34年の年月を経て。 | Ken J. Hidaka(ケンジェイ ヒダカ)「万年音楽日和」

Ken J. Hidaka(ケンジェイ ヒダカ)「万年音楽日和」

音楽クリエイター、Ken J. Hidaka(ケンジェイ ヒダカ)の
日記。

1990年、オーブントースターで干し芋を焼いて口に頬張りながらガタガタと寒さに強い私でさえ震える2月初め、
小さなテレビ画面の中では「あの東京ドームでボクシングの世界戦が行われる。しかもそれはかつて私が教則本のように擦り切れるまでVHSビデオで特集を観て憧れ真似をした、あのマイク・タイソンの世界ヘビー級タイトルマッチだ。」という事で試合前から大騒ぎだった。アサヒスーパードライという銀色の缶に入ったビールが新発売されるのにマイク・タイソン氏がCMに起用されてより世間がザワついていたのは覚えている人も勿論居るだろう。
私もその1人だった。学校での担任からの虐待から唯一エスケープ出来るもの、それがボクシングと音楽だった。
対戦相手は「無名の2m近い巨漢、ジェームス・バスター・ダグラス選手。」と発表もされていた。正直私は当時クルーザー級からヘビー級に転向したばかりのイヴェンダー・ホリフィールド選手との世紀の一戦を心待ちにしていたので、「トイレに行ってしまったら試合が終わってしまっているだろう、我慢して観ていなければ。」ぐらいにダグラス選手を過小評価していた。そして当日遂に試合のゴングが鳴り響く。事実、大した選手ではなかった。ただ、
問題はそこでは無かった。あの「アイアン・マイク・タイソン。」が普通のボクサーより鈍い動きで「私達の知っている怪物タイソン。」はそこには居なかったのだ。普段なら得意のウィービングとダッキングでスイスイとかわす筈のパンチをドンドン被弾していき、目まで腫れ上がってきた。無敗の天才に明らかに何か異変が起きているな、というのは素人目から見ても明らかだった。それでも遂にダウンを奪う。しかし、10カウントが過ぎてもレフェリーは試合を止めない。大人のいやらしい事情でもあったのか。
そしてインターバルで回復したダグラス選手の反撃が悲しい程にタイソン選手に全てヒットしていく。そして遂に10R、あのタイソンがマットに沈んだ。マウスピースを吐き出して片目はモッコリと腫れ上がり、立とうにも頭がクラクラしていて足に来ていて、「もう無理だな。」と察した。「嘘だろ?」、、、その日私と父がずっと物憂げにその日を過ごしたのは今でも覚えている。「縁起の悪い食べ物。」としてあの日以来、干し芋を食べてはいない。
後で聞いた話だが、マイク・タイソン氏は試合直前まで飲み歩き、お祭り騒ぎでロクな練習もせず日本観光気分だったそうで、それが敗因だったそうだ。幾ら天才であっても、相手が格下の相手であっても油断大敵だ、という事を少年ながらにうっすらと学んだのを覚えている。
その後のタイソン氏の転落から復活までがまたドラマティックでドラスティックでもある。興味がある方は動画があちらこちらに転がっている時代だ、是非検索して遡って今日までを見てほしい。今、タイソン氏は最高にカッコ良い「イケオジ。」になったけど、そこに至るまでには想像を絶する地べたを這う年月があったのだ。

あれから34年経ち、私は45歳のオジサンになった。なんと34年振りに史上2度目の東京ドームでのボクシング世界戦、しかもそれは日本が世界に誇る「モンスター。」井上尚弥選手vsルイス・ネリ選手によるものだと言うではないか。山中慎介氏に対しての2度に渡る不正行為、いや
、もはや違法行為だ、その事はネリ選手自ら3月に来日した時に直接謝罪をしたし、山中氏も記憶と記録に残る名チャンピオン。その謝罪を受け入れて許してあげるだけの器の大きな方。雪解けと言っても良いのだろう。

今回ネリ選手は既に試合前の体重まで2週間前だというのにキッチリ落として来ているし、今年で引退する事も発表していて、どうやら100%本気だし誠実にトレーニングと減量もしてきたようだから、ネリ選手を今回は信じようと思う。人は過ちを犯すし、彼もあの6年前とは人間的にも成長し、改心したのだと思う。

僕は99%、井上尚弥選手がKOで勝つと確信しているけれど、1%の怖さはある。ドネア選手との第1戦の時のような事(不意打ちによる目のカット→それゆえ途中まで視界が二重に見えてしまう→途中で完全に片目が見えなくなった事で逆に二重に見えなくなって仕留める体勢に戻せた→7 R辺りで足がガクンとなるパンチを被弾してしまった→しかしその後は自分のペースに見事に持ち込み11Rで遂にボディーでダウンを奪った→何とか判定で誰も文句の言えない勝利を収めた過去)を想定しておいた方が良い。 

