っている。
 私は山口市内でジュニア射撃の練習会を主宰し、将来を担う若い射手たちの育成に取り組んでいる。彼らには、自分と正面から向き合い、一人一人がかけがえのない存在であることへの気付きへとつながるこのスポーツを通して、命の大事さを伝えたい。

※佐世保散弾銃乱射事件のこと。

(執筆日:平成19年12月21日(金))
私が勤めている職場に宮古島出身の若者がいる。
「坂の上の雲」がテレビドラマ化されたので、原作を拾い読みしていると、宮古島の5人の漁師がバルチック艦隊発見の報を通信施設のある石垣島まで丸木舟を漕いで通報したエピソードがあることを再発見した(何度か読んだのに覚えていなかったということだ)。
上述の職場の若者にその話しをしてみると、知っていると言う。知っているどころか、今でも宮古島ではその漁師たちは、彼らの住んでいた集落の名前をとって「久松五勇士」として語り継がれているそうだ。そして、「久松五勇士」という名前のお菓子まであると言う。その若者自身が、ひたむきで見返りを求めない美質をもつ男であるので、彼の姿から五勇士が見た目にも内面的にもどんな人たちであったのか容易に思い起こせるような気がした。
その「久松五勇士」のお菓子を、彼が里帰りした折に買ってきてくれた。非常に嬉しかったので、菓子箱の写真を載せてここに記す。ご覧いただきたい。お菓子そのものは、宮古島の黒糖を使ったケーキ菓子で南国情緒あふれる味わい深いものだ。
$かたばみ茶寮
およそ30年近く射撃スポーツの世界に身を置いている。一つ気付いたことがある。射撃スポーツに関わる人の多くが、特殊であることになんらかの満足感や充足感を感じていることだ。

射撃という存在の特殊性、それは例えば、少なくとも日本では一般には手にすることができないと思われている銃という用具を用いるということ、身体の静止を競うという一見スポーツらしからぬその特性、あるいはオリンピックおよびパラリンピックの正式種目であることすら広くは知られていないという一種の物珍しさ、といったことである。そういう特殊なことにかかづらわっていることに、射撃をしていることをアイデンティティの一部に加える嬉しさや喜びを見出しているらしく思える。

平たく言えば、射撃をやっている理由なり魅力を、人とは変わったことをしていることに感じていると言ってもいい。それはそれで頭から否定するものではない。ただ、このスポーツを指導する立場、あるいは自分がかなりの腕前だと思っている人たちの多くも、そういう特殊性のお風呂に首までどっぷり浸かったままである。そこのところは、このスポーツのかなり救いがたいところだと思う。

このスポーツの核心部分にあるのは、まぎれもなく、普遍性なのである。いや、射撃だけではない。ありとあらゆる芸事(スポーツや音楽や美術など)の本質には、それらの横つながりとなる普遍性がどっしりと存在する(あるいは美術は少し異質かもしれない)。

幸いなことに、数は少ないが私の知る何人かの人は、このスポーツの根底にきちんと普遍性が横たわっていることをわかっている。そういう人こそ、このスポーツを変えていく原動力になる人々だと私は確信している。