上海から六本木。そして、イル・ボッロ、ルレ サンタ クローチェ、JKカプリ、カステルファルフィ!
TOKYO🗼東京
→ROMA🇮🇹ローマ
→SORRENTO🇮🇹ソレント
→CAPRI🇮🇹カプリ島
→NAPOLI🇮🇹ナポリ
→SALERNO🇮🇹サレルノ
→AMALFI🇮🇹アマルフィ
→POSITANO🇮🇹ポジターノ
そして...
→FIRENZE🇮🇹フィレンツェ
そして!
フィレンツェ挙式前日に、
地元の床屋さん「Hair Studio Russo」で身だしなみを整えた、
新郎さんは...
Gucci Osteria
グッチ オステリアへと向かい、
僕は、
フィレンツェウェディング作戦会議の為、
Via Ghibellina(ギベッリーナ通り)の
ラグジュアリーホテル!
Relais Santa Croce, By Baglioni Hotels
ルレ サンタ クローチェ バイ バリオーニ ホテルズ
へと。
ココンチ。
なんといっても、
1階には、
Michelin
ミシュラン三つ星
Enoteca Pinchiorri(エノテカ・ピンキオーリ )があるんですね。
その上階が、
ホテル「ルレ・サンタ・クローチェ」になっているというたてつけ😀
Via Ghibellinaギベリーナ通りにあるルレ・サンタ・クローチェは、フィレンツェで最も親しみやすい地区、歴史的なサンタ・クローチェにある豪華な貴族の邸宅です。この建物は、何世紀にもわたって多くの高貴な住人が住んできました。18世紀半ば、教皇庁の財務官であり、sonnetソネットの作曲家でもあったGiovanni Maria Baldinucciジョヴァンニ・マリア・バルディヌッチ侯爵は、ウフィツィ美術館のデザインギャラリーの最初の核となったFilippo Baldinucciフィリッポ・バルディヌッチの親戚で、かつてニューヨーク港を発見した探検家Giovanni da Verrazzanoジョヴァンニ・ダ・ヴェッラッツァーノが所有していた土地に、ギベリーナ通りの豪華なパラッツォの建築を依頼した。入り口の門を縁取る柱はローマから運ばれ、メインフロアの広大なホールはコンサートホールとして設計されました。
しかも、
このホテルのGMゼネラルマネージャーが、
元「イル・ボッロ」のセールスだった、
Gianlucaジャンルーカで...。
IL BORRO時代は、
六本木の友。
そして、
IL BORRO LA MELLE🍷イル ボッロ ラメッレを飲んだ仲❣️
いや...
その六本木の友...
Vanessaヴァネッサは、
J.K. Place CapriのGMとなり、
Dalioダリオは、
SAVINI TARTUFI
サヴィーニ タルトゥフィちかくの、
トスカンリゾート🍷
Toscana Resort Castelfalfi
トスカーナ リゾート カステルファルフィにいるという...。
2015年のILTM上海🇨🇳
そして、
六本木の出会いから8年が経過しました😀
KENJI / SATO