ネリ選手のパンチの打ち方は独特で、下から上へ持ち上げるようなアッパーみたいな打ち方でジャブもストレートも出してくる。そしてパンチ力だけで言えば井上尚弥選手よりあるだろう。(井上尚弥選手はパンチ力ではなく"当て勘"、つまり"ここにこのタイミングで今打てば確実に相手は立っていられない場所を瞬時に判断して試合本番が始まると1Rでも12 Rでも具現化出来る能力"つまりそれを才能と言うのだが"、その才能でKO勝ちを収めてきたのだ)。

ネリ選手は自分のスタイルを見破られている事まで想定して"新しいスタイル"を準備して来ている可能性が高い。
何故なら井上尚弥選手の凄まじさは十も承知なわけで、「1Rで自分を見切り、今までのスタイルでは簡単にかわされてカウンターかアッパーで自分が下手すると早いラウンドで決められてしまうかも知れない。」ときっと危惧している可能性が強いからだ。

そしてその"新しいスタイル"にも急遽シフトチェンジ出来てしまうのが井上尚弥選手の凄まじさではあるのだが、
唯一の怖さは"予想外の不意打ちの被弾"だろう。
ただフルトン選手との試合で魅せたあの凄まじい8RKO勝ちや、ドネア選手とのリマッチでの鮮烈な2RKO勝ちを観て来た私達にすれば、「イージーワークの範疇。」と思わざるを得ない。ただし、ネリ選手のニックネームは悪童、つまりデヴィルだ。悪魔は神様の次に強い。不気味なザワつきがある。

しかしそれでも私はやはり井上尚弥選手がどんなに運が悪くても負けは無いと思う。あるとすれば、「ドロー。」がネリ選手が成し遂げられる限界ではないかと思う。
井上尚弥選手は決して相手を侮らない。必ず完璧に仕上げてリングで本領を全て発揮する。そんなボクサーは、
私が今まで観て来たレジェンド達、つまりシュガー・レイ・レナード、ロベルト・デュラン、フリオ・セサール・チャベス、柳 明佑、カオサイ・ギャラクシー、オスカー・デ・ラホーヤ、ユーリ・アルバチャコフ、リカルド・ロペス、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、重量級ならばゲンナジー・ゴロフキン、モハメド・アリ、ジョージ・フォアマン、ロッキー・マルシアノ、今ならば
タイソン・フューリー、その中にしか私は見出しようがない。つまり、"Naoya・Monster・Inoue"はいずれボクシング殿堂入りは間違いないだろうし、今後贔屓目に言っても50年は、正直に言えば100年はこの日本からは出てこない生きる伝説だと言えよう。
現時点でWBSS(ワールドボクシングスーパーシリーズ)王者、2階級連続でWBA,WBC,IBF,WBO4団体統一王者、
日本人史上2人目の4階級制覇、無敵のオマール・ナルバエスを2RでKO、自らの憧れだったレジェンド、5階級制覇王ノニト・ドネアと2回戦いタフネスも魅せ、そしてリマッチでは事実上の世代交代をさせ、あのマイク・タイソンもさすがに恐れたスティーブン・フルトンを8RでKO、
戦績は26戦26勝、23KO。唯一苦戦した相手が実は日本人の元世界チャンピオン、田口良一氏である事、つまりそれだけ田口氏は凄いのだという事も言えるが、あの試合だけはとてつもなく2人が拮抗し合ったものだった。内容的には圧倒的に井上尚弥選手がリードしていたけれど、あそこまで判定に持っていった田口氏にもっと光を当てても良い気がする。
5月6日、ゴールデンウィーク最終日。怪物と悪童が激突する、あの東京ドームで。私達もPRIME VIDEOで生配信でそれを目撃する事になる。
27戦27勝(24KO)を案の定目撃する事になるか、それともまさかの引き分けが起きたりするのか。
それはGod Only Knows,神のみぞ知る、とブライアン・ウィルソンがかつて紡いだ世界TOP10に入る不朽の名曲の構造の難解さ並に分からない。しかしだからこそ、人は不確かな未来だからこそ頑張るし、夢中になれるのだろう。
2週間は最速で過ぎる。あっという間にその日は来る。
そしてその後、また物憂げな日常は再生される。
一時停止中の人生の中、ほぼ1日中いよいよ布団の中で過ごすまでに衰弱した心を少しでも今戦が立ち上がらせてくれる事を信じて、這うように就労支援センターへ向かおうと思う。